表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自作小説倶楽部 第23冊/2021年下半期(第133-138集)  作者: 自作小説倶楽部
第138集(2021年12月)/季節もの「年末行事(聖誕祭 酉の市 年末宝くじ 忘年会)」&フリー「不思議(終末 妖怪 隠しごと 失敗)」
22/26

01 奄美剣星 著  年末行事 『ヒスカラ王国の晩鐘 21』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「連絡将校ムラマサ」

   21 聖誕祭


 12月13日深夜。工場長ハヤト・アカツカ技官(三〇歳、男)が変死していたのは、人気のない航空機組み立て工場格納庫内にあったシシーⅠ型戦闘機の前だ。死因は、高圧電流系工作機械に身体を突っ込み、感電したことによる。


 列車からホームに降りるとあちらこちらに、クリスマスリーズやら電飾を巻きつけたモミの木やらが目に付く。超大陸ノストで、聖誕祭をやっているのは、日本由来の異世界転移都市〈神楽市〉くらいのものだ。

 〈神楽市〉はヒスカラ王国領内にあり、高度な自治を認められ保護を受ける代わりに、科学技術の提供を求められている。俺、ムラマサ中尉は、神楽市からヒスカラ王国同名王都に滞在し、転移都市〈神楽市〉との連絡役をしていた。たまたま休暇をもらって、帰還すると、日付がかわって二四日のイヴになっていた。

 俺は、実家に寄って着替えた後、市長兼上席研究員マーコ・シオジ博士の宿舎を訪ねた。表向きはイヴのホームパーティーに招待された形をとっていたが、実際は、博士に、王都の近況報告と、政府要人の言伝をすることだった。博士にはシズクという養女にした姪がいる。一〇になる四肢の長い美少女だ。王都で見つけた熊の縫いぐるみをやると年相応に大はしゃぎしていた。「大人になったら俺のお嫁さんになってくれよ」と片目をつぶって言ったら、博士が真顔になって、「ロリコン」と返され、少しばかりへこんだ。

 晩餐の後、博士が俺をベランダに呼んだ。――そこで古い友人・アカツカ技官の不審死について聞かされた。

 アカツカ技官には糖尿病の持病があり、低血糖症で倒れた際、高圧電流系工具に覆いかぶさって感電死した。

「ムラマサ中尉、気の毒だけど亡くなった君の親友・アカツカ技官には、シシーⅠ型戦闘機持ち逃げ疑惑がかかっている。彼への疑いを晴らしてやりたいと思わない?」

 俺は、二つ返事で承諾した。


          *


 翌二五日・聖誕祭。聖誕祭は、古代地中海世界発祥のキリスト教祭典だ。だが、神楽市においては本来の意義は忘れ去られ、ただのイベントとして催されている。そして午後になると、薄情な街の商店街は一斉に聖誕祭飾りを撤去して、正月飾りに替えしてしまう。

 博士の口利きで、公安局から捜査資料一式と、助手を一人預けられた。助手は、カイト・ナツメ曹長という若い治安部隊兵士だ。

 俺は「故アカツカ技官を偲ぶ会」の名目で、繁華街地下にあるバーに容疑者二人を呼びつけ、カウンターに並んで座り、一緒に安物ウィスキーを飲ませた。容疑者というのは、コウキ・タケウチ技官(四五歳、男)と、リサ・タマキ技官(二三歳、女性)だ。

 タケウチ技官は白髪の中年親爺。リサは工科専門学校卒業後、公安局暫定治安部隊の技官になったショートヘア女性だ。


 俺は、容疑者二人に酒を奢り、事件当日のアリバイをさりげなく訊いた。二人とも定時から一時間残業し、一八時に帰宅している。

 タケウチ技官は馴染みの居酒屋に寄ったと証言。一九時少し前には入転移していると、他の常連客、店主が証言している。

 リサ技官はそのまま一人、自宅マンションに帰った。少し前までは恋人と同棲していたが、半年ほど前に別れたので、アリバイを証明する者はいない。

 店じまい後、二人の容疑者を送り出してから、カウンターに戻る。

 ――というとムラマサ中尉、消去法で、リサ・タマキ技官が犯人ということになりますね?

 バーテンに扮装していた助手のナツメ曹長が言った。


 ハヤト・アカツカ技官は、寄宿学校の先輩で、学業トップの模範生だった。俺もアカツカ先輩も生徒会に所属していて、アカツカ先輩が二年で会長、俺が一年で会計をやっていた。後輩の面倒見がよく、上級生による下級生への苛めなんかは絶対に認めなかった。加えてイケメンで、女子生徒からも好かれていた。――俺もかくありたいと思っていたよ。


 二六日、公安局暫定治安部隊第一課が、俺を出し抜く形で、リサ・タマキ技官を任意聴取という形をとり、身柄を確保した。

 ――まだ早い!

 任意とはいっても、公安局庁舎に入ってしまったらアウトだ。奴らの思う形に、誘導尋問されてしまう。

 真実を捻じ曲げられないうちに、俺は、拘置所に収監されているリサ技官に面会することにした。

 面談室。囚人服を着せられた赤髪の若い娘と、会話用に複数の小さな穴が空けられたガラス越しに、対談する。

 薄々感じてはいたのだが、リサ技官の左薬指には婚約指輪が輝いており、本人いわく、上司である、「赤坂技官にはめてもらった。クリスマス・イヴに結婚届を提出する予定だった」と証言した。そして、アカツカ技官が殺害された夜は、「先に自宅マンションに帰って料理を作り、アカツカと過ごす予定だったが、彼は来なかった」とも証言した。

「そのことを当局捜査官には?」

「――しましたよ。でもアリバイのない私に対し、捜査官は、〈痴情のもつれ〉が動機だと言って拘束を解かず、尋問を続けています」

 〈痴情のもつれ〉? アカツカ先輩に他の交際相手がいたとでも? ――いや、確かに先輩はモテた。捜査官はその辺を疑っているのだ。


          *


 家に帰った俺は、台所からいい匂いがしてくるのに気づいた。台所で料理をしているのは母と妹で、シチュウやら焼肉のオーブン焼きをこしらえていたのだ。

 リサ技官のアリバイの証明は、意外と単純だった。厨房で料理を作れば物音がするし、いい匂いが周囲に漂う。マンション部屋・隣室住人がそれと気づくだろう。事実、リサの両隣が若夫婦で、厨房からの物音やら料理の匂いがしたことを証言した。

 すると残る容疑者・コウキ・タケウチ技官のアリバイ切り崩しが必要になる。

 助手のナツメ曹長が、「タケウチ技官が犯人だとすれば、犯行の動機は、一回り年下のアカツカ工場長が自分よりも先に出世したことを妬んでということになりますかね?」と、したり顔になっていた。


 二七日。俺と助手のナツメ曹長は、飛行機工廠に向かった。覆い屋の中では、ヒスカラ王国で〈シシー〉と呼ばれている旧日本軍戦闘機・震電が組たてられている。タケウチ技官は、工場長補佐という肩書で、アカツカ技官の代行をこなしていた。

「タケウチさん、貴男はアカツカ工場長の持病を知っていましたね?」

「知らんが、なんかしらの持病を持っているらしいことは聞いていた。アカツカさんは大酒飲みだったが、ここのところは控えていたのは、持病のためというより、結婚を控えていたようだったからだと思う」

「貴官は、アカツカ先輩の婚約相手を御存じですか?」

「知らん。――儂を含めた技官・職工仲間が、口を割らせようとしたが無駄じゃった。ときたま、〈彼女〉らしい娘から差し入れがあるらしく、それまで飯場で三食をとっていたのが、果物のデザート付き弁当だの、茶を入れた水筒だのを持ち込むようになった」

 フルーツ……茶……。

 俺はタケウチ工場長補佐に、果物がグレープフルーツで、茶というのはガバチャではないかと問いただすと、補佐は肯首した。


 アルコールの過剰摂取により糖尿病が進むと心疾患を併発しやすくなる。心疾患患者にグレープフルーツは症状を悪化させる。また糖尿病治療薬を服用している患者に、ガバチャのような血糖値低下をもたらす飲料をやったとしよう、低血糖症を起こして失神するリスクが伴う。

 つまり、アカツカ工場長は、夜勤中、婚約者リサが用意した手作り弁当と飲み物で低血糖症を起こして失神。高圧電流系工作機械に身体を突っ込んで、感電死した。つまりは偶発的事故だったというわけだ。


          ノート20211230

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ