01 奄美剣星 著 スイーツ 『ヒスカラ王国の晩鐘18』
*あらすじ
勇者とは、超戦士である大帝を討ち果たすことができる王国唯一の超戦士のことをさす。二五年前、王都防衛戦で帝国のユンリイ大帝と刺し違えた指揮官ボルハイム卿がそうだ。やがて二人の超戦士がそれぞれ復活。暫定的な講和条約が破綻しようとしていた。そして、大陸九割を版図とする連合種族帝国が、最後に残った人類王国ヒスカラを併呑しょうとする間際、一五歳の女王は自らを依代に勇者転生を決断した。
帝国において皇姉フィルファ内親王がそうであるように、王国においてのブレーンは転移者マーコ・シオジ博士であった。
挿図/Ⓒ奄美剣星「シオジ博士」
18 スイーツ
ノスト大陸の西端・ヒスカラ王国に、日本における量子衝突実験で、星稜市(別名軍都一九四五)、神楽市(別名軍都二〇三〇、あるいは第三工廠)、ミライ市(別名軍都二四〇〇)の三市が飛ばされ、「異世界転移都市」となっていた。このうちの研究学園都市・神楽市では、同市駐在の自衛隊・警察を中心に暫定治安部隊が組織され、付近にあった二市の調査が行われた。
虚ろな目の少女が、パジャマ姿で、ベッドにちょこんと座っている。
シオジ博士は、その少女に、無理に作った笑顔を向け、手を振る。
「じゃあ、いってくるね」
医療センターに収容されていた姪・シズク(雫)は、「事故」で両親を亡くしたため、心療ケアを受けていた。シズクの伯母・神楽理科学研究所上席研究員マーコ・シオジ(塩路麻亜子)博士が、保護者となり、近く養女に迎えるべく手続きをしていた。ブラウス、スカートの上から白衣を羽織ったシオジ博士が「子供部屋」と呼ばれる同じ境遇の子供を預かる病室を出て、エレベーターに乗り、屋上へ向かう。迷彩服や警察制服の男達が出迎え、敬礼した。
ドクター・ヘリが離陸した。
砂漠地帯にある大きな湖、そこに臨んだところに、神楽市がある。
「星稜市、ミライ市は廃墟でした。シオジ博士、気になることがあります。どうかお力をお貸し下さい」
「了解した。データを――」
女性科学者が、暫定治安部隊隊長から渡された、ファイルに目を通した。
「壊滅した星稜市の極秘文書? 暗号? 財宝でも埋もれているのかしら?」
「一〇日後に、われわれが転移したここヒスカラ王国の使節が訪れるとのこと、それまでに星稜市の『暗号』を解読して戴きたい」
「いいでしょう、隊長さん。ただし条件があります」
「何です?」
「私と姪、二人に、極上のスイーツを奢ってくださいな」
「おやすい御用です」
髭の隊長が苦笑した。
星稜市は、第二次世界大戦直後の様相を示す廃墟である。
「転移」前に、すでに米軍による爆撃を受け、壊滅したようだ。
迷彩服の髭隊長がシオジ博士に説明した。
「暫定治安部隊調査隊が、星稜市の海軍庁舎から、極秘文書を収めた金庫を発見されました。それをバーナーでこじ開けたところ、航空機に関連の資料があり、開発中の試作機が、米軍の爆撃を避けて、現物を、市内のどこかにある保管施設に隠していたようなのですよ。――あの事故で、神楽市にいた航空機開発研究者が壊滅した。航空基地もない。この際、第二次大戦レベルの航空機でも、無傷であれば、我らとしてもありがたいのです」
シオジ博士が、ノートパソコンを開いた。アウトプット・ファイルと同じ内容が書かれている。
wstk-01-01-maro-ereka-08-08……
「これは暗号ね」
ヘリの窓から、星稜市の廃墟が見えてきた。
第二次世界大戦時のドイツ軍はエニグマ暗号機を使用していた。――暗号様式は毎日変わる。そのため当初は数日掛けてやっと解読した暗号文が、解読したころには役立たずになるという事態に直面した。真っ先に、攻撃を受けたのは、連合国軍側のポーランドだった。そのポーランドでは暗号解読機関があり、ドイツ軍の暗号解読を試み、解読機を考案していた。フローター式の原始的なもので、まだ実用化はできない。これを連合国各国が情報共有する。
英国諜報機関は、陸海空三軍と連携し、撃破し沈みかけたUボートに決死隊を搭乗させ、エニグマ暗号機を収めたトランクを回収。それからUボートの通信兵が、母港基地の同僚と交わした雑談で、使用頻度の高い言葉をサンプル採集。これを英国の暗号解読機関ブレッジリー・パークに所属する数学者アラン・チューリング博士と仲間たちが、博士が開発した大型コンピューターにかけて分析。――結果、キーワードが、「ハイル・ヒトラー」で、暗号文を解読することに成功する。
ドイツの盟友である日本軍の暗号機も、同国から供与されたエニグマ暗号機を改良したものを使用していた。――そのため、英国から解読コンピュータの供与を受けた連合国アメリカによって、情報が筒抜けになる。
大戦期のブレッジリー・パークの大型コンピューターは、実をいうと、ギガ・クラスであるシオジ博士の市販ノート・パソコンよりも遥かに劣る代物だった。
シオジ博士は、専門チームを立ち上げ、エニグマ解読コンピューターが使っていたのと同じ処理作動をする、解析ソフトを作り、極秘文書の暗号を解読しようと試みた。
こうして暗号は解読されたわけだが、しかしそこで厄介なことが生じた。解読文だと思っていたのに、置き換わっていたのはまた暗号のような言葉だった。
――オハギオタベ――
「なにこれ?」シオジ博士が素っ頓狂な声を上げた。
ヘリにいた髭の隊長と隊員たちも互いに顔を見合わせていた。
シオジ博士は、ファイルの内容を思い出した。旧日本海軍側が、敵機からの爆撃に耐える防空施設をどこかに隠している。機体は「震電」という、後方にプロペラがついた戦闘機だ。試作機は二機あったとされる。――終戦直後、一機は日本軍が廃棄し、もう一機はアメリカ軍が接収したとされる。星稜市に隠されていたのは三号機だったということになる。
「オハギオタベ――これって、暗号というほどのものじゃないんじゃない?」
博士は、神楽市の研究所に連絡して、自分のノート・パソコンに、陸軍陸地測量部が作成した当時の地図や、市街地情報を転送させ、検索した。
検索結果。
――小萩小田部――
星稜市大字小萩町小字小田部。
調査隊を乗せたヘリは、星稜市旧市街地図を元に、現地に降り立った。
斥候班が、分厚いコンクリートで覆われたカマボコ型の防空施設に、海軍局地戦闘機「震電」が、ほぼ無傷で残っていたと、髭の隊長とシオジ博士に報告した。
ノート2020927
〈ヒスカラ(人類)王国〉
01 オフィーリア・ヒスカラ三世女王……転生を繰り返す王国の英雄ボルハイム卿の依代。ボルハイム卿は25年前の王都防衛戦総司令官となり、帝国のユンリイ大帝と相討ちになった。卿は、その後、帝国辺境の町モアで少年テオを依代に復活、診療医となるも流行り病で没し、女王の身体を依代に、再び王国側に転生した。ヒスカラ暦七〇二〇年春現在15歳。
02 アンジェロ卿……灰色猫の身体を依代に、古の賢者の魂魄を宿す王国護国卿。事実上の王国摂政で国家の最高決定権がある。ボルハイム卿の移し身も彼が執り行ったものだ。巡洋艦型飛空艇パルコを居館代わりに使用している。/十年前に異界工房都市の〈量子衝突〉実験で事故が生じて〈ゲート〉が開き、男女十人からなる異界の学者たちが迷い込んできた。学者たちは、ノスト大陸の随所にある飛行石鉱脈を採掘し、水素やヘリュウムの代わりに、飛行石をつかった飛行船の一種・飛空艇を開発した。/アンジェロ卿は彼らを自らのブレーンにした。ヒューマノイドのレディー・デルフィー、ドン・ファン大尉のロシナンテ戦闘機飛行中隊の戦闘機シシイも、異界学者たちが製作したものだ。
03 レディー・デルフィー(デルフィー・エラツム)……教育・護衛を職掌とする女王顧問官で、年齢、背格好、翡翠色の髪まで似せたヒューマノイドだ。オフィーリア女王の目が大きいのに対し、レディー・デルフィーは切れ長になっているのは、彼女の製作者が女王との差別化を図ったためである。レディーは衣装を女王とそろえ、寝台も同じくしているが「百合」関係はない。さらに伊達眼鏡を愛用する。
04 ドン・ファン・デ・ガウディカ大尉……二五年前、連合種族帝国によって滅ぼされたガウディカ王国国王の息子。大尉の父王は、滅亡直前にヒスカラ王国に亡命してきて客分となり、亡国の国王はヒスカラ王族の娘を妃に迎えて彼が生まれた。つまるところオフェイリアの従兄で幼馴染、そして国は滅んでいるがガウディカ王太子の称号がある。女王より二歳年長のドン・ファンは、「オフィーリアを嫁さんにして、兵を借り、故国を奪還するんだ」というのが口癖。主翼の幅一〇フット後部にエンジンを取り付けたシシイ型プロペラ戦闘機の愛機に「ロシナンテ」と名付け、同名の飛行中隊20機の指揮官に収まっている。
05 マーコ・シオジ博士………一〇年前の量子衝突実験失敗でノスト大陸に転移してきた都市、軍都2040(別名、第三工廠)の主席研究員で、同都市の市長兼務。ヒスカラ王国賢人会議会員。親族は「災害」で生き残った姪シズク・シオジ(一〇歳)。
06 ムラマサ少尉……シオジ博士に連絡役として推挙され、ヒスカラ王国の侍従武官となった。ややBL趣味があるものの、有能。秘密警察「王ノ目」に所属。
07 カミーユ……ヒスカラ王国の宮廷侍童。もともとは敵対する連合種族帝国の重戦車型生物兵器「カブトガニ」だったが、両国が国境紛争で小競り合いをした際、女王オフィーリアに篭絡され、寝返った。平時は、シオジ博士を首班とする調査隊により、軍都二四〇〇の廃墟で発掘されたヒューマノイドを依代とし、王宮の侍童として仕えるようになった。
〈連合種族帝国〉
01 ユンリイ大帝……一代でノスト大陸9割を征服し大帝国を築き上げた英雄。あまたの種族を従えていた。25年前の王都攻略戦で、ボルハイム卿の奇襲を受け相討ちになるも、帝国臣民に復活を待望されている。比類なき名君。
02 フィルファ内親王……大帝が不在となった帝国を預かる摂政皇姉にして大賢者。王国の勇者ボルハイム卿に対するアンジェロ卿のようなもの。黄金の髪、青い瞳、透けた背の翅が特徴的な有翅種族女性。火の粉が降りかかれば払うが、弟と違って戦いを好まず、戦禍で荒れた土地の迅速な復興など内治に功績がある。
03 テオ・バルカ……帝国の版図に収まった辺境都市モアで診療所を開いていた猫象種族。帝国側道士によってボルハイム卿の魂魄が移し身されるとき10歳の少年だった。すでに両親はなく、看護師の姉ピアに愛情深く育てられた。本来は大帝復活のための依代であったが、大帝の遺言により、ボルハイム卿が王国側で復活しないようにするための措置で、テオはボルハイム卿の依代となった。町から出ることを許されず、事実上の軟禁状態にあった。その後25年後、流行り病で没し、共同墓地に葬られた。猫象種族の妻を娶り、二男三女をもうけた。
04 ジェイ・バルカ……テオの息子・猫象種族。両親を流行り病で亡くし、弟妹たちとともに伯母ピアに育てられる。少年兵で従軍し戦地で上等兵となるも、王国軍の捕虜になる。捕虜交換で帰国後、士官学校入学の名目で帝都に召喚され、ユンリイ大帝転生に際し、依代となる。戦友はガンツ上等兵。




