02 柳橋美湖 著 風 『北ノ町の物語86』転載可
【あらすじ】
東京のOL鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていたのだが、実は祖父一郎がいた。手紙を書くと、祖父の顧問弁護士・瀬名が夜行列車で迎えにきた。そうして北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。お爺様の住む北ノ町は不思議な世界で、さまざまなイベントがある。
……最初、お爺様は怖く思えたのだけれども、実は孫娘デレ。そして大人の魅力をもつ弁護士の瀬名、イケメンでピアノの上手なIT会社経営者の従兄・浩の二人から好意を寄せられる。さらには、魔界の貴紳・白鳥まで花婿に立候補してきた。
季節は巡り、クロエは、お爺様の取引先である画廊のマダムに気に入られ、そこの秘書になった。その後、クロエは、マダムと、北ノ町へ行く夜行列車の中で、少女が死神に連れ去れて行くのを目撃。神隠しの少女と知る。そして、異世界行きの列車に乗って、少女救出作戦を始めた。
異世界では、列車、鉄道連絡船、また列車と乗り継ぎ、ついに竜骨の町へとたどり着く。一行は、少女の正体が母・ミドリで、死神の正体が祖父一郎であることを知る。その世界は、ダイヤモンド形をした巨大な浮遊体トロイに制御されていた。そのトロイを制御するものこそ女神である。第一の女神は祖母である紅子、第二の女神は母ミドリ、そして第三の女神となるべくクロエが〝試練〟に受けて立つ。
挿図/Ⓒ奄美剣星「レ・シルフィード」
86 風
浮遊ダンジョンの第十一階層は北ノ町。東京から夜行列車がくる母の実家がある北ノ町。そこって実は浮遊ダンジョンの中にあったのでしょうか? ――だとしても、何でもありなこの世界、私はもう驚きませんよ。
◇
北ノ町駅のバス・ターミナルで雨宿りをしていた私たち。そこに、目的地であるお爺様のお屋敷前を通るヨット・ハーバー行きのバスが来ました。「助かった」私たちが乗り込みかけたとき、振り向いた運転手さんはなんとお爺様。――このダンジョン・ミッションにおけるラスボス級ディフェンス役ではないですか。もちろん、逃げるが勝ち。私たちは駅の改札をくぐってホームに駆け込みます。すると。
「お客さん、ホームに入るには『見送り入場券』というものが必要なのですよ」紺色の制服を着た駅員さんが、私の肩をつかんで、「三倍料金をいただきますよ」と言ってきました。
「分かった。急を要するのよ。私が皆のぶんも払う」さすがは御大尽・画廊マダム。けれど、深々と制帽を被った駅員さんは、まだ私の肩を離してはくれません。「――駅員さん、あなたもディフェンス側ね?」
「ご名答。罰金は〝女神の血〟でお支払い願います」駅員さんは深々と被った帽子を持ち上げると、どうでしょう。まつ毛のない、死んだ魚のような双眸をのぞかせます。――少し前、お爺様たちが殲滅した邪教団の〝改造人間〟ではないですか。しかも、ホームに停車していた青い夜行列車からも扉が開いて、そこから狼たちが次々と飛び出してきて、私と仲間たちを取り囲みます。
「女神の血、つまり私の血が対価。初対面の貴方にあげるくらいなら、(イケメン吸血鬼の)白鳥さんに吸って頂くわ」
「奴を喜ばせるようなことをいうと、本当に来るぞ!」私の肩に手をかけたままの駅員さんを払いのけ突き飛ばした、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんと、従兄の浩さんの二人が顔を見合わせ、おいおいと呆れています。
魔法少女OBのマダムによる障壁術式、瀬名さんと浩さんがそれぞれ守護者の護法童子くんと電脳執事さんを召喚しつつ、素手で、狼たちと格闘を始めました。
「浩君、前にこいつらを相手にしていたころは、雑魚敵だったよな……」
「瀬名さん、ここは浮遊ダンジョン最上層に近い。こいつらはきっと上位種なんですよ」
「なるほどね。……クロエちゃん、急がないでいいから、確実に四大精霊のうちの一柱を召喚して」
私の使神・四大精霊は、ノーム、サラマンダーフレア、ウンディーネ、そしてシルフの四柱。彼らも私の進歩に合わせてアップグレードしている。まずは第一の召喚に応じたドワーフのノームが私たちを囲んで防壁をつくり、続いて火トカゲ・サラマンダーが炎を吐いて、狼たちを高熱で消滅させる。ウンディーネが水で熱をさまし、シルフが風を吹かせて、水浸しの構内を一気に乾かす。
そこでです。
「やあ、クロエ。僕を呼んだよね。君の血を分けてくれるそうじゃないか?」
その人は、白いシルクハットと燕尾服を身にまとい、手にはスティック。肩には蝙蝠の翼をつけた一つ目の眷属・使い魔ちゃんがとまっています。
白鳥さん!
何か悪い予感がする。――いえいえ、敵にも味方にもなる魔界の貴公子は、初登場以来、ずっと機会をうかがっていた。ただ、無理やり私を取り押さえて、血を吸わなかったのは、紳士な吸血鬼らしい矜持というものだったと思います。――白い歯、いえ、白い牙が、清々しいばかりに、キラリと光っていました。はっきりいって、白鳥さんは好みのタイプ。でも……
「貴方に血をやるということは、私も吸血鬼になるということでしょう」
白鳥さんが微笑んでいました。「まさか。貴方は見習いとはいえ女神です、人間の娘と違って、伝染しませんよ」
「じゃあ何で?」
「女神だからです。クロエは僕にとって唯一の女神……」
熱い視線。くらっときた。なんなの、このキュンキュンは?
「クロエ、それって白鳥君の必殺技〝魅了〟だよ!」マダムの叫びが聞こえる。瀬名さんと浩さんも、「負けるな、クロエ!」と声をかけてくれるのだけれど、だんだんと声が小さくきこえるようになっている。膝に感覚がない。立っていられなくなる。
私の使神・シルフとは違う風が吹いた。
白い残照が私たちの前を横切る。刹那、私はその腕の中にいた。
「クロエ、僕と結婚して欲しい」私、そのとき白鳥さんに、お姫様抱っこされた状態。白鳥さんの二つの牙が、私の首に触れかかった。審判三人娘の皆さんが、私の敗退を示す白旗を振ろうとしている。そしたら、この冒険はいったい、どうなるというの。負ける、負けちゃう。でも白鳥さんなら負けても……。
◇
危うし、私!
では、さらにまた次回も第十一階層でお会いしましょう。
By.クロエ
【主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。母は故ミドリ、父は公安庁所属の寺崎明。女神として覚醒後は四大精霊精霊を使神とし、大陸に棲む炎竜ピイちゃんをペット化することに成功した。なお、母ミドリは異世界で若返り、神隠しの少女として転生し、死神お爺様と一緒に、クロエたちを異世界にいざなった。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。妻は故・紅子。異世界の勇者にして死神でもある。
●鈴木浩/クロエに好意を寄せるクロエの従兄。洋館近くに住み小さなIT企業を経営する。式神のような電脳執事メフィストを従えている。ピアノはプロ級。
●瀬名武史/クロエに好意を寄せる鈴木家顧問弁護士。守護天使・護法童子くんを従えている。
●烏八重/カラス画廊のマダム。お爺様の旧友で魔法少女OB。魔法を使う瞬間、老女から少女に若返る。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。クロエに求婚している。一つ目コウモリの使い魔ちゃんを従えている。第五階層で出会ったモンスター・ケルベロスを手名付け、ご婦人方を乗せるための「馬」にした。
●審判三人娘/金の鯉、銀の鯉、未必の鯉の三姉妹で、浮遊ダンジョンの各階層の審判員たち。