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自作小説倶楽部 第23冊/2021年下半期(第133-138集)  作者: 自作小説倶楽部
第137集(2021年11月)/季節もの「寒の軽食(ホットドリンク、11日・ポッキーの日)」&フリー「樹木」
21/26

04 紅之蘭 著  『ガリア戦記 29』

ガリア戦役五年目冬営。反乱による第十四軍団壊滅と〈弟キケロ〉の第八軍団健闘。


挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「弟キケロ」


   第29話 樹木


 紀元前五四年から翌年にかけての冬季。

 やたらと丈のある樹木が、鬱蒼と立ち並ぶ森だった。葉が落ちているため、密に頭上を覆った枝をすり抜け、うっすらと雪が積もっている。そこを、山のように薪を馬の背に積んだので、ローマの騎兵小隊が、駐屯地に向かっていた。

「囲まれている! なんて数だ」

 兵士たちは薪を捨てて、馬に乗ったが、おびただしい数の弓矢が飛んでくる。瞬く間に、小隊は壊滅してしまった。


 ガリア戦役五年目。

 俺ティトス・プロは、百人隊長としてカエサルの遠征軍に従軍、ガリア北東部(現ベルギー)にある冬営地にいた。

 いつもの年ならば、全軍八個軍団が固まって冬営するのだが、この冬はある事情から各軍団が分散配置することになり、俺が所属するクィントゥス・トゥッリウス・キケロ麾下第八軍団は、ローマに服属したネルヴィー族の王国に冬営地を置くことになった。

「それにしても薪を集めに行った騎兵小隊の奴ら、どうしたんだ?」

 声をかけたのは、ルーキウス・ウォレヌスという男で、やはり百人隊長だ。戦場ではいつも、俺と武勲を競っている奴だ。

 ウォレヌスが言うように、薪集めの連中の帰りが遅い。とっくに日が暮れているではないか。日が暮れたとき、キケロ軍団長が、幕舎から出てきた。病にかかっていたので、おぼつかない足取りだった。軍団長様は、取り巻きの一人に、「敵が近づいているようだ。警戒態勢をとれ」と命じた。

 ご名答!

 敵が、第八軍団冬営地を囲んでいる。

 とどのつまりは、俺たちが駐屯しているネルヴィー族の王国が反乱を起こし、俺たちは敵地のど真ん中で孤立してしまったというわけだ。冬営地は、テント幕舎を、空堀と木柵で囲んだ要塞だ。その周りを、蟻がはい出る隙間を与えぬかのように、すっかり敵兵が包囲しているのが分かる。

 顔見知りのネルヴィー族貴族が、軍使として、陣営にやってきてキケロ軍団長に取り次ぎを求めてきた。

 後で聞くところによると、幕舎ではこんな話があったそうだ。


 軍使は、銀鷲飾りがついた第十四軍団旗をキケロ軍団長に示し、同軍がガリア反乱軍により、壊滅したと言った。同軍を襲ったのは、エブロネス族なのだそうだ。

「我らガリア諸族連合軍六万が、ローマ第十四軍団と支援の五個大隊の冬営地を奇襲し、将兵九千を壊滅させた。キケロ殿の麾下の第八軍団六千。いかに名将キケロといえども、十分の一の兵力では歯が立つまい。お味方駐屯地へ撤退なさったらいかが? ネルヴィーの地から撤退して下さるのならば、我が軍は手を出さぬことをお約束しよう」

「武装した敵兵のただなかを通って撤退だと? ローマにはそのような習慣がない。どうしても言われるならば、総大将カエサル総督に許可をとる必要がある。それでよいか?」

 敵の軍使は論破されたようで、冬営地要塞を混んでいる反乱軍に戻った。


 ――弟キケロ、兄キケロに劣らぬ知恵者。やはり見え透いた罠には引っかからぬか――


 クィントゥス・トゥッリウス・キケロの異称は〈弟キケロ〉。あの哲学者、有力元老院議員マルクス・トゥッリウス・キケロの弟だ。二人は若いとき、数年ローマ、アテナイ、ロドス島のアカデミアを巡って学問を習得したという。以降、ローマの要職を歴任。ポンペイウス執政官の副官、アシア属州総督を経て、カエサル総督の幕僚に加わった。


 敵軍使が帰った後、幕舎前を警備していた〈弟キケロ〉が俺を呼び止めて言った。

「――ティトス君、敵は僕ら第八軍団六千人を冬営地要塞から引きずり出し、丸腰になったところを十倍の六万人で袋叩きにする策だった。たぶん友軍の第十四軍団も、その手に引っ掛かって全滅させられたのだろうね」

 総大将カエサルに、事態を伝える必要がある。問題は、蟻がはい出す隙間のないほど、びっしりと冬営地を囲んだ敵軍を、どのようにかいくぐり親書を届けるかだ。兵士たちに莫大な恩賞を提示して、命がけの伝令を依頼したのだが、あまりにも敵兵は多く、包囲網を突破できず、すべて失敗した。

 その間。ガリア反乱軍は、近隣にある森の樹木を伐採して、ローマ冬営地要塞周辺を柵で囲い、攻城塔なんかも、後から運んできて取り付けた。さらには破城槌までこしらえている様子だ。

 城砦からこの様子を見ていた俺の横に、ルーキウス・ウォレヌスが立った。

「奴ら、ローマ軍の方法論を模倣していやがるぜ。ティトゥス、いっちょう、暴れてこないか?」

 そんなわけで、俺たちは敵・攻城塔やら攻城槌を壊すため、要塞の外に出撃した。俺たちは協力しあいながら、敵兵をなぎ倒し、目的の施設や兵器を破壊した後、帰還した。


 ――それにしてもなんでローマ軍は、敵に、各個撃破して下さいと言わんばかりに、分散駐屯で冬営なんかしたんだ?――


 素朴な疑問ってやつかい?

 その年、ガリアでは小麦が不作だったんだ。全軍を一か所に集めて、冬営することができず、リスキーな分散配備せざるを得なかったってわけだ。

 敵の猛攻の最中、〈弟キケロ〉は、何度もカエサルに伝令を送ったのだが失敗した。このとき、ネルウィー族の親ローマ派であるため亡命を余儀なくされたウェルティコという貴族が、こう申し出た。

「私の奴隷に親書を携えて放ちましょう。奴隷は敵と同じガリア人なので、うまく敵兵をかいくぐってくれることでしょう」

 ガリア風の獣皮服を羽織った奴隷は、莫大な金と自由身分という恩賞に乗って、百マイル(約百五十キロ)先にあるカエサルが滞在するアミアンにたどり着き、〈弟スキピオ〉の手紙を渡した。


 まあ、そこからは例のごとくで、カエサル総督閣下の神業だ。このときアミアンにいた総督はほぼ丸腰だったので、まずは近隣駐屯地から近習とする騎兵四百を調達。それから、現在残っている、麾下の第七から第十三軍団の全七個軍団のうち、最も近い場所にいたクラッスス執政官の次男坊の会計検査官軍団長が軍団長の第十一軍団を呼び寄せる。それから、名将ファビウスの第七軍団に合流。ティトゥス・ラピエーヌを軍団長にして預けた、カエサル〈親衛隊〉第十軍団は、ガリアで最も物騒な、レミー族の王国とトゥエリー族の王国国境を冬営地としている。これは動かすことができない。この他の四個軍団、第九・十二・十三の三個軍団は遠方過ぎて、迎撃作戦には間に合わない。なので、そのままにしておく。

 そういうわけでカエサル総督閣下は、敵六万に対し手勢二個軍団一万余りで、迎撃にきてくれたというわけだ。敵は兵力差に慢心し、細道の険しい崖の奥に築いた総督閣下の陣城に攻めかかる。長蛇の隊列になった横っ腹を衝くようにして奇襲。ガリア反乱軍は潰走した。

 カエサル閣下が、俺たちの第八軍団冬営地に入ったとき、軍団長の〈弟キケロ〉以下生き残りのほぼ全員が、負傷しているのに気づき、感動した。そして一人一人名簿を読み上げて、感謝の言葉を述べだした。

 病床に就いていた軍団長の〈弟キケロ〉は、敵が包囲していた十日ほどの間、ほとんど寝ずに指揮していたので、取り巻き連中は、「どうか寝ていてください」と何度も懇願したものだった。

 その〈弟キケロ〉が幕舎でカエサルと会談し、ようやく真相を知った。


 事の顛末は、第十四軍団が冬営していたエブロネス族の王国は小国で、単独でこれを撃滅することなど不可能だ。背後で大族トレヴァリ王国の将軍アンビオリクスが、この小国を操って奇襲をかけ、〈弟キケロ〉に提示したのと同じく、撤退勧告をした。この策に乗ってしまい、敵の横槍を受けた同軍団は壊滅。余勢をかってネルヴィー族を篭絡し、冬営中の第八軍団を襲撃したのだった。


                             続く


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