91 In Chains
発砲音がして、テリーが振り返った。
ザックが左腕を押さえていた。その右指の隙間から血が滲んだのを見た瞬間、テリーの頭の中でばちりと過去の映像が弾けた。
発砲音。倒れるセドリック。狙撃手。
ザックが名前を呼んだのも聞こえず、テリーは敵に向かって駆けていた。
テリーは足元を見下ろした。細くて頼りない手足をした、自分よりも若い少女が狙撃銃と共に倒れていた。その右手には黒々としたゲートがある。
「――違ェ。こいつじゃねェ」
ボスを撃ったのは、もっと背の高い女で。
記憶と目の前をごちゃまぜにしながら、テリーが右手を耳で押さえた。再び銃声が聞こえた気がして、振り返る。
「テリー!」
そこには外階段を駆け上がってきたザックが立っていた。
「……アラン? なんで、お前が」
「俺はゼカリアだ!」
ザックがテリーの肩を掴むと、テリーは耳を押さえていた手をザックに伸ばした。
「ちゃんと今を見て! 君が見ているのは過去だ!」
テリーが血の染み込んだバンテージでザックの頬に触れると、赤が頬に移る。
「アラン、なんで。お前が、ここにいんの。……あれ、ボスは?」
「アランは君が殺した! セドリックさんだって亡くなったんだ!」
頬に添えられた手を強く払ったザックがテリーの胸元を掴んだ。服の下にある金属のタグを握り込む。
「ここにあるのは何!」
そして、ザックは自身の首元にかかった銀の懐中時計を引っ張り出した。
「君が俺に渡したものは、なんだ!」
ザックを不思議そうに見上げていたテリーの瞼がゆっくりと大きく開いていく。まん丸にした目で一度だけ瞬きをした彼は背中を丸めた。
「う、え……。吐きそ」
テリーが左手で口を押さえた。そこにべたりと血がつく。
ザックは急いでテリーを死体から離すと、彼は堪えきれずに胃の中身を吐き出した。
「大丈夫? テリー?」
背中をさすられながら、テリーは青くなった顔を上げた。何度か瞬きをした後「悪ィ、なんか、いろいろ見えて」と小さく頭を振る。サングラスを外し、目元を手の平で覆う。
「……てめェの怪我は」
「大した事ない。大丈夫、ほら」
ザックが左腕を曲げ伸ばししてみせるが、テリーは見ていない。
「ならいい……。ボスが、撃たれたのが、見えて――僕、また、盾になり損ねて……」
「テリー。もういい、あまり考えないで。俺は無事だし、君も無事だ。良い結果だ」
ザックはテリーの手を降ろさせ、サングラスに散った血を服の端で拭う。
なんとか現実に足をつけたテリーは何度も浅い呼吸を繰り返し、普段よりも起こる頻度が高いフラッシュバックに眉を寄せた。胸元のタグをしっかりと握る。
ザックはジョイントが切れた症状を薬なしで耐えきろうとするテリーを見下ろし、銀の懐中時計を首から外した。二本のチェーンのうち、一本を外す。
「テリー。俺を見失わないで」
ザックはその一本をテリーに握らせた。テリーは充血した目をザックに向ける。
「君は俺に錨を落とした。だけど、錨と君を繋ぐものがないだろ」
ザックの指がテリーの首元に触れ、そこにかかった細いチェーンを引っ張り出した。マーサから誕生日プレゼントのタグには五年前の冬の日付が彫られている。
「……だからァ? 僕に分かるように言えよ、ボケ」
「――だから、俺は鎖をあげる。錨と船を結ぶ鎖だ。君が流されてしまわないように。君が俺を見失わないように」
テリーに持たせていたチェーンを取り、タグに通す。二本のチェーンは長さが違い、マーサからのものは少し弛んでしまう。
ザックが銀の懐中時計を再び首にぶら下げたのを見、テリーは血に濡れた手で首元のチェーンをなぞる。長さの違う二本がそこにあった。
「……バァカ。長さくれェ揃えろよ、くそったれ」
キスタドールに再び見つかったザックとテリーは一旦家へ戻って来ていた。
トバイアスやネイサンと接触した後はズワルト孤児院へ戻る予定だったが、キスタドールは中立だの安全地帯だの関係なしに攻撃を仕掛けてくる可能性がある。見つかった状態では戻るに戻れない。
テリーはシャワーを浴びて血を流した後、キッチンから角砂糖を取り出して口へ放り込んだ。唾液と混ぜてちまちまと飲み込めばなんとか吐かずに済むのは、昨夜マーサに食べさせられたスープで確認済みだ。炭酸水を片手に階段を上ると、リビングではザックが電話をかけていた。
ザックはテリーに気付いて振り返り、彼の手に炭酸水があるのを見て顔をしかめた。瓶を指差して首を左右に振るが、テリーはべえっと舌を出して椅子へ座った。ザックは彼がまた吐くのではないかと心配になりながら、何度か電話の向こうと言葉を交わしてから電話を切った。
「……内蔵刺激しそうじゃない? 水にしたら?」
「駄目だったらてめェにやる。――でェ? どォだった」
テリーが瓶を開けるとプシッと炭酸が抜ける音がした。僅かに口に含んだテリーはすぐには飲み込まず、ずれたサングラスを押し上げる。
「クレアはもう発った後だった。逃げられたってとこ。――あと、ハルが調べてくれたことが一つ」
噛み砕いた炭酸をゆっくりと喉の奥へ通し、テリーは瓶をテーブルに置いた。ザックの方へ押して滑らせると、ザックはテーブルの端ぎりぎりで止めた。
「……クレアが最初に持ってきた雑誌を覚えてる? コアロとかいう。ハルがそこに載ってる事務所へ電話したんだって」
クレアが初めて配達屋へ来た際に見せた雑誌コアロはこの地域では売られていない雑誌だった。普段見かけることもないためザックもテリーもすっかり忘れていたが、ハロルドは覚えていたらしい。最新刊を手に入れ、雑誌を編集している部署へ電話をかけていた。
「そしたら――クレアっていう女性はそこにいなかったって」
「へェ。――……はァ!?」
ハロルドは適当に嘘を――クレアという記者から取材を受けたがその際に彼女が忘れ物をした、どこに届ければ良いか、と――ついたらしい。しかし、得た解答は、クレアという女性職員はいないということに加え、ハートルーザーについての記事を掲載する予定も今はないとのことだった。
テリーが椅子を鳴らして立ち上がった。
「そこから嘘かよ、あの女ッ!」
勢いのまま机の足を蹴るので、瓶が倒れて中身が流れ落ちた。
「……そうだったみたい。完全にやられた」
炭酸水がしゅわしゅわと床へ広がるが、ザックもテリーもそれどころではない。
「あと、クレアとネイサンが絡まれてたって話でマーサに言ってないことがあったんだってさ。……一方的に絡まれてるわけじゃなくてお互い知っているように見えたって。話の内容までは分からないとはいえ――」
ザックがふうっと息を吐いた。テリーの熱く尖っていく瞳から視線を外す。
「……ネイサンの裏を取るまでもなく、黒だ」
今朝ネイサンが締め上げられた末に吐き出したのは、クレアがハートルーザーを見つけてはキスタドールに勧誘していたという内容だった。拒否をすれば存在を隠すために対象を殺害していた、と。ネイサンは彼女の誘いに乗って今はリネアから隠れてキスタドールの指示で動いていたらしい。
そして、キスタドールはリネアと手を組もうと動く傍ら、ネイサンたちにテリーのことを調べさせていた。そのネイサンはトバイアスを利用した。
「くそったれ! とっとと潰せば良かったじゃねェかよ!」
テリーの拳が机を叩いた。空気がぎゅっと圧縮されたように、肌を締め付けた。
「――次に彼女に会うことがあったら、俺は君を止めない」
「その決断、情に流すんじゃねェぞ、ボケ」
【流されない】




