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ザックはクレアと二人きりの中で黙ってしまっていた。
彼女からテリーの目が怖いと打ち明けられ、話したくないことを話す覚悟を決めかねていた。加えて、そのテリーはマーサが何か食べさせると言って連れ去ってしまい、彼が見えないところで暴れないかと不安で仕方ない。
決まらない覚悟と不安をぐちゃぐちゃにかき混ぜ、ザックは大きなため息を一つ。
「……実は」
ザックが沈黙を破ると、同じベッドに並んでいたクレアが彼の横顔を見上げた。
「テリーに怪我させた犯人が分からないって話したのを覚えてる? あれ、嘘なんだ」
クレアの視線が自身に向いていることは分かっていても、ザックはそちらを向けなかった。扉に向けて微笑む。足の上で組んでいた指を解き、腰の横へ手を突いた。指先がクレアの爪に触れると、彼女は指を曲げてそこから逃げる。
「テリーを襲ったのはルースっていう人。すごく強いハートルーザーだった」
さらりと出てきた名前に、クレアは驚いて口をぽかんと開けた。横を向いたザックとばちりと視線が合う。
「ルースはアランを探してたってテリーは言っていた。――ねえ、クレア。ルースとアランって名前の共通点、分かる?」
クレアはザックの灰色の瞳に浮かんだ自分を見つめる。
「分からないなら、ノーマンとマーセイディズって名前もヒントにしようか」
灰色に浮かぶ自身の表情までは読み取れない。今の私はどんな顔をしているんだろう、とクレアが喉を上下に揺らした。
「……ええと、キスタドールの首謀者が、その四人、だったような」
「正解。流石、ハートルーザーの記事を書いてるだけある」
ザックがクレアを圧するようにぐっと体を寄せた。
「ま、待って……キスタドールが関係してるって考えてるってこと? 偶然、ルースさんがアランさんを探しきたってだけ、とか――」
「偶然ルースって人が、偶然アランを探しに? ルースを助けたハートルーザーも偶然?」
ザックは苦笑してから、再び顔を正面の扉へ向けた。腕に体重をかける。
「あんな大きな影、四大感情でも殺さなきゃ操れない。そう思うくらい大きな影だったんだ。その辺のハートルーザーなんかとは比べ物にならなかった。――偶然が揃いすぎてる。キスタドールが関わってるんじゃないかって疑っても仕方ないだろ?」
クレアは「そうなんだ……」と戸惑った相槌を打つ。
そこからザックは少し空白を挟んで、指先でクレアの手に触れた。クレアがぎくりと肩を揺らす。
「テリーの知るアランがキスタドールの一人かどうかは、分からない。死んでるし、テリーも知らないって。――ただ、このアランの話を知ってるのは」
ザックの手が、クレアの手を上からしっかりと包んだ。クレアが手を抜こうとしたが、ザックはそこへ体重をかけて閉じ込める。
「あの、ザック……? 手が」
「テリーとアランの話を知ってるのは俺とマーサ――それと、君だけだ」
手を離したザックがその手でクレアの腕を掴んだ。ぐいと引き寄せ、困惑している彼女の茶色の瞳をまっすぐに見下ろす。
「――君の口から、ちゃんと聞かせて」
「な、何を……?」
クレアの視線が泳ぐのをやめた。ザックの真面目な表情が先程のテリーへ銃口と共に向けていた表情と被った気がして、胸がざわりと揺れる。少しでも落ち着こうと自身の太ももを撫でた。
「テリーは君がキスタドールに通じてると思ってる。君がアランを探して、キスタドールに情報を流したんじゃないかって。――だけど、俺は関係ないって信じたい。だから、本当のことを教えて。関係ないって、君の口から聞かせて」
たった一つの解答を懇願する声に、クレアは暫く口をつぐんでいた。眼鏡の奥で何度も瞬きを繰り返し、からからに乾いた喉へ唾液を流し込む。
ずれていない眼鏡に触れ、そっと押し上げる。
「――関係なんて、ない。私、誰にも、話して……ない」
枯れ葉を踏んだようなかさりとした声音に、ザックは微笑んだ。手を離し本当に安堵したように「良かった」と呟き、足の上で指を優しく組む。
「信じてる」
ザックが再び扉へ顔を向けたので、クレアも真似するようにそちらを向いた。冷たくなった指先が痺れを生んだ気がして、何度かこすり合わせる。
「……テリーにも、信じてもらえるかな」
「さあ……。――もう一つ実はって話をするとさ、今俺たちが巻き込まれてる厄介事にキスタドールの影がちらついてるんだ。これが解決するまでは、正直、テリーは君を警戒したままだと思う」
遠回しに無理だと言われたクレアは眉を寄せて俯く。ようやく喋る仲になったというのに振り出しどころか、マイナスに振り切ってしまった。奥歯に力がこもる。
「……キスタドールが、テリーを狙ってるってこと?」
「ううん。キスタドールが狙ってるのは俺」
ザックがベッドから立ち上がった。首をほぐすように頭をぐるりと回し、扉にもたれかかって腕を組む。そして、分からないといった顔をしているクレアへ微笑む。
「リネアとキスタドールが手を組もうとしていると俺は踏んでる。そこでリネアはキスタドールと手を組むにあたって腕試しがてら条件をつけた。――ゼカリアを殺せって」
ザックの表情は困ってはいたものの穏やかで、クレアが不思議に思うほどだった。妙に静かな表情をじっと見つめていると、彼の背もたれがノックされた。彼はちらりと後ろに視線をむけたが、どけることなくノックを三度返す。
「キスタドールに俺を追わせて、その隙にリネアがテリーを狙ってるみたい」
僅かに表情を歪めたザックがノブに手を回す。
「テリーがかりかりするのも分かるだろ? 俺、弱いしさ」
そう言いながらザックが扉を開けると、不機嫌顔のテリーが立っていた。彼はクレアを一瞥したが、飛びかかることも怒鳴ることもなく黙ったままザックの近くに立つ。そして壁にもたれかかって腕組みをして俯くと、後から入ってきたマーサが扉を閉めた。
「テリーに殴られなかった?」
「もちろん。お水を飲ませて、少し食べさせてきました」
あの状態のテリーに一体何をどうやって食べさせたのか。ザックは是非知りたかったが、とりあえずそれは横へ置いておいて礼だけを伝えた。
マーサはクレアの隣に座り「さっきはテリーがごめんなさい」と眉尻を下げた。
「わたしもテリーから話は聞きました。その上で、わたしたちが知っていることも耳に入れてくれませんか。その方がいいですよね、クレアさん」
マーサが同意を求めるようにクレアの手を取りながら覗き込んだ。クレアがこくんと頷くと、マーサはザックの方へ視線を送る。
「トビーがリネアのウォリアーに絡まれてるのをハルが見ました。ネイサンは分かる?」
「うん。テリーにやたら突っかかってくるハートルーザーだろ」
「はい、トビーがその人に。それで……たぶん、テリーとその周辺を調べさせられてます。わたしやクレアさん、それにハルやリンジーさんの写真を持っていたみたいです」
ザックがちらりと隣の灰色頭へ目を向ける。灰色は微動だにしなかった。
「俺たち二人だけの問題じゃなくなってるか……」
苦々しいザックの呻きに、マーサはクレアを握る手に力を込めた。
「二人のこともリネアが絡んだ状態だし、その可能性はかなり高いと思います。トビーは……テリーのことを気にしてるみたい」
ザックがため息をつき「分かった」と頷いた。
「――とにかく順番に片付けるしかない。クレアもマーサも暫くは外出に気を付けて」
【関わる】




