02 柳橋美湖 著 切り札 『北ノ町の物語89』
【あらすじ】
東京のOL鈴木クロエは、母を亡くして天涯孤独になろうとしていたのだが、実は祖父一郎がいた。手紙を書くと、祖父の顧問弁護士・瀬名が夜行列車で迎えにきた。そうして北ノ町に住むファミリーとの交流が始まった。お爺様の住む北ノ町は不思議な世界で、さまざまなイベントがある。
……最初、お爺様は怖く思えたのだけれども、実は孫娘デレ。そして大人の魅力をもつ弁護士の瀬名、イケメンでピアノの上手なIT会社経営者の従兄・浩の二人から好意を寄せられる。さらには、魔界の貴紳・白鳥まで花婿に立候補してきた。
季節は巡り、クロエは、お爺様の取引先である画廊のマダムに気に入られ、そこの秘書になった。その後、クロエは、マダムと、北ノ町へ行く夜行列車の中で、少女が死神に連れ去れて行くのを目撃。神隠しの少女と知る。そして、異世界行きの列車に乗って、少女救出作戦を始めた。
異世界では、列車、鉄道連絡船、また列車と乗り継ぎ、ついに竜骨の町へとたどり着く。一行は、少女の正体が母・ミドリで、死神の正体が祖父一郎であることを知る。その世界は、ダイヤモンド形をした巨大な浮遊体トロイに制御されていた。そのトロイを制御するものこそ女神である。第一の女神は祖母である紅子、第二の女神は母ミドリ、そして第三の女神となるべくクロエが〝試練〟に受けて立つ。
挿図/Ⓒ奄美剣星「マダムの肖像」
89 切り札
実は浮遊ダンジョン〝トロイ〟第十一階層だった北ノ町。お爺様のお屋敷での見習女神の私・クロエと仲間たちの試練は、ホールの床に描かれた魔法陣結界からの脱出です。
◇
ホールの床に描かれた魔法陣結界の外縁から炎が噴き上がって天井まで届き、障壁になりました。
「この魔法陣結界障壁、天井が焼け焦げないところを見ると、幻術の一種なのだろうか?」
顧問弁護士の瀬名さんが、胸ポケットのハンカチを丸めて、火炎障壁に投げ込みました。しかし憶測に反して、ハンカチは瞬く間に焼失しまいます。
その様子を、マダムと私が見ているのを尻目に、従兄の浩さんが、「限りなくリアルな幻術。あるいは僕たちが旅していたこと自体がリアルな夢かもしれない」とコメントしました。そのマダムはというと、炎が噴き出している床に目をやって、「結界が、だんだん狭まってきた。このままだと全員、バーベキューだわ」と呟くように言います。
火炎障壁の向こう側に、審判三人娘の皆さん、先代世界神である女神のお婆様、死と生とを司る死神のお爺様が揺らめいて見えます。
横にいるマダムが私に尋ねてきました。
「ねえクロエ、私たちが火炎障壁に押し潰されたら、いっぺん、死ぬのかな? 復活するにしても生きながらにして焼かれるのはかなわないわよね」
「マダム、私、水妖精ウンディーネを召喚してみますね」
「お願いするわ」
東京で画廊を経営していたマダムは実は魔法少女OB。私はその秘書をしているうちに、女神として覚醒しました。
表向き亡くなった母。その母の実家・北ノ町は異世界。私は知らずに、そこの住人であるお爺様や従兄の浩さん、顧問弁護士の瀬名さんたちと交流しています。
とうの昔に鬼籍に入ったはずのお婆様と母は、異世界の世界神。ですがそろそろ私が代替わりする必要が生じ、世界に歪がでてきています。歪を修正するには、浮遊ダンジョン前十三階層をクリアして、最上階にあると考えられる故障個所を補修しなくてはなりません。
私が術式詠唱をして水妖精ウンディーネを召喚しようとしたとき、火炎障壁を観察していた瀬名さんが制止しました。
「こんな激しい炎に、水を撒いた程度では、文字通り〝焼け石に水〟だ。――たぶん、床に刻まれた魔法陣の一角を削りとってしまえば、火炎障壁の突破口が開けるんじゃないか?」
「瀬名さん、その仮説、僕も支持しますよ」
私は水妖精に代えて、土妖精ノームを召喚。サンド・ペーパーの応用で、ジェット噴射させた砂を床の魔法陣に激しく噴きつけ、文様の一角を削りとってやりました。
「やった、火炎障壁に道ができた! さあ、皆さん、早く外に出て!」
瀬名さんと浩さんが、魔法陣の外へ飛び出します。
マダムも行こうとしたのですが、魔法陣中央に踏みとどまって、ノームに砂嵐をさせるため残っている私に振り返って言います。
「クロエ、ヒロインはあなたなのよ。まったく、しょうがない子ね」
そう言って、私の腕を取ると、強引に引っ張って魔法陣の外へ突き飛ばし、代わりにマダムが私と入れ替わり、魔法を詠唱しだしました。
マダムは術式詠唱している瞬間は、十五、六歳の美少女に変身します。
(クロエ、私はひとまず先にゲームから降りるわね。この世界で立派な女神様になっても、ときどき私の画廊に遊びに来なさい。約束したわよ!)
この人はなんて強引なんだ。
東京の画廊にいたころ、世界的な美術商が、お店に置いていあるお爺様の絵をまとめ買いしようとしたことがあります。先方は、まとめて買うのだから、個々の作品を大幅に値下げするようにと言いました。マダムが断ると、市場から締め出してやると脅します。けれどもマダムには彼女独自の人脈があり、脅しに屈することはありません。ほどなく、一種の絵画市場バブルがはじけて、先方の画商がご贔屓にしていた画家の人気が急落。大損をしてすっかり大人しくなりました。――マダムはピンチのとき、運をつかむ人なのかもしれません。
火炎障壁が閉じ、やがて消えてゆきます。
けれどマダムの姿が見えません。
「マダム、私たち、あなたが開いた血路を行かせてもらいますね」
私たちは、一階ホールから二階に上がる廊下を登っていきます。
審判三人娘の皆さんが、〝有効〟のサインを出すと、ゲートが出現。私たちは浮遊ダンジョン全十三階層のうちの十二階層へと登ることができました。
「もう一息。頑張れ!」私がバルコニー階段下を見下ろすと、お爺様とお婆様が手を振っています。
◇
こうして超難関・浮遊ダンジョン「トロイ」第十一階層がクリアできました。マダムが抜けたのは痛いです。でも十二階層をなんとしてもクリアしたい。ではまた。
By.クロエ
【主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京暮らしのOL。ゼネコン会社事務員から画廊マダムの秘書に転職。母は故ミドリ、父は公安庁所属の寺崎明。女神として覚醒後は四大精霊精霊を使神とし、大陸に棲む炎竜ピイちゃんをペット化することに成功した。なお、母ミドリは異世界で若返り、神隠しの少女として転生し、死神お爺様と一緒に、クロエたちを異世界にいざなった。
●鈴木三郎/御爺様。富豪にして彫刻家。北ノ町の洋館で暮らしている。妻は故・紅子。異世界の勇者にして死神でもある。
●鈴木浩/クロエに好意を寄せるクロエの従兄。洋館近くに住み小さなIT企業を経営する。式神のような電脳執事メフィストを従えている。ピアノはプロ級。
●瀬名武史/クロエに好意を寄せる鈴木家顧問弁護士。守護天使・護法童子くんを従えている。
●烏八重/カラス画廊のマダム。お爺様の旧友で魔法少女OB。魔法を使う瞬間、老女から少女に若返る。
●白鳥玲央/美男の吸血鬼。クロエに求婚している。一つ目コウモリの使い魔ちゃんを従えている。第五階層で出会ったモンスター・ケルベロスを手名付け、ご婦人方を乗せるための「馬」にした。
●審判三人娘/金の鯉、銀の鯉、未必の鯉の三姉妹で、浮遊ダンジョンの各階層の審判員たち。