01 奄美剣星 著 事件 『ヒスカラ王国の晩鐘17』
*あらすじ
勇者とは、超戦士である大帝を討ち果たすことができる王国唯一の超戦士のことをさす。二五年前、王都防衛戦で帝国のユンリイ大帝と刺し違えた指揮官ボルハイム卿がそうだ。やがて二人の超戦士がそれぞれ復活。暫定的な講和条約が破綻しようとしていた。そして、大陸九割を版図とする連合種族帝国が、最後に残った人類王国ヒスカラを併呑しょうとする間際、一五歳の女王は自らを依代に勇者転生を決断した。
冬季連合種族帝国軍攻勢は、実質、ヒスカラ王国に対する威力偵察であるとともに、巨大な虫型兵器である「カブトガニ」の実験でもあったのだが、女王オフィリアの機転とカリスマ的なスキルによって、初号機を寝返らせることに成功。そのため、帝国軍は、地団太を踏みながら、戦線から後退せざるを得なくなった。
挿図/Ⓒ奄美剣星「フィルファ内親王」
人の丈ほどもある大型の主動輪三つをつけた蒸気機関車が、モア駅に入線しようとしたとき、島式になったホームから、人間の男が転落し、弾き飛ばされた。即死だ。
狼頭の亜人が目撃者で、後方から、やはり人間の男に突き落とされたと証言した。
捜査当局によると、被害者は、名前をバース・アミアンという、年をとったガウディカ人の博士だ。
ノスト大陸の九割を制覇した連合種族帝国は、いくつもの亜人族により構成されている。残る一割・ヒスカラ王国が人類の生存圏である。昔は、ヒスカラ王国と連合種族帝国との間に、旧ガウディカ王国という人類王国があったのだが、戦い敗れて帝国に併合された。王族・国民の多くが、ヒスカラに亡命したが、一部の国民は、帝国に忠誠を誓いそのまま定住した。
旧ガウディカ王国の首都モアと周辺地域は、まだ多くの人類が居住するモア自治州となった。州政府要人は人類だが、太守として、連合種族帝国皇帝の姉フィルファが赴任していた。
モア自治州太守府・太守執務室。
「フィルファ殿下、殺されたのは、たかが一介の人間。警察に任せておけばいいではありませんか?」
フィルファ殿下と呼ばれたのは、皇姉内親王だ。ピンクのドレスを着た美麗な貴婦人で、背中には虫に似た透明な翅があった。
執務室にいたのは、黒のタキシードを着た羊の頭をした男・ポオ補佐官だ。洒落男で乳香を服に焚きつけている。
事務机で書類に目を通していた内親王が、前に立っている補佐官に言った。
「ポオ補佐官、殺されたバース博士は、旧ガウディカ王国王立アカデミー会員で、古文書にも精通していたことから、私は彼に旧ガウディカ王国『魔法大全』の翻訳を命じておりましたの。博士の『魔法大全』翻訳原稿はほぼ出来ていて、私に提出しようとしていた。その矢先、彼は列車に突き飛ばされて殺害され、原稿を詰め込んだトランクは賊に奪われました。なんとしても、原稿を奪い返さねばなりません。急を要しますので陣頭指揮は私が執りましょう」
ただちにフィルファ内親王は、百名体制からなる特別調査委員会を編成した。
ポオ補佐官が、内親王の事務机の上に、調査員たちがマークしている人物を挙げた。
「印刷会社経営者バルザック。上級市民の人間ですが、内偵では旧王国系の地下組織と結託し、黒幕になっています。――奴は、旧王国の『魔法大全』が我々に渡るのを嫌い、刺客を放って翻訳者であるバース博士を駅で殺害、原稿を奪ったものと判断されます」
「しっかりウラをとってね、ポオ。ここは人間の自治州。理不尽な行動をとったりしたら、帝国との信頼関係は壊れます」
「御意の召すままに」
羊頭の補佐官が床に片膝をついて一礼し、執務室を出た。
豚頭の連絡官が、内親王の執務室に入って来た。
「殿下、博士が殺害された直後、博士の自宅が、徒党を組んだ一味によって襲撃されました。護衛の警察官五人はもちろん、家族は皆殺し、書斎書架にあったはずの『魔法大全』の原書もなくなっていました」
「それで、賊の特徴は?」
「被り物をしていたので、判りません」
「遺留品は?」
「殺された警察官の一人が、刺客の一人のものだと思われるボタンを引きむしり、手に握っていました」
連絡官は、袋に詰めた遺留品のボタンを、事務机に置いた。
内親王は整理してみた。
旧王国『魔法大全』の翻訳をしていたバース博士。地下組織の黒幕バルザックが、刺客一味を駅に送って博士を殺害、翻訳原稿を詰めたトランクを奪う。一味は続いて博士の邸宅を襲って、博士の家族と護衛の警察官を殺害、原書も奪う。
執務室に侍童が、紅茶とママレードをトレイに載せ、運んできた。
フィルファ内親王は休憩をとった。
彼女を乗せた特別列車が駅についたとき、旧ガウディカ王国であるモア自治州は焼野原で、車窓越しに見えた住民たちは、敵意をあらわにしていたか、虚無の眼で天を仰いでいた。
彼女は椅子から立ち上がり、バルコニーから市街地を見遣る。廃墟の街は復興し、壮麗な建築群の狭間である街路を、路面電車がすり抜けて行く。その横を自動車が、人の群れが往来し、喧噪で満ちていた。モアの市民たちの多くは、命じてもいないのに、内親王の写真を飾っていた。――彼女の統治手腕は間違いなく卓越している。
そこで、先ほどとは別の連絡官が執務室に入って来た。犬頭の亜人だ。
「殿下、我々は旧王国系地下組織のメンバー三百名を拘束し、犯行時刻での奴らの足取りを追いましたが、皆、アリバイがあります」
地下組織は黒幕と言われるバルザック以下、全員シロだ。
フィルファ内親王は、ママレードを紅茶に漬け、口にした。
――そもそも地下組織は旧王国の秘宝『魔法大全』の存在を知っていたのか? 存在を知っていたとしても、価値はどうだろう?
そしてこうも考えた。
――先入観として、私は旧王国系地下組織が犯行に関わったと考えている。私に先入観を与えた者がいる。
太守府には中庭の一角に、大神を祀った礼拝室がある。夕方、執務を終えた内親王は、寝室に戻る前に礼拝堂に行って、司祭に清めの詠唱をさせた。このとき乳香の匂いがした。
ハッと我に返った内親王は執務室に引き返し、事務机の上に置いたままの、被害者が引きちぎった遺留品のボタンの匂いを嗅いでみる。
――何で今頃気づいたのだ。かすかだが乳香の匂いがするではないか。
乳香は、帝国側の祭礼で使われるもので、旧王国のガウディカ人は用いない。犯行は、帝国側支配層が絡んでいる。乳香を使っているところみると、教会関係者、魔法使いが、祭祀目的で『魔法大全』を奪ったことになる。
執務室に、羊頭のポオ補佐官が、後ろ手に手錠をかけられ、フィルファ内親王の尋問を受けていた。
「ポオ補佐官、当局捜査官が貴男の屋敷を捜査させて戴いたわ。すると遺留品のボタンは、貴男の家の使用人が着ていた外套のものと判りました。つまり貴男が事件の首謀者。――いったい何のための所業ですの?」
内親王は羊頭の補佐官に、自白の詠唱をかけ、万事を白状させた。
「旧王国『魔法大全』に書かれた詠唱術式は、連合帝国皇統、すなわち亜神に匹敵すると言われている。もしも手に入れたら、あるいは私が今上皇帝陛下から、玉座を奪うことも可能かと思ったのです」
「愚かなことを。――ガウディカ王国王族は、『魔法大全』の詠唱術式をもってしても、弟・ユンリイには敵わなかったというのに」
「ユンリイ帝陛下は無理としても、貴女にはどうですかな?」
後ろ手に手錠をかけられたまま、ポオ補佐官は詠唱術式を口にした。魔法障壁が現れ、内親王に迫りくる。
――『魔法大全』の詠唱術式は術者によって威力に格差が生じるということを、貴官は身をもって知ったかしら。では、ご機嫌よう。
フィルファ内親王は、羊頭のポオ補佐官がかつて聞いたこともない詠唱術式を唱えた。すると補佐官が呼び出した魔法障壁が、逆に彼自身に被さる。そして砂の像となり、ハラハラと床に崩れ落ちていった。
ノート20210831
〈ヒスカラ(人類)王国〉
01 オフィーリア・ヒスカラ三世女王……転生を繰り返す王国の英雄ボルハイム卿の依代。ボルハイム卿は25年前の王都防衛戦総司令官となり、帝国のユンリイ大帝と相討ちになった。卿は、その後、帝国辺境の町モアで少年テオを依代に復活、診療医となるも流行り病で没し、女王の身体を依代に、再び王国側に転生した。ヒスカラ暦七〇二〇年春現在15歳。
02 アンジェロ卿……灰色猫の身体を依代に、古の賢者の魂魄を宿す王国護国卿。事実上の王国摂政で国家の最高決定権がある。ボルハイム卿の移し身も彼が執り行ったものだ。巡洋艦型飛空艇パルコを居館代わりに使用している。/十年前に異界工房都市の〈量子衝突〉実験で事故が生じて〈ゲート〉が開き、男女十人からなる異界の学者たちが迷い込んできた。学者たちは、ノスト大陸の随所にある飛行石鉱脈を採掘し、水素やヘリュウムの代わりに、飛行石をつかった飛行船の一種・飛空艇を開発した。/アンジェロ卿は彼らを自らのブレーンにした。ヒューマノイドのレディー・デルフィー、ドン・ファン大尉のロシナンテ戦闘機飛行中隊の戦闘機シシイも、異界学者たちが製作したものだ。
03 レディー・デルフィー(デルフィー・エラツム)……教育・護衛を職掌とする女王顧問官で、年齢、背格好、翡翠色の髪まで似せたヒューマノイドだ。オフィーリア女王の目が大きいのに対し、レディー・デルフィーは切れ長になっているのは、彼女の製作者が女王との差別化を図ったためである。レディーは衣装を女王とそろえ、寝台も同じくしているが「百合」関係はない。さらに伊達眼鏡を愛用する。
04 ドン・ファン・デ・ガウディカ大尉……二五年前、連合種族帝国によって滅ぼされたガウディカ王国国王の息子。大尉の父王は、滅亡直前にヒスカラ王国に亡命してきて客分となり、亡国の国王はヒスカラ王族の娘を妃に迎えて彼が生まれた。つまるところオフェイリアの従兄で幼馴染、そして国は滅んでいるがガウディカ王太子の称号がある。女王より二歳年長のドン・ファンは、「オフィーリアを嫁さんにして、兵を借り、故国を奪還するんだ」というのが口癖。主翼の幅一〇フット後部にエンジンを取り付けたシシイ型プロペラ戦闘機の愛機に「ロシナンテ」と名付け、同名の飛行中隊20機の指揮官に収まっている。
05 マーコ・シオジ博士………一〇年前の量子衝突実験失敗でノスト大陸に転移してきた都市、軍都2040(別名、第三工廠)の主席研究員で、同都市の市長兼務。ヒスカラ王国賢人会議会員。親族は「災害」で生き残った姪シズク・シオジ(一〇歳)。
06 ムラマサ少尉……シオジ博士に連絡役として推挙され、ヒスカラ王国の侍従武官となった。ややBL趣味があるものの、有能。秘密警察「王ノ目」に所属。
07 カミーユ……ヒスカラ王国の宮廷侍童。もともとは敵対する連合種族帝国の重戦車型生物兵器「カブトガニ」だったが、両国が国境紛争で小競り合いをした際、女王オフィーリアに篭絡され、寝返った。平時は、シオジ博士を首班とする調査隊により、軍都二四〇〇の廃墟で発掘されたヒューマノイドを依代とし、王宮の侍童として仕えるようになった。
〈連合種族帝国〉
01 ユンリイ大帝……一代でノスト大陸9割を征服し大帝国を築き上げた英雄。あまたの種族を従えていた。25年前の王都攻略戦で、ボルハイム卿の奇襲を受け相討ちになるも、帝国臣民に復活を待望されている。比類なき名君。
02 フィルファ内親王……大帝が不在となった帝国を預かる摂政皇姉にして大賢者。王国の勇者ボルハイム卿に対するアンジェロ卿のようなもの。黄金の髪、青い瞳、透けた背の翅が特徴的な有翅種族女性。火の粉が降りかかれば払うが、弟と違って戦いを好まず、戦禍で荒れた土地の迅速な復興など内治に功績がある。
03 テオ・バルカ……帝国の版図に収まった辺境都市モアで診療所を開いていた猫象種族。帝国側道士によってボルハイム卿の魂魄が移し身されるとき10歳の少年だった。すでに両親はなく、看護師の姉ピアに愛情深く育てられた。本来は大帝復活のための依代であったが、大帝の遺言により、ボルハイム卿が王国側で復活しないようにするための措置で、テオはボルハイム卿の依代となった。町から出ることを許されず、事実上の軟禁状態にあった。その後25年後、流行り病で没し、共同墓地に葬られた。猫象種族の妻を娶り、二男三女をもうけた。
04 ジェイ・バルカ……テオの息子・猫象種族。両親を流行り病で亡くし、弟妹たちとともに伯母ピアに育てられる。少年兵で従軍し戦地で上等兵となるも、王国軍の捕虜になる。捕虜交換で帰国後、士官学校入学の名目で帝都に召喚され、ユンリイ大帝転生に際し、依代となる。戦友はガンツ上等兵。