01 奄美剣星 著 寒の軽食 『ヒスカラ王国の晩鐘20』
【梗概】
精神生命体<亜神>は、ノスト大陸の人間や亜人を依代に転生。贔屓の種族に加担してきた。二五年前の<ノスト大陸戦争>ヒスカラ王都防衛戦で、亜神の双璧をなす、ヒスカラ側ボルハイム卿と、連合種族帝国ユンリイ大帝が激突、相討ちになった。やがて二人の超戦士がそれぞれ復活。暫定的な講和条約が破綻しようとしていた。そして、大陸九割を版図とする連合種族帝国が、最後に残った人類王国ヒスカラを併呑しょうとする間際、一五歳の女王は自らを依代に勇者転生を決断した。
さて、今回は……女王駆け落ち疑惑の真相。ミステリック・ファンタジ。
挿図/Ⓒ奄美剣星「ムラマサ」
20 寒の軽食
ダルマ・ストーブの上に鍋。そこに、故郷から取り寄せた酒を、お銚子感覚で小瓶のまま入れ熱燗にする。
……問題が発覚したのは非番になる直前だった。士官室で着替えて、寝酒をしようとした直前、伝声管から、「女王陛下の部屋に向かうように」と指示があった。
「女王陛下がいなくなった?」俺は、そこにいた女官長リムルと侍童カミーユに聞き返した。
侍童のカミーユは定時になるとオフィーリア女王陛下に、ルームサービスで、朝食やら飲み物を運ぶ。今は夜十時。陛下はお休みになられる前に、カミーユが届けにきた薬湯を召し上がる。その子が部屋に入ろうとしたが、返事がない。そこで控室にいた女官長に報告し、彼女と一緒に中へ入る。――するとだ。部屋の中は散らかっていて、テーブルには、「出国する」との旨、書置きがあった。
「ムラマサ中尉。情報局に陛下の行方を捜すよう手配した。その手紙、読んだか?」
俺はうなずいた。
声をかけたのは、上役である近衛隊長アリモス准将だ。白髪痩身、片眼鏡をかけている。よほど慌ててきたのだろう、軍服は少し乱れていて、靴には傷がある。そろそろ買い替え時というところか。
廊下には、非常時に備え、目立たぬよう工夫されつつ、ところどころに電話機が備えられている。大佐はその電話機で情報局に状況を聞いた。――それによると、女王陛下の従兄弟で、宮廷に詰めていたドン・ファン少佐が、同じ時刻に行方をくらましたという報告があった。
――まさか駆け落ち?
オフィーリア女王陛下は一六歳。青髪の美しい可憐な少女だ。ドン・ファン・デ・ガウディカ少佐はもともと隣国ガウディカの王子だったが、故国が帝国に奪われたのを機に、ヒスカラ王国に亡命してきた従兄だ。……すらりと背の高い、二二になる金髪の若者で、襟に流行のコロンをつけていた。……この元王子様には噂がある。噂というのは、オフィーリア女王の入り婿になって兵を借り、故国を奪還するため、猛攻をかけているというのだ。――女官長によれば、まだ幼さが残る女王だが、言葉巧みに元王子の申し出を断っていたと聞くのだが……。
片眼鏡の近衛隊長アリモス准将が、
「ドン・ファン少佐、しつこく言い寄って、陛下を落とした? ついにやったか……」
と言ったところで、コホンと咳払いをする。
さもありなん。女王とはいえ年頃の娘だ。色男の元王子――ヒスカラ王国では侯爵の爵位があり、求婚権がある。
超大陸ノストには、今や唯一の人類王国となったヒスカラと、数多の亜人族からなる連合種族帝国とがあり、軍事力一対九で、ほぼ絶望的な状況だった。色男さんは、念願の美少女を口説き落としたものの、兵を借りて故国を奪還するのを諦め、二人手を取り合って逃避行をしているというのか? ――すると、不遜な言い方ながら、女王陛下はヒスカラ王国と国民をお見捨てになったということになる。
そんな考えが俺の脳裏を横切ったとき、当の女王陛下が、アリモス准将の後ろに立って、「何を騒いでいるの?」と我ら臣下にお尋ねになった。陛下は、ドレスではないところの外套と深縁帽の旅装姿だ。
――陛下は、ドン・ファン少佐との駆け落ちを取りやめて、戻ってこられたのか? さすがは一国の元首のことだけはある。
アリモス准将の片眼鏡が外れ、胸の辺りで振り子のように揺れている。
するとだ。女王部屋の電話が鳴り、陛下が受話器を取った。相手は情報局とは別の女王直属諜報機関〈王の目〉かららしい。
「そう……」幼さの残る青髪の女王だが、ときたま、老獪な笑みを浮かべることがある。その彼女が、片眼鏡の准将を指さし、明朗な声で、俺に命じた。
「ムラマサ中尉、アリモス准将には反逆の嫌疑がある。逮捕して下さい」
俺が拳銃を向けると、准将は舌打ちして両手を挙げた。
後日。
王宮付属施設に温室植物園がある。もと俺がいた世界、地球・英国・ロンドンには、〈水晶宮〉と呼ばれる、鉄筋にガラスを貼った施設があった。なんでもヴィクトリアという最盛期の女王のとき、〈万国博覧会〉なるものがあって、移築したのだそうだ。それによく似ている。
温室植物園には、テーブルと椅子がいくつか置かれ、王侯貴族のほか、大臣級の廷臣の利用が許可されている。こういった貴顕の方々が随行すれば、卑しき身分の俺も利用できる。
俺・ムラマサは日本国からの転移都市〈神楽市〉の治安部隊に在籍していたが、ヒスカラ王国転移後は、連絡役として王宮に詰めていて、客分扱いになっている。……はずだが、見ての通りこき使われている毎日だ。
「焼き立てのスコーンに、紅茶を召し上がれ」
男爵夫人の称号をもち、国務大臣と同格の要職にある、女官長リムルが、俺をお茶に誘った際、真相を語ってくれた。
王国側の勇者ボルハイム卿と帝国側のユンリイ大帝とが、先の〈ノスト大陸戦争〉で、相討ちになった。二人の本性は、亜神と称される精神生命体で、贔屓の種族が異なるため、人類や亜人族の身体を依代にして転生を繰り返し、争っているらしい。
決戦の後、しばらくして両者は転生したわけだが、ボルハイム卿の魂魄はオフィーリア女王を依代に、ユンリイ大帝の魂魄は猫象系亜人青年ジェイ・バルカを依代にした。
実を言うと、ボルハイム卿の魂魄は、女王の前に、帝国辺境モア市のテオを依代にしていたことがある。テオは同市の診療所医師で、流行病のため亡くなったのだが、ジェイ青年は彼の息子だった。
皮肉なことに、ボルハイム卿とユンリイ大帝の両者には、家族であったころの記憶が残っているらしい。両者は密かに休戦し、モア市にいる家族と再会したそうだ。――そして今はオフィーリア女王であるこの方が帰還なさった。
女王不在の間、生き写しのヒューマノイド、レディー・デルフィーが影武者になっていた。
そのあたりの内情を知らずに、アリモス准将と配下の将兵たちが、クーデターを画策した。女王を拉致して政権を奪い、圧倒的な軍事力を誇る帝国と講和しようとしたのだ。
騒ぎのとき、アリモス准将が駆けつけてきた際、軍服が少し乱れていて靴に傷があったのは、〈影武者〉と取っ組み合いをしたからなのだろう。
女王顧問官であるレディー・デルフィーも人が悪い。その気になれば、准将の腕など引き千切れただろうに、ある程度計画を遂行させたうえで、一味をあぶり出し、一網打尽としたわけだ。
反乱兵士複数と渡り合って壊滅させてきたのだろう、それから小一時間ばかりしてレディー・デルフィーが、あちこち煤けた寝間着姿で宮廷に帰還した。同時刻、別動隊によって、反乱軍側拠点の一つに拉致されていたドン・ファン少佐が、憲兵隊に救出されている。
それにしても……
プラチナ・ブロンドの髪をした侍童カミーユの身体は、レディー・デルフィーと同じ転移都市ミライ市跡で発掘されたヒューマノイドで依代。本体は、〈カブトガニ〉という帝国側の重戦車級生物兵器だ。青髪の女王に気に入られ、寝返ってきたカミーユの本体が、重臣の乱心に怒り、暴走しなくて本当によかった。――そんな話しを女官長リムルに言う。
黒髪で美魔女な女官長が、孔雀羽の扇子を優雅に拡げ、「カミーユ君も、それなりに成長しているのよ」と笑った。
リボンのついた白シャツ、チョッキ、吊りの半ズボン、白タイツをはいたカミーユが紅茶とお茶請けのクッキーのお代わりを持ってきて、卓上に置くと、女官長が頭をなでてやった。
ノート20211129
〈ヒスカラ(人類)王国〉
01 オフィーリア・ヒスカラ三世女王……転生を繰り返す王国の英雄ボルハイム卿の依代。ボルハイム卿は25年前の王都防衛戦総司令官となり、帝国のユンリイ大帝と相討ちになった。卿は、その後、帝国辺境の町モアで少年テオを依代に復活、診療医となるも流行り病で没し、女王の身体を依代に、再び王国側に転生した。ヒスカラ暦七〇二〇年春現在15歳。
02 アンジェロ卿……灰色猫の身体を依代に、古の賢者の魂魄を宿す王国護国卿。事実上の王国摂政で国家の最高決定権がある。ボルハイム卿の移し身も彼が執り行ったものだ。巡洋艦型飛空艇パルコを居館代わりに使用している。/十年前に異界工房都市の〈量子衝突〉実験で事故が生じて〈ゲート〉が開き、男女十人からなる異界の学者たちが迷い込んできた。学者たちは、ノスト大陸の随所にある飛行石鉱脈を採掘し、水素やヘリュウムの代わりに、飛行石をつかった飛行船の一種・飛空艇を開発した。/アンジェロ卿は彼らを自らのブレーンにした。ヒューマノイドのレディー・デルフィー、ドン・ファン大尉のロシナンテ戦闘機飛行中隊の戦闘機シシイも、異界学者たちが製作したものだ。
03 レディー・デルフィー(デルフィー・エラツム)……教育・護衛を職掌とする女王顧問官で、年齢、背格好、翡翠色の髪まで似せたヒューマノイドだ。オフィーリア女王の目が大きいのに対し、レディー・デルフィーは切れ長になっているのは、彼女の製作者が女王との差別化を図ったためである。レディーは衣装を女王とそろえ、寝台も同じくしているが「百合」関係はない。さらに伊達眼鏡を愛用する。
04 ドン・ファン・デ・ガウディカ大尉……二五年前、連合種族帝国によって滅ぼされたガウディカ王国国王の息子。大尉の父王は、滅亡直前にヒスカラ王国に亡命してきて客分となり、亡国の国王はヒスカラ王族の娘を妃に迎えて彼が生まれた。つまるところオフェイリアの従兄で幼馴染、そして国は滅んでいるがガウディカ王太子の称号がある。女王より二歳年長のドン・ファンは、「オフィーリアを嫁さんにして、兵を借り、故国を奪還するんだ」というのが口癖。主翼の幅一〇フット後部にエンジンを取り付けたシシイ型プロペラ戦闘機の愛機に「ロシナンテ」と名付け、同名の飛行中隊20機の指揮官に収まっている。
05 マーコ・シオジ博士………一〇年前の量子衝突実験失敗でノスト大陸に転移してきた都市、軍都2040(別名、第三工廠)の主席研究員で、同都市の市長兼務。ヒスカラ王国賢人会議会員。親族は「災害」で生き残った姪シズク・シオジ(一〇歳)。
06 ムラマサ少尉……シオジ博士に連絡役として推挙され、ヒスカラ王国の侍従武官となった。ややBL趣味があるものの、有能。秘密警察「王ノ目」に所属。
07 カミーユ……ヒスカラ王国の宮廷侍童。もともとは敵対する連合種族帝国の重戦車型生物兵器「カブトガニ」だったが、両国が国境紛争で小競り合いをした際、女王オフィーリアに篭絡され、寝返った。平時は、シオジ博士を首班とする調査隊により、軍都二四〇〇の廃墟で発掘されたヒューマノイドを依代とし、王宮の侍童として仕えるようになった。
〈連合種族帝国〉
01 ユンリイ大帝……一代でノスト大陸9割を征服し大帝国を築き上げた英雄。あまたの種族を従えていた。25年前の王都攻略戦で、ボルハイム卿の奇襲を受け相討ちになるも、帝国臣民に復活を待望されている。比類なき名君。
02 フィルファ内親王……大帝が不在となった帝国を預かる摂政皇姉にして大賢者。王国の勇者ボルハイム卿に対するアンジェロ卿のようなもの。黄金の髪、青い瞳、透けた背の翅が特徴的な有翅種族女性。火の粉が降りかかれば払うが、弟と違って戦いを好まず、戦禍で荒れた土地の迅速な復興など内治に功績がある。
03 テオ・バルカ……帝国の版図に収まった辺境都市モアで診療所を開いていた猫象種族。帝国側道士によってボルハイム卿の魂魄が移し身されるとき10歳の少年だった。すでに両親はなく、看護師の姉ピアに愛情深く育てられた。本来は大帝復活のための依代であったが、大帝の遺言により、ボルハイム卿が王国側で復活しないようにするための措置で、テオはボルハイム卿の依代となった。町から出ることを許されず、事実上の軟禁状態にあった。その後25年後、流行り病で没し、共同墓地に葬られた。猫象種族の妻を娶り、二男三女をもうけた。
04 ジェイ・バルカ……テオの息子・猫象種族。両親を流行り病で亡くし、弟妹たちとともに伯母ピアに育てられる。少年兵で従軍し戦地で上等兵となるも、王国軍の捕虜になる。捕虜交換で帰国後、士官学校入学の名目で帝都に召喚され、ユンリイ大帝転生に際し、依代となる。戦友はガンツ上等兵。




