03 紅之蘭 著 出来事 『ガリア戦記 27』
【あらすじ】
共和制ローマ末期、南仏・北伊・アドリア海北端からなる三属州総督カエサルは、本国で三頭政治の一席に着き元老院に対抗。他方でガリアに侵攻。ライン川をも越えた。次の標的はブリタニアだ!
挿図/Ⓒ奄美剣星「ローマの将軍」
第27話 出来事
ローマ騎兵二千が、ガリア人の脱走兵五百騎を追撃し、絶壁に追い詰めた。
「ドゥムノリクスだけ殺せ。他の者は投降を促すのだ」追手の将ラビエヌスが、麾下のローマ兵に命じた。
馬上射撃に長けたローマ騎士が、毛皮の服を着たガリア騎士の急所に、矢を命中させる。
ガリア騎士ドゥムノリクスは馬上から転げ落ちた。
その際、「俺達は自由人だ!」と叫んだという。
*
ローマ軍の冬営期間、カエサル総督は、本国と支配している属領に出向する。その間、カエサルは麾下の将軍たちに、先の遠征で使った軍船を補修・追加するよう命じた。そして総督が戻って来るころには、ローマの大艦隊が、ガリア北部イチィウス港からブリタニア島に出撃すべく集結していた。
カエサルがガリアへ戻るとき、ガリア諸部族の一つ、トレヴェリ族が反乱を企てた。だがローマのカエサル総督の前線復帰が意外と早かったのと、麾下にあるキケロ将軍が説得したことで、同部族は再び恭順した。
ローマの大艦隊が出航する直前、また、ハプニングが生じた。
ヘドゥイ族のドゥムノリクスという騎士長が、カエサルの帷幕にやって来て、目通りを願ったので、ラビエヌス将軍が応対した。
ドゥムノリクスは大男だった。屈強な戦士である彼が両膝を床に着けて、ラヴィエヌス将軍に哀願した。
「俺の部族ヘドゥイの神は海を渡るのを禁じている。俺は神罰を受けたくない。だからガリアの地に残してくれ」
「前回のブリタニア遠征で我らローマ軍は、騎兵がなくて敵兵を包囲したり追撃することができず、手を焼いた。今回の遠征では、君達ヘドゥイ族の騎兵は、作戦の中核を担うことになる。褒賞は弾む。なあ、頼んだよ」
ラビエヌス将軍は、ドゥムノリクスを説得に成功したかに思えた。
だが彼は、その夜、自分の直参騎兵のみを伴って、イチィウス港を脱出した。
帷幕。
カエサル総督が、ラビエヌス将軍に命じた。
「近道がある。それを使う。また、早馬をローマの同盟部族に送って協力を求め、脱走兵ドゥムノリクスと一党が通過するとき、足止めするように通達してくれ。期限は二五日だ。二五日を過ぎたら、今年のブリタニア遠征は中止する」
将軍が拱手して、任務を全うした。
ヘドゥイ族騎士長ドゥムノリクスが、ローマ軽騎兵の弓矢で射殺されると、配下の騎兵たちは降伏し、ローマ軍営に帰参した。
帷幕に戻ってラビエヌス将軍が、ヘドゥイ族ドゥムノリクス騎士長脱走事件が片付いたことを、カエサル総督に報告した。
「――それにしても総督、先のトレヴェリ族の一件もありますし、今回の脱走事件も、何者かが裏で手を引いていることは疑いの余地がありません」
「ラビエヌス将軍、海の向こうのブリタニア人が密偵を送って、ガリア人騎士長を篭絡した? あり得なくもないが、内部に潜った密偵を捕まえるのは容易なことではない」
ラビエヌス将軍が友軍内部に密偵がいることを疑うのは根拠のないことではなかった。
ローマの軍営に帰参したドゥムノリクス騎士長配下の騎兵たちに話を聞くと、同騎士長は、ヘドゥイ族の集会で、「俺は、カエサル総督から、王になる許可をもらっているんだ」と吹聴して回っていたのだという。そのことで、同部族を構成する支族の長たちから、眉をひそめられていた。――そう奴だから、「黒幕」が付け入る隙が生じるというものだ。
ローマ軍は、本国で集められた兵士の他に、ガリア現地で集められた兵士で構成されている。特にガリア騎兵は精強で、遊撃隊として重宝した。ガリア兵はローマ軍に投降した際、人質として出された、部族有力者やその子弟であることが多い。ドゥムノリクス騎士長もその一人だ。
だが、ラビエヌス将軍が、ドゥムノリクス騎士長配下の騎兵たちに話を聞くと、「――あれは騎士長の単純な自爆ですよ」と、口をそろえて言った。
ラビエヌス将軍は頭を整理した。
――ドゥムノリクス騎士長が脱走して得をするのは誰か?
第一に、これからローマ大艦隊の襲撃を受けることになるブリタニア島勢力の者たちだ。彼らにしてみたら、少しでもローマ軍の勢いを削ぎたいところだろう。
第二に、ドゥムノリクスを含めたガリア勢力だ。ローマがブリタニアに渡る際、騎兵が少なければ、カエサル総督は不利になる。
戦闘艦であるガレー船二八隻、補給艦五五〇隻、さらに商船二百隻を加えての大艦隊が、ガリア北部イチィウス港からブリタニア島に出撃すべく集結し、積み荷や兵馬の搭載を完了した。出航すれば、半日そこらで対岸にたどり着くことになるだろう。いざ艦船が出航する際、ガレー船から兵士が海中に身を投じたのが見えた。――不審に思ったラビエヌス将軍は、小舟を出させて、兵士を救助した。ところが意外や、彼はガリア兵士ではなく、ローマ兵だった。
兵士は、腹巻に、ローマ軍旗を飾る銀製の鷲の飾りを隠し持っていた。盗んだものに違いない。
ラビエヌス将軍は、旗艦にいるカエサル総督に、急いで飾りを返した。
――ブリタニア人やガリア人が、こんなものを盗んでどうなるというのだ。ブリタニア人でもなく、ガリア人でもなく、第三者が黒幕として、カエサル総督の足を引っ張ろうとしている。おそらくは元老院派の謀略ではないのか?
将軍はそう考えた。
カエサル総督は、ブリタニア遠征をしている間、ラビエヌス将軍に留守を預けた。そして自分が不在の間、将軍に、母港イチィウス周辺の防衛、ガリア全土の監視と駐留軍の指揮権、ブリタニアへの補給を命じた。
つづく
【登場人物】
カエサル……後にローマの独裁官となる男。平民派として民衆に支持される。
クラッスス……カエサルの盟友。資産家。騎士階級に支持される。
青年クラスス……クラッススの子。カエサル付き将校になる。
ポンペイウス……カエサルの盟友。軍人に支持される。
ユリア……カエサルの愛娘。ポンペイウスに嫁ぐ。
オクタビアヌス……カエサルの姪アティアの長子で姉にはオクタビアがいる。
ブルータス……カエサルの腹心
キケロ兄弟……兄キケロと弟キケロがいる。兄は元老院派の哲人政治家で、弟はカエサルの有能な属将となる。
デキムス……カエサルの若く有能な将官。
ウェルとイミリケ……ガリア人アルウェルニ族王子と一門出自の養育係。




