03 柳橋美湖 著 樹木 『北ノ町の物語90』
90 樹木
ウンディーネは水の精霊。守護精霊召喚の詠唱をした私。けれど……
「ノームに続いてウンディーネの術式までも……守護精霊召喚を無効化された!」
パーティーの浩さんと瀬名さんが同時に声を上げました。
モミの大木を背に、私たちの前に立ちはだかるのはゴスロリ姿の幼女――母である第二の女神・ミドリ。
◇
東京の画廊で経営者マダムの秘書をしていた私・鈴木クロエ。主な取引先は、北ノ町在住の彫刻家・鈴木三郎、私のお爺様です。北ノ町には、IT実業家でセミプロのピアニストである従兄の浩さんや、代理人で顧問弁護士の瀬名さんも暮らしています。北ノ町へ行くには、東京・上野駅から、今では珍しい夜行列車に一晩乗ることになります。
母を亡くしたばかりのとき、瀬名さんやってきて、縁遠くなっていたお爺様に会わせて下さって以降、折に触れて、北ノ町を訪れていました。
ある冬、マダムを案内して北ノ町へ行く途中、夜行列車中継駅で、入れ替わるように出発する別の列車に乗り込む幼女を見かけ、気になっていました。私たちが北ノ町へ着くと、幼女が北ノ町で、神隠しになった子だと判り、お爺様たちと後を追う冒険に旅立ちます。 初期パーティーは、チート戦士のお爺様、実は守護精霊・護法童子くんの召喚士である瀬名さん、守護精霊・電脳執事の召喚士である浩さん、そして魔法少女OBであるマダムと秘書の私からなる五人。
神隠しの幼女が連れ去られた先は異世界大陸。途中、イケメンな吸血鬼・白鳥さん、炎龍のピイちゃんが合流。そしてついに、最終目的地・龍骨ノ町にたどりつきました。
そこで私はこの異世界の真実を知ります。実は、お爺様・鈴木三郎こそ、生と死を司る異世界の創造主だったのです。そして、現世界で故人となっていたはずの祖母・紅子が、異世界を維持する第一の女神。跡目を継いだ第二の女神が、やはり故人となっていたはずの母・ミドリ。母は、幼女姿に変身し、神隠しの少女として、私・クロエをここまでいざなっていたのです。そして今、第三の女神となるべく、見習いの私が、浮遊ダンジョン〝トロイ〟で試練を受けることになりました。
浮遊ダンジョン〝トロイ〟は、ダイヤモンド形で、全十三階層からなり、各階層でミッションを攻略、審判三人娘の判定を得て、上に昇って行きます。私のパーティー・メンバーは、瀬名さん、浩さん、マダム。時に敵、時に味方になる炎龍のピイちゃん。ディフェンス側には、創造主のお爺様、吸血鬼の白鳥さん。それから現世界では縁遠かった諜報員の父・寺崎昭。
やがて私たちは第十二階層まで到達。ですが途中で、ピイちゃん、そしてマダムが脱落してしまいました。――試練も大詰め、私たちパーティーは、第二の女神・ミドリに対峙しています。
◇
第十二階層は、ダークグレイな空と真っ白な雪原でした。
そこを単調でなくしているのは、ダンジョンマスターの背後にあるモミの巨木です。
ミッション攻略のための作戦は、だいたい、観察スペックが高い瀬名さんが立案します。瀬名さんは言います。――私たち三人は、敵対する母に悟られないよう、モールス信号を交えた、アイ・コンタクトを使っています。
「第二の女神が君の四大精霊のうちの二大精霊ノームとウンディーネの召喚術式を無効化したとき、僅かだが、間が空いた」
浩さんが言葉を補うように、
「つまり君が、連続で召喚術式を唱えている間に、第三者である僕と瀬名さんが、同時フェイントとして、詠唱をすれば、少なくとも切り札になる守護者が、第二の女神を倒してくれる可能性が高いというわけだ」
なるほど。試してみる価値があります!
まず私が、第三の守護精霊・火蜥蜴サラマンダーを召喚。
第二の女神・ミドリが召喚無効化術式の詠唱。
この間隙を衝いて、瀬名さんが守護精霊の護法童子くんを召喚。けれど、浩さんの詠唱タイミングがずれて、電脳執事さんを召喚するのに手間取った様子です。仕方がありません。私は第四の守護精霊・風のシルフィー召喚のチャージに入ります。
護法童子くんは、服を着てはいますが、キューピー人形にちょっと似ています。強力な呪力が込められた錫杖を持っていて、先端をミドリに向けようとしたのですが、ミドリがかわしながら、ちょん、と人差し指で突きます。悲鳴。護法童子くんは透明になって消えていきます。
刹那――
ミドリの背後にあったモミの大木が、雷光・爆音とともに縦割れし、ミドリに覆いかぶさります。
「卑怯者!」
「これをフェィント攻撃というのですよ、ミドリ叔母様」浩さんはポーカーフェイス。
大木の下敷きになった母の身体が、透明になり、やがて姿を消しました。こうして、ダンジョン・マスターにして第二の女神である母ミドリを倒せたわけです。
ですが、守護精霊の喪失は、召喚士にも身体的に重大な影響を与えます。護法童子くんを失った瀬名さんの身体が透明になっていくではありませんか!
「せ、瀬名さん!」私が叫ぶと、瀬名さんが、「浩くん、後はよろしく頼んだよ」と言い残して消えてしまいました。
審判三人娘――金の鯉、銀の鯉、密室の鯉――の皆さんが旗を振って、「冒険者チームの勝利。ただしプレイヤーの瀬名さんは退場」と判定しました。
私以外パーティーで、唯一残った従兄の浩さんが、消えた瀬名さんがいた場所に向かって、言います。
「瀬名さん、任せてください。クロエは僕がきっと幸せにしてみせます」
浩さん、普通、この感傷的タイミングで、それは言わないでしょう! そう言おうとした刹那、瀬名さんが消えた場所から、ゴスロリ幼女姿の母・クロエが生えてきました。
「ぱんぱかぱーん、めでたく、第十二階層ダンジョン・マスターにして第二女神であるこの鈴木ミドリを倒した冒険者パーティーよ、おめでとう。ボーナス特典として、リーダーの見習い女神クロエには、私ミドリが、眷属神に加わります」
「えっ、僕とクロエが〝密室の恋〟に入るタイミングで割り込むなんて、ミドリ叔母様、それはないですよ」
「保護者同伴――あるいは〝親子丼ぶり〟!」
「下品です。やめて下さい!」
「浩ちゃん、可愛い!」
脳天気に笑うゴスロリ姿の母を前に、頭の中が白くなっている私。
縦に割れた巨木の狭間に、昇り階段が現れています。私たち三人は審判三人娘の皆さんにいざなわれ、ゲートをくぐりました。
◇
次はいよいよラストステージ、第十三階層です。恐らくそこで待っているのは……。
それではまた。
By.クロエ




