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自作小説倶楽部 第23冊/2021年下半期(第133-138集)  作者: 自作小説倶楽部
第138集(2021年12月)/季節もの「年末行事(聖誕祭 酉の市 年末宝くじ 忘年会)」&フリー「不思議(終末 妖怪 隠しごと 失敗)」
25/26

04 らてぃあ 著  年末行事 『ある手紙』

大掃除で偶然見つけた手紙にショックを受ける友人と「僕」の推理


挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「母親」

拝啓

 A.N様 このような手紙を突然差し上げる失礼をお許し下さい。

 私のことを覚えていてくださいますか?

 貴男と初めて出会ったのは暖かな春の日でしたね。あのころは私も無垢で無知な少女でした。田舎から出て来たばかりで子供っぽいおさげ髪が恥ずかしく思ったものです。それでも二人で何度も花咲く美しい庭園を散歩したことを今も懐かしく思い出します。あのころは貴男も私との恋に真摯に向き合い。二人の将来を考えていてくれたのだと思います。お兄様が亡くならなければ、結婚に反対されても貴男は私とともに人生を歩んでくれたのではないかと想像することが今でもあります。

益体もないことを書き連ねてしまいましたね。手紙を書いたのは昔を懐かしむためではありません。

 私と貴男の息子のためです。

 貴男と別れた後、私は妊娠に気が付きました。すぐに知らせたかったのですが、直接連絡を取る手段も無く、私を金目当てと罵った親族にまた会わねばならないと考えると、どうしても嫌で一人で子供を産んで育てる決心をしました。当時は少しの貯えもあり、5、6年は働きながら子供を育てる目算はあったのです。しかし運命は残酷でした。

 私は死病に侵され、つい先日、医師に余命宣告をされてしまったのです。心残りは来年小学校に上がる年になった息子の事です。


「ど、どうしよう」

 宿泊と食事、忘年会の会費を条件に実家の大きくて古い屋敷の大掃除に僕を強制参加させた友人は、気が付くと蔵書の山を放置して、古い手紙を手に震えていた。

 手紙を一読させてもらう。

「手紙で子供の存在を知るとかネタとしては平凡じゃないかな」

「他人事だと思って、何だよその感想。死んだ父の蔵書に挟まっていたんだ。どうしよう俺が母さんの子じゃないなんて」

「落ち着け、お前は次男で母親似だろう」

「そうか。じゃあ、ここに書かれている子供は兄貴のことか。兄貴は父親似だから気が付かなかった」

「考えてみろ。この手紙に書かれていることが真実とは限らないだろう。この手紙はおかしいよ。デートの場所も名前も明記されていない。A.Nって親父さんのイニシャルか?」

 友人ははっとした顔になる。最初に気付くことなのによっぽど動転していたのだろう。

「イニシャルは違う。加えて曖昧な内容なのは書いた人間がそこまで考えていないということさ。これだけの蔵書を蓄えた親父さんが気まぐれで、そのへんにあった便せんに作り話を書いたとしても、まったくありえないことでもない。偽手紙だよ」

「く、くそ親父!」

 顔色を青から真っ赤に変えて、友人は怒り始める。器用だが単純な奴だ。

 そのまま書斎を飛び出して行ってしまったので手紙の始末に困った僕は手近にあった本に畳んだ手紙を挟んで書架に戻した。

 真実がどうあれ、当事者たちの居ない出来事を思い悩むことは不毛でしかない。

もう一つの可能性については黙っておこう。

 インクはあちこち滲み、それが書かれた時の涙なのか、読まれた時の涙かはわからない。

 内容が曖昧なのは書いた女性が他人に手紙を読まれることを恐れたため。

 そして、手紙に書かれた子供は友人の兄ではない。「来年小学校に上がる」年ごろの子供なら自分の母親に特別な愛着を持っているから、たとえ大切に育てられても不幸な母親を忘れたりはしないだろう。友人の兄にそんな人生の悲壮感はまるでなく呑気でおおらかな人間だった。おそらくは「息子」とは親父さんのほうだろう。

 友人の祖父に若死にした兄がいたか、別の本に封筒が挟まっているか。確かめるすべは幾つもあるだろうが、そんなことより、無事に大掃除を終わらせて忘年会に行けるのかが当面の問題だった。


                    了

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