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自作小説倶楽部 第23冊/2021年下半期(第133-138集)  作者: 自作小説倶楽部
第136集(2021年10月)/季節もの「収穫(木の実・果物・茸)」&フリー「切り札(最後の手段・最終兵器・口説き文句)」
16/26

03 紅之蘭 著  切り札 『ガリア戦記 28』

 【あらすじ】


 共和制ローマ末期、南仏・北伊・アドリア海北端の三属州総督カエサルは、本国で三頭政治の一席に就き、辺境ではガリア、ゲルマニア、ブリタニアに侵攻する。


挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「ブリタニア・ケルトの森」

    第28話 切り札 


 故郷イタリアの光が差し込む低い木立の森とは異なり、ガリア同様にブリタニアの森では、オークの高い樹木が鬱蒼と林立して暗い。

 そういう木立の合間から弓矢が飛んでくる。

 予測は不可能だ。

 敵・ブリタニア人は、視界がきく野原での戦いを好まず、もっぱら、樹木に隠れての奇襲を好んだ。

 それで敵は、味方ローマ兵が弱まると見るや、戦車を繰り出し、掃討を図ってくる。

 百人隊長である私・ルキウスは、ホイッスルを鳴らして、麾下の百人隊の隊伍を整えつつ、軍団全体に合わせて北に向かわせていた。


 どこでもそうだ。ローマのような文明国とは異なり、数千人規模での集団戦というものに長けていない蛮族どもは、森林で奇襲を仕掛けてくるのが常だった。

 深い森は、移動するのにあたって、あくまで通過する場所だ。よほどのことがない限りは、決戦の場になどしてはならない。

 昨年の第一回ブリタニア遠征で、ブリタニア人たちは、水際防御作戦をとった。

 だが今回・第二回ブリタニア遠征で敵は、海岸線に兵を配置せいず、深い森の中に我らローマ軍を誘い込んだ。

 じわじわと兵士が撃たれていき、大隊長が流れ矢に当たって戦死した。カエサル麾下ローマ軍森林行軍で――想定内ではあったが――それなりの被害を受けた。


 ドーバー海峡を渡るのには丸一日かかる。第二回ブリタニア遠征の出航にあたりカエサル総督は、ガリア北岸イティウス港に、副将ラビエヌスに、三個軍団と騎兵三千を与えて背後の守備を任せ、自らは二八隻の戦闘艦〝ガレー船〟と、五百五十隻の輸送船に、五個軍団と騎兵二千を乗り込ませた。艦隊には、ギリシャ系、ガリア系、イタリア系といった商人たちの交易船が後続する。

 私・ルキウス麾下の百人隊も輸送船に乗って、ブリタニア南岸の砂浜に上陸した。

 今回の輸送船は、北洋様式ではなく、地中海様式で喫水が浅い。そのためかなり砂浜に近いところまで近づけたし、第一、甲冑を着たまま海に飛び込むときに、溺れずにすむので助かった。そういうわけだから悪天での渡航はできない。順風となるのに二十八日も待った次第だ。

 揚陸作戦で四十隻の船が損傷した。カエサルは、揚陸地点を拠点とし、全軍から船大工出身者を中心とした工兵かき集めて船を修理させ、守備隊として一個軍団を置いた。そして翌日、深いオークの森に侵攻を開始したというわけだ。

 敵・ブリタニア人は、それまでの部族間抗争をやめ、カシヴェラヌスという人物を部族連合軍の総大将に担ぎ上げてローマ軍に対抗した。


 全軍が森の中にぽっかりと穴の開いたように広がった野原を見つけ、そこにローマ軍主力が集結していた。

 鬱蒼として暗いオークの森の行軍で、疲れを見せた味方軍を見たカエサルは、馬上で演説した。

「蛮族軍どもは部族連合体で、文明国の軍隊である我らローマのように、団結を保つということができぬ。多少の人的消耗はあるだろう。だがブリタニア人部族連合の核となるカシヴェラヌスの本拠地を直接衝けばどうなるか? たちまち敵総大将の主力部隊は維持できなくなり、彼の盟友たる部族たちは、ボロボロと歯が抜け落ちていき、瓦解するに違いない」

 確かにそうだ。古参の百人隊長たちがカエサルを支持した。

 カシヴェラヌスの領地は、揚陸地点であるブリタニア島南海岸から、数日行ったところ(現ロンドン付近)にあった。

 統率のとれたローマの大軍を相手に、ゲリラ戦特化のブリタニア軍は、直接相手をすることができず後退を続けた。そして反転攻勢の回数と、参加人員族の極端な現象は、カシヴェラヌスの求心力低下を印象付けた。――カエサルの言うように、しょせんは烏合の衆だ!


 ブリタニア人たちの村々を制圧すると、習俗がガリアと同程度の水準にあることに気づかされる。ブリタニア南部は麦が栽培され、案外と豊かだ。捕虜の話しだが、これに対し北部は寒冷で耕作には適さず、牧畜を主な生業としているらしい。南部ブリタニア人も、鶏や兔といった家畜を飼うには飼っているのだが、どちらかというと愛玩動物に近く、屠殺して食べるということをしない。

 私は村の広場の檻に閉じ込めた捕虜たちを見遣った。元兵士、若い女、そして子供。本作戦での戦利品だ。檻に身を寄せ合っている母子家族たちを見て、エトルリアの故郷に残してきた妻と五人の子供を思い、蛮族ながら不憫だとは思った。だが今の世で生きるということはそういうことだ。捕虜は軍の後を追ってやってくる交易商人たちに奴隷として売却する。利益はあとで部下たちと分配することになっている。


 カエサル麾下ローマ軍は、敵カシヴェラヌスの領国首都まであと一日という行軍距離となったところで、切り札にとっておいた騎兵を、町の背後に回り込ませ、本隊とあわせて挟撃の態勢にした。すると万策尽きたカシヴェラヌスは直属の戦士四千とともに、ローマ軍に投降した。

 カエサルは、投降してきたカシヴェラヌス以下ブリタニア人に対し、寛大な措置を行った。家畜や穀物からなる賠償と、部族間抗争の禁止、それから有力者たちからの人質を要求すするに留めた。ローマに対し歯向かってきた彼らに、これ以上苛烈な仕打ちをしなかったことについて、カエサルは将軍たちにこう言ったのだそうだ。

「わが軍の冬営地は、ブリタニアではなく、ゲルマニアだ。ローマのブリタニア入植はまだ当分は先のことになる。――今回の遠征はローマ人入植にあたっての第一段階・威力偵察である」

 私は、部下たちと食事をするとき、カエサルについてこう評したものだった。総督は、聞くところによるアレクサンドロス大王と同じで、世界の果てがどうなっているのか興味がある。つまり征服そのものよりも冒険がしたいのだと。


 それから、冬を前に我々ローマ軍五個軍団は、輸送船に乗り込み、ガリア北岸の拠点・イティウス港に引き上げた。

 後で知ることになるのだが、港に船が付いたとき、カエサルは本国から訃報を聞いたらしい。盟友ポンペイウスに嫁がせていた一人娘ユリアが亡くなったというのだ。前年、この人の母親が亡くなっている。栄光と引き換えに孤独になっていった。

          つづく

【登場人物】

カエサル……後にローマの独裁官となる男。平民派として民衆に支持される。

クラッスス……カエサルの盟友。資産家。騎士階級に支持される。

青年クラスス……クラッススの子。カエサル付き将校になる。

ポンペイウス……カエサルの盟友。軍人に支持される。

ユリア……カエサルの愛娘。ポンペイウスに嫁ぐ。

オクタビアヌス……カエサルの姪アティアの長子で姉にはオクタビアがいる。

ブルータス……カエサルの腹心 

キケロ兄弟……兄キケロと弟キケロがいる。兄は元老院派の哲人政治家で、弟はカエサルの有能な属将となる。

デキムス……カエサルの若く有能な将官。

ウェルとイミリケ……ガリア人アルウェルニ族王子と一門出自の養育係。

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