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自作小説倶楽部 第23冊/2021年下半期(第133-138集)  作者: 自作小説倶楽部
第135集(2021年09月)/季節もの「スイーツ(お萩、モンブラン、果物)」&フリー「出来事(新番組、歩く、愛人、判決、嘘)」
13/26

04 らてぃあ 著  スイーツ 『人形の涙』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「童女」


 惨めな身の上です。

 幼いころは狭い部屋に住んでいて、目の前にはいつも酔っぱらった男女がいました。彼らが喧嘩を始めると私はドアから外の廊下に飛び出して、――違うわ。これは私が思いだしたことね。あの私の両親かもしれない人たちがどうなったのか、どうして私がM夫人に引き取られることになったのかはわかりません。記憶が壊れてしまったのでしょう。Ⅿ夫人に初めて会った時、私の中は空っぽで、夫人は微笑んで『今日から私があなたのお母さんよ』と言いました。私が理解したことは今日から彼女の命令に従って生きなければならないということだけでした。

 夫人は恐ろしい笑顔を浮かべて私に笑い方や会話の仕方を教えました。笑顔が恐ろしいなんて変ですよね。夫人の笑顔を見ると男性たちは喜ぶのに。

 生きた人形のようだった私はあの女に取って都合のよい存在だったのでしょう。Ⅿ夫人の大きな邸宅を訪れる男性たちは、Ⅿ夫人が語る私の身の上話を聞くと口々にⅯ夫人の優しさを称えました。

彼らのうち何人かは、また来ると言っていたのに二度と来なくなり。数人は夫人と結婚してから死にました。来なくなった人たちの大半は急病や事故で死んだのだと思います。彼らが来なくなってしばらくするとⅯ夫人は夫たちが死んだ時と同じように保険金や遺産の額を確かめてニコニコ笑っていたからです。夫たちは最初のうちは夫人の料理を食べてから顔色が悪くなり死にました。私が成長すると私に料理やケーキ作りを教え、夫を殺す時に小さな包みから毒を入れました。

 隠ぺいの方法? すいません。わからないんです。男たちの死は私になんの感動も与えませんでした。

 困ったな、と思い始めたのはⅯ夫人が自身ではなく、私を使って男性を釣り始めたことです。もちろん私は夫人のように上手く男性に好かれることはできません。しかし夫人は諦めてくれませんでした。何度か同じ男性を邸宅に招き、楽しそうに振る舞い、食事をするだけです。夫人が『もういいわよ』と言うと、男性は私と結婚したことになっており、毒入りのクリームを入れたケーキを作りました。

 彼に出会ったのが何度目のお見合いなのかわかりません。

 邸宅の庭でお茶を飲んで当たり障りのない会話をしていると彼が言いました。

『僕のような成り上がり者を相手にしてくれてありがとう。君のようなお嬢様には想像もつかないだろうけど、子供の頃は狭くて古いアパートに家族四人で住んで、両親は仕事で不在がちで、ほとんど姉と二人で暮らしていたよ』と、彼が何故、あの時そんなことを言ったのかわかりません。

 私が楽しんでいないことに気が付いて嫌味を言ったのかもしれませんが、すぐ夫人が会話に割って入り、彼が成功者であることを褒めたたえて有耶無耶にしてしまいました。

 私は何も言えないまま彼の顔をじっと見ていました。そして狭い部屋を思いだしたのです。二人の男女が喧嘩を始めると私は部屋を飛び出して避難しました。行く当てはありません。寒い廊下で蹲っていると、私より歳上の少女が私を覗きこみ、彼女の部屋に招き入れてくれました。ちゃぶ台では彼女の弟が本を読んでいました。私を見ると弟は笑顔を作り歓迎してくれました。きっと私を憐れんだのでしょう。それでも、その温かな雰囲気に、私は安心してひどく悲しくなり泣きだしてしまいました。あの後、どうして彼らと別れてしまったのでしょう。きっと辛すぎて忘れてしまったのです。

彼があの時の姉弟の弟なのかわかりません。思い出しても記憶は曖昧です。でも、彼に会うたびに私はこみ上げて来る悲しみと戦わねばなりませんでした。

 しかし、ついにその時が来てしまったのです。

 『もういいわよ』とⅯ夫人が言い。彼が今夜訪ねて来るからご馳走とケーキを作るように命じました。私が動かないでいると夫人はいつもの恐ろしい微笑みを浮かべ、ひと包の毒を渡しました。

『何をいまさら戸惑っているの? 自分が何人殺したか覚えている? 私の可愛いお人形さん、さあ、ケーキを作りましょうか。モンブランがいいかしら』

 私は台所に立つと、作業を始めました。


 自分を偽ることがあれほど難しいとは思いませんでした。私は恐怖で切り刻まれるような思いで笑い。夫人とともに彼を迎え、食事を出しました。彼は本当に美味しそうに料理を食べました。私の口数の少なさは幸い夫人が誤魔化してくれました。そしてデザートのケーキを出すと彼はフォークでクリームを絡めた生地を削り取ると口に入れました。そして目を白黒させると口に入れたものを吐き出し、水差しを取りに行きました。

 Ⅿ夫人は驚いた顔で彼の後姿を見て、それから私を見ました。

 その時、どうしてそんなことが出来たのかわかりません。ケーキのこともちゃんと考えてしたことではなかったんです。

 私は、夫人の笑顔をまねてニッコリ笑いました。

『毒はどうしたの?』

 夫人の問いにとっさに言い返しました。

『あなたの食事に入れたわ』

 夫人は青くなって立ち上がると喉を押さえて苦しみだしました。戻って来た彼が救急車を呼んでくれましたが夫人は死んでしまいました。不思議なこともあるものです。毒なんて入っていなかったのに。

 毒はどうしたのか? 中身は流しに捨てて、包みはいつもどおり暖炉で焼きました。


「うわーー。Ⅿ夫人の事件の噂がネットで拡散されてる」

 SNSを見ていた刑事はうんざりした声を上げた。

「仕方ないね。金持ちの醜聞は面白いし、実際、Ⅿ夫人って何度も結婚と死別を繰り返していたみたいだし」

 傍らでコーヒーを入れながら先輩刑事が言った。

「虐げられた娘が出来る精いっぱいの抵抗がケーキに塩をたっぷり入れることだったんだ」

「ちがいますよー。先輩。Ⅿ夫人の犯行に長年気付かず、今回も立件を見送った警察が無能だって、批判されてるんです」

 涙を浮かべる後輩を前に飲んだコーヒーは心なしか塩辛かった。


          了

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