02 柳橋美湖 著 不思議 『北ノ町の物語 91』
【あらすじ】
東京のOL鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていたのだが、実は祖父一郎がいた。手紙を書くと、祖父の顧問弁護士・瀬名が夜行列車で迎えにきた。そうして北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。お爺様の住む北ノ町は不思議な世界で、さまざまなイベントがある。
……最初、お爺様は怖く思えたのだけれども、実は孫娘デレ。そして大人の魅力をもつ弁護士の瀬名、イケメンでピアノの上手なIT会社経営者の従兄・浩の二人から好意を寄せられる。さらには、魔界の貴紳・白鳥まで花婿に立候補してきた。
季節は巡り、クロエは、お爺様の取引先である画廊のマダムに気に入られ、そこの秘書になった。その後、クロエは、マダムと、北ノ町へ行く夜行列車の中で、少女が死神に連れ去れて行くのを目撃。神隠しの少女と知る。そして、異世界行きの列車に乗って、少女救出作戦を始めた。
異世界では、列車、鉄道連絡船、また列車と乗り継ぎ、ついに竜骨の町へとたどり着く。一行は、少女の正体が母・ミドリで、死神の正体が祖父一郎であることを知る。その世界は、ダイヤモンド形をした巨大な浮遊体トロイに制御されていた。そのトロイを制御するものこそ女神である。第一の女神は祖母である紅子、第二の女神は母ミドリ、そして第三の女神となるべくクロエが〝試練〟に受けて立つ。
挿図/Ⓒ奄美剣星「紅おばあさま顕現」
91 不思議
階段を最上階・第十三階層まで昇りきる。階層ごとに風景の異なる浮遊ダンジョン〝トロイ〟には、海もあれば陸もあり、町さえありました。――そこは、見渡す限りの野原で、色とりどりの花が咲き誇っていました。私たちを待ち受ける最後の存在、つまるところはラスボス役というのは……。
「ごきげんよう、クロエ。よくここまでたどり着いたわね。……あらら、ミドリったら、わざと負けてクロエ側に寝返ったでしょ?」
浮遊ダンジョン〝トロイ〟第十三階層で、私・鈴木クロエを待ち受けていたお婆様・紅子は、長い髪を後ろで束ねた和風の巫女姿。地面に描いた魔法陣の上に立ち、袖の内で印を結び、口をつぐんでいるため私たちには、よく聞き取れない術式詠唱を始めました。
童女返りをしたゴシックな装いの母・ミドリは、私を盾にして、お婆様にアッカンベエをしているではありませんか。
「あのあの、お母さん、私に加勢したのでは?」
「いやあ、やっぱりねえ、実の母親に手を挙げるのは気が引けるのよ」
私の横にいた従兄の浩さんが前に出ながら、「あのお、ミドリ叔母さん、足手まといというものでは?」
「ほほほ、言ってくれるじゃない。――じゃあこの際、はっきり言っておくね。私の立ち位置は道化で、ここぞというときに何が起こるか判らない〝パルプンテ〟をかますことなのよ」
うわっ!
競技用ピストルを高く掲げた審判三人娘の一人、金の鯉さんが引き金を引く。銀の鯉さんと密室の鯉さんが、両手で耳を塞ぎながら、「レディー・ゴー」と掛け声を挙げます。
――命題――
見習女神クロエとパーティーは、当該世界第一女神・鈴木紅子と戦うこと。勝利条件は髪を束ねているリボンの奪取!
◇
お婆様・鈴木紅子は彫刻家・一郎の妻で、先の大戦の際、南洋諸島から本土への脱出を図った際、載っていた避難船が敵艦載機の攻撃を受けて撃沈、亡くなったことになっている。生き延びた家族は、鈴木一郎とともに北ノ町に移住。伯父夫妻と子供の浩はその後も北ノ町で暮らしていたのだけども、年頃になった母は、公安庁所属の父・寺崎明と駆け落ちして上京するも、私・ミドリを産むと離婚してしまう。その母が亡くなると、お爺様がいる北ノ町の関係者と接点ができ、状況が一変する。――すべては、見習女神である私・クロエを、ここ浮遊ダンジョン〝トロイ〟の試練をさせるための、つくられた記憶だったのです。
これまで一緒だったパーティー……参謀役の瀬名さん、魔法サポートのマダム、ときに敵ときに味方のお爺様、お父さん、白鳥さん、炎龍のピイちゃん……。現在、私とパーティーを組んでいるのは母・ミドリ、そして最後まで私の味方であり続けた従兄の浩さん。
第十三階層まで到達した私と浩さんは、念話のスキルを獲得しました。これで、母・ミドリとも情報を共有することが可能となったのです。
お婆様の術式は強力な結界。それを破ってお婆様の髪留めリボンを奪取するのは容易なことではありません。こういうときに、参謀役の瀬名さんがいてくれたら助かるのに、先の戦闘で退場になってしまっているのは、結局のところ、――問題解決は自分で考えてするように――という方針が織り込まれているのだろうと思います。
まず私は、守護の四精霊のうち、土精霊ノームを召喚。防壁堡塁を築き、次に結界を張ったお婆様を囲んで、攻城用堤防を築きました。
浩さんが念話で聞いてきました。
(クロエ、それでどういう作戦をとる?)
私の作戦。
結界を張った第一女神のお婆様・紅子の周りをノームの堤防で囲む。次に火精霊サラマンダーが結界に向けて炎を吐く。そして水精霊ウンディーネを召喚し水を流し込む。最後に風精霊シルフィーが北風で水を凍らせる。――つまり結界をガラス容器に例えるならば、器体が急激に温められてから冷やすと、バリンと割れるイメージ。――結界を破ったところで、第二女神である母・ミドリの支援を受けつつ、浩さんと守護精霊・電脳執事さんが突入。リボンを奪取するというものです。
この作戦、結界を破るというところまでは成功でした。
浩さんが、突撃する瞬間。超高速念話で私に囁きました。
「この試練、終わらせよう。そしたら僕は君に指輪を渡したい」
あの、あの、浩さん。悪い気はしませんが、それって〝フラグ〟ですよおっ!
問題は、母・ミドリの術式が、本当に〝パルプンテ〟だったということ。彼女は浩さんを支援しているつもりで、ダンジョン外に、浩さんごと自分を強制退場させてしまったのでした。
(クロエ、あなたならやれる。頑張って♡)
お母さん、あなったって女神は……。
審判三人娘の皆さんを挟んで、お花畑に立つ、紅子お婆様と私。実力伯仲なんてどころじゃなくて、明らかに劣勢。いったい、どうすればいいの私!
◇
それでは皆様、次回でまたお会いしましょう。
By クロエ
【主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。母は故ミドリ、父は公安庁所属の寺崎明。女神として覚醒後は四大精霊精霊を使神とし、大陸に棲む炎竜ピイちゃんをペット化することに成功した。なお、母ミドリは異世界で若返り、神隠しの少女として転生し、死神お爺様と一緒に、クロエたちを異世界にいざなった。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。妻は故・紅子。異世界の勇者にして死神でもある。
●鈴木浩/クロエに好意を寄せるクロエの従兄。洋館近くに住み小さなIT企業を経営する。式神のような電脳執事メフィストを従えている。ピアノはプロ級。
●瀬名武史/クロエに好意を寄せる鈴木家顧問弁護士。守護天使・護法童子くんを従えている。
●烏八重/カラス画廊のマダム。お爺様の旧友で魔法少女OB。魔法を使う瞬間、老女から少女に若返る。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。クロエに求婚している。一つ目コウモリの使い魔ちゃんを従えている。第五階層で出会ったモンスター・ケルベロスを手名付け、ご婦人方を乗せるための「馬」にした。
●審判三人娘/金の鯉、銀の鯉、未必の鯉の三姉妹で、浮遊ダンジョンの各階層の審判員たち。




