03 奄美剣星 著 異界 『ヒスカラ王国の晩鐘16』
*あらすじ
勇者とは、超戦士である大帝を討ち果たすことができる王国唯一の超戦士のことをさす。二五年前、王都防衛戦で帝国のユンリイ大帝と刺し違えた指揮官ボルハイム卿がそうだ。やがて二人の超戦士がそれぞれ復活。暫定的な講和条約が破綻しようとしていた。そして、大陸九割を版図とする連合種族帝国が、最後に残った人類王国ヒスカラを併呑しょうとする間際、一五歳の女王は自らを依代に勇者転生を決断した。
冬季連合種族帝国軍攻勢は、実質、ヒスカラ王国に対する威力偵察であるとともに、巨大な虫型兵器である「カブトガニ」の実験でもあったのだが、女王オフィリアの機転とカリスマ的なスキルによって、初号機を寝返らせることに成功。その>ため、帝国軍は、地団太を踏みながら、戦線から後退せざるを得なくなった。
挿図/Ⓒ奄美剣星「灰色猫」
――シオジ博士、加速器に異常発生しました。爆発します!
地下に楕円形をした導線装置を埋設した実験場。そこから十キロ離れたところにある。本部ビル・ホールに、実験場にいた職員多数からの絶叫が、通信スピーカーを介して聞こえた。直後、我々は白い閃光に包まれた。われわれは命を失ったのか?
物語でいうところの「異界」とは、パラレルワールド的なものだが、白い閃光が収まった後、我々本部詰めスタッフが、起き上がっているこの世界は、宗教的な意味でいうところのあの世なのかもしれない。――物語ならば、「異界」に入ったことで障壁が発生、主人公はそれを乗り越える。だが宗教ならば天国か地獄か。どちらにせよ詰みではないか。
本部ビル・ホールは劇場構造になっている。舞台に相当する大モニターを奥に、観客席に相当する、手前にあるスタッフ席には、それぞれノートパソコンが置かれ、全体として擂鉢構造になっていた。
「加速装置は? 所長たち現地スタッフは?」私が横にいたスタッフの一人に聞いた。
「シオジ博士、施設内を自家発電機に切り替え、パソコンやスマホで、メールを送っていますが、先方とは連絡がとれません……」
もともと研究学園都市「神楽市」と呼ばれた場所は、量子衝突実験を行うための加速装置が爆発したことで、町周辺の風景が一変していた。まずはドローンを飛ばす。
――砂漠? 湖? ここはどこだ?
副所長であった私、マーコ・シオジ上席研究員は、神楽市長代理兼研究所長代理となり、臨時市長府を立ちあげると、我々と一緒に転移した、所管県警察署、国防軍駐屯基地の協力を得て、暫定治安部隊を創設。周辺地域への調査班を派遣する。
――神楽市のほかに、生き残った周辺地方都市はあるか?
すると。
現在の神楽市からみた加速器実験場は南一〇キロ地点にあったはずだ。暫定治安部隊のジープが実験場跡地に向かい、そこは完全に吹き飛んでいたこと。そして実験場跡地を中心に半径二〇キロ圏内に、神楽市のほかに、二つの都市が存在していることを報告した。その外側は広大な砂漠が広がっていて、まだ確認できないと報告した。
「生存者は?」私は現地に出向いた調査班メールをやりとりした。
「シオジ博士、廃墟に残された道路標識などから、一つは星稜市、もう一つはミライ市なる町のようです」
「星稜市? 馬鹿な、旧帝国軍事工廠が置かれた彼の都市は、戦後、GHQ命令によって更地にされたはず。……それにミライ市とは何? そんな近隣都市など聞いたこともない」
「生存者は?」
「両市とも廃墟で生存者はいません。――あ、いえ、ミライ市の航空機の中から、ヒューマノイド一体を発見しました。……あと補足ですが、星稜市で、無傷のレシプロ航空機を発見しました」
けっきょくのところ、実験器爆発で、神楽市と一緒に異世界に飛ばされた同胞の二都市は廃墟で、生身の人間の生存者はいないというわけだ。
――これは仮説だ。量子というのは、時空というものを飛び越えるといわれている。私たちは、異世界に飛ばされたのだ。
*
一週間後。
神楽市の転移先を領有しているというヒスカラ王国なる君主制国家の使節団がやってきた。全権大使は、なんと灰色の猫で、エキゾチックな衣装をまとった人間を従えている。灰色猫は護国卿アンジェロと名乗った。
アンジェロ卿が語るところによると、この世界の大海に浮かぶ大陸は、ノスト大陸が唯一で、北側を亜人種族複数からなる連合種族帝国が、南側を我々と外見がよく似た「人類種」からなるヒスカラ王国が治めているという。かつて、人類種は、あまたの王国が乱立し、大陸の大半を支配していた時期もあったが、現在は衰退し、帝国に抵抗しているのは同国一国になってしまったのだという。
私は、神楽市暫定治安部隊の調査班をヒスカラ王国の王都および各地に送り、真偽の有無を確認。王国全権大使アンジェロ卿と合意文書に署名した。
――ヒスカラ王国は、「蓮の内海」沿岸部を神楽市の所管とし、高度な自治を認める。代わりに神楽市は技術協力を求める。
神楽市は「蓮の内海」北岸にある。「蓮の内海」は塩水湖で、北岸一帯は砂漠地帯で、王国にとっては、現状、収益をもたらさない無人地帯だった。――「転移都市」神楽市および廃墟の二都市の存在は、王国内でも極秘事項だ。王国は、「異世界転移都市」星稜市、神楽市、ミライ市の三市を、軍都一九四五、二〇三〇、二四〇〇のコードネームで呼び、また、このうちの神楽市を「第三工廠」という隠語で呼ぶようにもなった。
さて私事だが、私には妹がおり、市域開発に従事していた。ところがどこで漏れたのだろう――帝国側工作と目される――工場の爆発事故に巻き込まれ二人とも亡くなった。夫妻の一人娘がシズク。私は姪を養女に迎えた。
ノート20210731
〈ヒスカラ(人類)王国〉
01 オフィーリア・ヒスカラ三世女王……転生を繰り返す王国の英雄ボルハイム卿の依代。ボルハイム卿は25年前の王都防衛戦総司令官となり、帝国のユンリイ大帝と相討ちになった。卿は、その後、帝国辺境の町モアで少年テオを依代に復活、診療医となるも流行り病で没し、女王の身体を依代に、再び王国側に転生した。ヒスカラ暦七〇二〇年春現在15歳。
02 アンジェロ卿……灰色猫の身体を依代に、古の賢者の魂魄を宿す王国護国卿。事実上の王国摂政で国家の最高決定権がある。ボルハイム卿の移し身も彼が執り行ったものだ。巡洋艦型飛空艇パルコを居館代わりに使用している。/十年前に異界工房都市の〈量子衝突〉実験で事故が生じて〈ゲート〉が開き、男女十人からなる異界の学者たちが迷い込んできた。学者たちは、ノスト大陸の随所にある飛行石鉱脈を採掘し、水素やヘリュウムの代わりに、飛行石をつかった飛行船の一種・飛空艇を開発した。/アンジェロ卿は彼らを自らのブレーンにした。ヒューマノイドのレディー・デルフィー、ドン・ファン大尉のロシナンテ戦闘機飛行中隊の戦闘機シシイも、異界学者たちが製作したものだ。
03 レディー・デルフィー(デルフィー・エラツム)……教育・護衛を職掌とする女王顧問官で、年齢、背格好、翡翠色の髪まで似せたヒューマノイドだ。オフィーリア女王の目が大きいのに対し、レディー・デルフィーは切れ長になっているのは、彼女の製作者が女王との差別化を図ったためである。レディーは衣装を女王とそろえ、寝台も同じくしているが「百合」関係はない。さらに伊達眼鏡を愛用する。
04 ドン・ファン・デ・ガウディカ大尉……二五年前連合獣人帝国によって滅ぼされたガウディカ王国国王の息子。大尉の父王は、滅亡直前にヒスカラ王国に亡命してきて客分となり、亡国の国王はヒスカラ王族の娘を妃に迎えて彼が生まれた。つまるところオフェイリアの従兄で幼馴染、そして国は滅んでいるがガウディカ王太子の称号がある。女王より二歳年長のドン・ファンは、「オフィーリアを嫁さんにして、兵を借り、故国を奪還するんだ」というのが口癖。主翼の幅一〇フット後部にエンジンを取り付けたシシイ型プロペラ戦闘機の愛機に「ロシナンテ」と名付け、同名の飛行中隊20機の指揮官に収まっている。
〈連合種族帝国〉
01 ユンリイ大帝……一代でノスト大陸9割を征服し大帝国を築き上げた英雄。あまたの種族を従えていた。25年前の王都攻略戦で、ボルハイム卿の奇襲を受け相討ちになるも、帝国臣民に復活を待望されている。比類なき名君。
02 フィルファ内親王……大帝が不在となった帝国を預かる摂政皇姉にして大賢者。王国の勇者ボルハイム卿に対するアンジェロ卿のようなもの。黄金の髪、青い瞳、透けた背の翅が特徴的な有翅種族女性。火の粉が降りかかれば払うが、弟と違って戦いを好まず、戦禍で荒れた土地の迅速な復興など内治に功績がある。
03 テオ・バルカ……帝国の版図に収まった辺境都市モアで診療所を開いていた猫象種族。帝国側道士によってボルハイム卿の魂魄が移し身されるとき10歳の少年だった。すでに両親はなく、看護師の姉ピアに愛情深く育てられた。本来は大帝復活のための依代であったが、大帝の遺言により、ボルハイム卿が王国側で復活しないようにするための措置で、テオはボルハイム卿の依代となった。町から出ることを許されず、事実上の軟禁状態にあった。その後25年後、流行り病で没し、共同墓地に葬られた。猫象種族の妻を娶り、二男三女をもうけた。
04 ジェイ・バルカ……テオの息子・猫象種族。両親を流行り病で亡くし、弟妹たちとともに伯母ピアに育てられる。少年兵で従軍し戦地で上等兵となるも、王国軍の捕虜になる。捕虜交換で帰国後、士官学校入学の名目で帝都に召喚され、ユンリイ大帝転生に際し、依代となる。戦友はガンツ上等兵。