8 Majar Tranquilizer
「あァ、あーァ! もォ駄目。我慢出来ねェ。うるっせェ! うるせェうるせェッ!」
二人が家に戻ってきてから、テリーはずっと同じ調子だった。
一階でリンジーと喋っていたザックが二階へ上がってくると、テリーは両耳を塞いだ状態でテーブルに突っ伏していた。来客用のソファとテーブルとは別の、普段使いをしている二人用の小さなテーブルとがたついた椅子だ。
テリーは息も荒く、額を机にこすりつけるようにして頭を振る。
「ザック! 一発だけ殴らせてェ……!」
なるべく音を立てずに静かに入ってきたザックだったが、テリーは扉に背を向けた状態でも気付いたらしい。
嫌な懇願にザックは顔をしかめる。
「それを快く了承する相手なんている?」
「だってェッ! あァ! うるっせェ、うるせェうるせェ! 殴りてェ!」
ザックが手に持っていたトレイをテーブルの端へ置いた。テリーが足を揺らして床を何度も蹴るので、ザックは「落ち着いて」と彼の肩を掴んで顔を上げさせる。
「薬、やっぱり飲んだら? あまりうるさくしてると、リンジーさんにまた怒られるんじゃない?」
顔を上げたテリーはぎゅっと目を閉じたまま身をよじる。
「うるせェのは! 僕ん頭ん中ァッ!」
サングラスが床に落ちている。テリーに踏まれないうちにザックが拾い上げようとすると、テリーが叫んだ。
「もォやめてェ! 止めてェ! 銃声が、聞こえて――!」
慌てて立ち上がったザックがサングラスをテーブルに置く。
「テリー、すぐ持ってくる。少し待ってて。深呼吸して」
ザックはテリーの背中をさすりながらそう言い、早足でリビングから出ていった。右手側にあるテリーの部屋を明け、中に入る。狭い部屋に物がごちゃごちゃと崩れるように置かれているが、目当ての物はすぐに見つけることが出来た。
部屋を片付けるのが苦手で物が散乱しているテリーでも、小さなピルケースだけは必ずいつも同じ場所、枕元だ。それを手の平に包み込み、ザックはどたばたと部屋を出る。
「テリー、薬だ。水もある。飲んで」
リビングに戻ってきたザックがピルケースをテリーの近くに置く。トレイに乗っていた水差しからコップに水を注ぎながら、ちらとテリーの様子を見た。
そのテリーは水が注がれるよりも早くピルケースを掴み取った。
「ちょっと待って、テリー!」
テリーが自分の手の平に薬を適当にばら撒いた。額に汗が滲み、表情に余裕がない。
「テリー! 多い!」
ザックが大慌てで止めるよりも先にテリーはそれを口に放り込んだ。がり、と奥歯で噛み砕く。
「テリー!」
もう一度大声で呼んだザックがテリーの手を掴んで強く引っ張った。
はっとしたようにテリーがザックに顔を向ける。そうしながらも彼はがりごりと奥歯で錠剤を噛み砕き――慌ててテーブルに吐き出した。
「ぶ、えっ……うェッ……! ゲホ、うえッ、どんだけ、飲む気だよ!」
「こっちの台詞だ! どれだけ飲んだ? 大丈夫? 殆ど出した?」
テリーがテーブルに両手を突く。口に残っていたものを唾液で飲み込み、ふるふると頭を振った。
「たいして飲んでねェ……」
「なら良かった……?」
冷や汗をかいたザックがコップを差し出すと、テリーは中の水を一気に飲み干した。
「あー……飲み込んじまう前に気付いて、良かった。なんか、よく分かんねェまま、食ってた」
「……少し落ち着いた?」
椅子に浅く腰掛けたテリーが背もたれに体重をかけた。
「びっくりしすぎて、ちょォっとまともに戻った……」
テリーが天井へ顔を向けた。目を閉じたまま、汗の滲んだ額を手の平でぐっと押さえる。
「昼飯、やめておこうか」
「んァ……。悪ィ、今は食う気しねェ……」
「気にしないで」
ザックはトレイに乗っていた布巾で昼食どころではなくなったテーブルを拭き取り、サンドイッチも乗っていたトレイを持ち上げる。そのままその場から立ち去ろうとしたが、それを阻むようにテリーが彼のベルトに指を引っ掛けた。
「大丈夫?」
「薬、もォちょっと効くまででいいからァ、側に居てェ……」
ザックがテーブルにトレイを再度置く。
「うん。それくらい、幾らでも」
一度テリーの指を離させたザックは向かいにあった椅子を引っ張ってきて隣に腰を降ろした。テリーは右手で右耳を塞ぎながら、左へ体を傾ける。
ザックは右腕にぶつかってきた灰色の頭に、ぐしゃりと指を通す。
「銃声が、響いて……。四年前が、ぐるぐる、して――」
「そう……。だけど、大丈夫。ここは四年前じゃないし、君はウォリアーじゃない。大丈夫、すぐに落ち着く。大丈夫だ、テリー」
ザックも目を閉じ、聞こえもしない銃声に耳を澄ませた。
「ああもう。動けるうちに移動してって何度言えば……」
「だァってェ……」
ザックは小柄なテリーに無理矢理肩を貸し、引きずるようにして自室へ移動した。テリーは体に上手く力が入らないのか、ぐったりとしたまま足をもつれさせている。
「ザックゥ、怒ったァ……?」
朦朧としたテリーの意識にザックは「呆れただけ」と普段通り微笑み、彼を自分のベッドへ寝かせた。
テリーが小柄であるとはいえ、成人男性を二段ベッドの上へは押し上げられないし、出来たとしても安全な方法ではない。
ザックのベッドに倒れたテリーが深く何度も息を繰り返していた。
「テレンス、もう銃声は聞こえない?」
眠りに落ちていくテリーに優しく尋ねる。
「平気ィ……。――あァ、お前の匂いがする……」
テリーが力の抜けた笑みを浮かべた。そして、重たそうな手をザックの方へふらふらと伸ばす。
「なァ、アラン……。まだ、側に、いてェ……」
呂律も怪しくなってきたテリーからザックは視線を外した。力が入っていない彼の手を握り、そのまま彼の腹の上へ下ろす。
「――それくらい、幾らでも」
「ん……」
そのまま落ちるように眠ったテリーからそろりと手を離し、ザックはぐしゃりと自身の髪をかき混ぜた。
「俺は、アランじゃない」
大きなため息をつき、微笑みながらベッドの上の相棒を見下ろす。
「――だけど、それでもいい?」
答えは返ってこないと分かっていながら、ザックは優しく尋ねた。
【精神安定剤】




