89 Twins
「ああ、本当? それなら良かった――」
ハロルドが取った電話の向こうはマーサで、配達屋の二人がズワルト孤児院に来たことを伝えてくれたところだった。
「それで、兄さんたちは」
まだいるなら少しでも時間を取ってズワルト孤児院へ行こうと考えたところで。
「――ええ? 今朝、起きたらもう居なかった? ネイサンの話をしたんなら、そっちを片付けに行ったのかな……。それに、キスタドール、だっけ。――うん、ありがと。無理しない程度にこっちも調べてみるよ」
店の裏にある排気口からはパンの香ばしい匂いが漂っていた。空腹を刺激する匂いを肺いっぱいに押し込みながらザックは凍えそうな指先をこする。
暫くそうやって待っていると、裏口が開いた。温かい店内の空気をふわっとをまとって従業員の一人も姿を現す。調理場で出たごみ袋を持った彼は、ごみ箱の方へ体を向けたところでぎくりと体を震わせた。
「おはよう、トバイアス。少し聞きたいことがあるんだ」
ごみ箱のすぐ隣に立っていたザックが挨拶をすると、トバイアスはグリーンの瞳をまん丸にしてふるふると首を振った。ごみを持ったまま店内へ戻ろうと足を後ろへ動かすが、その扉はばたんと閉まった。
トバイアスは油の足りないブリキ人形のように自身の背後を見る。
「よォ。久しぶりだなァ?」
何年と会っていなかった兄弟の顔があり、トバイアスはたまらずごみを足元へ落とした。一緒に悲鳴も上げかけたが、その口はテリーが押さえる。
「歓声なんて上げるんじゃねェよ。――ちょォっと相棒の質問に答えるだけ。大声なんて必要ねェぜ」
テリーが淡々と「そォだろ」と同意を求めると、トバイアスは小刻みに何度も頷いた。
口を開放されたトバイアスは逃げ場のない壁へ背をつけ、少しでもザックとテリーから距離を取ろうとする。
「答えるからァ――こ、殺さないでェ……」
トバイアスの怯えた声に、テリーは顔を歪めて舌打ちをした。小さく「まだそんなこと……」と呻き、ずれがちのサングラスの位置を正した。
「質問は簡単だし、すぐ終わらせる。――君がリネアに絡まれてるって聞いた。本当?」
ザックの質問に、トバイアスは顔色を酷く悪くした。途端に動揺し、周囲を伺うように視線を行ったり来たりさせる。
「誰もいねェよ」
テリーが苛立ちを込めると、トバイアスは無理にでも落ち着こうと深呼吸を一つ。
「俺と前に会った時って、既に何か巻き込まれてた?」
「……それ、は」
トバイアスが言葉を濁す。それは肯定だと判断したザックがにこやかに続ける。
「――ネイサンに何を頼まれてる?」
口を閉ざしたトバイアスの細い喉が上下した。返答が喉につっかえているのか、彼の口は薄く開くが声は出ない。
そうやって答えを待つ僅かな間を切るように、トバイアスの背中側にある裏口のノブが回った。テリーが開かないように足で止めると、がたがたと揺れる。
「あら、開かない。――トビー、どうかした? 何かあった?」
パン屋の主人か、優しい女性の声が扉越しに聞こえた。トバイアスがどう答えるか逡巡している間にテリーが口を開く。
「ごめんなさい。ドアん前にごみ箱倒しちゃってェ。すぐに片付けて戻ります」
声が殆ど同じテリーが口調まで真似すると、中の主人は「あら、大変。こっちが一段落したら手伝いに行くわね」とあっさり騙された。テリーはきっちり「すみません」と小さく返すところまでをして真似を締める。
扉の向こうの気配がなくなり、テリーは右頬を吊り上げる。
「おら、手伝いに来る前に終わらせねェと連れ去っちまうぜ。とっとと答えて終わらせろよ」
「……テレンスと、仲が良い人を、調べろって」
「どうして?」
ザックの問にトバイアスが完全に俯く。
「――テレンスの弱味になりそォな人、だからって」
テリーが鼻を鳴らした。
そんなちょっとした反応にも、トバイアスはいちいち体を強張らせる。
「そう。答えてくれてありがとう。――君は今まで通りにしていて。なんだったら俺たちに脅されたってネイサンに報告したっていいし」
ザックがそう言いながら、トバイアスが落としていたごみ袋を拾い上げた。
「ああそうだ。この話を俺たちに知らせたのは誰かってのは勘ぐらないでやって。テリーとそっくりの君が普段と違うところを彷徨けば目立つって話なだけだし」
そして、ごみ箱の蓋を開けてごみを放り込む。
「まあ、心配しなくてもネイサンは来なくなる、かな。――よし。テリー、行こう」
ザックが手を払って歩き出すと、テリーもそれに続く。トバイアスの前を通り過ぎたところで足を止めると、双子の弟は俯いて指先を震わせていた。
「お願い……殺さないで……」
何年も前に聞いた、記憶にこびりついた台詞を耳にして、テリーは目を伏せた。
「……殺さねェよ。お前を殺したいなんて言ったこともねェ。――お前のおかげで、僕は、こんなにも自由だぜ」
そして、何年も前に返した台詞をそのまま返し、テリーは少し先の角で待っているザックへ顔を向けた。そちらに一歩踏み出し、「今日は悪かった。もう来ねェよ」とトバイアスを振り返る。
金色の瞳と緑の瞳がぱちりとかち合った。
同じ顔に、同じ声。違って産まれたのは瞳の色だけ。
背がこうやって違ってきたのはいつからかだったか、とテリーがふと思い浮かべる。あの家に居た時は同じだったか、それとも、あの頃から自分たちは違っていたのか。
「――変わってねェな。……相変わらず嘘が上手ェよ、ほんとォに。僕まで騙されると
ころだった」
まるで瞳の色を変えて映す鏡のように、テリーとトバイアスがじっと見合う。
先程までの怯えが一切混ざらないトバイアスの視線に、テリーは右頬を吊り上げた。
「……本当に、元に戻れねェところまで来たんだな」
先に視線を外したトバイアスは「何のこと」と先程と同じ弱い声を出す。
「――殺してェほど憎んでるのはお前の方だろ、トバイアス」
ザックがテリーを呼ぶ。
テリーはトバイアスから逃げるように背を向けた。
「だったら、お前が望む通り、お前を恨んでやるよ。――殺してェほど、憎んでやる」
歩き出すとブーツの下で雪がギシギシと鳴る。そのままザックの目の前に到達したテリーは顔だけでトバイアスを振り返った。
「そうじゃねェと、昔みてェに釣り合わねェもんなァ?」
ぼんやりとしか分からない視界で、トバイアスが小さく小さく頷いたのは何故だかはっきりと見えた。
「――お前のせいで、僕は、あの家に一人だ」
風と雪にかき消されそうな、それでも身に刺さる冷たい恨み節を背に受け、テリーは大口を開けて笑い飛ばした。
「はッ! お前のせいで、僕は――!」
【一対】




