74 Forced Smile
テリーはザックの背中を肩で押して部屋へ入れ、片手に抱えていた荷物を床に放ってすぐに鍵をかけた。汚れた窓にぶら下がった薄いカーテンもぴったりと閉じる。
「朝んなったら場所移るぞ! おい、ザック! ぼーっと突っ立ってんな、ボケ!」
投げた荷物からズボンを引っ張り出してザックの方へ投げつけると、顔面で受け止めたザックがようやく動き出す。しかし、先の動揺が抜けないのか、ズボンを拾い上げる彼の手は僅かに震えていた。
「とっとと着替えろよ! ゲロ臭ェ!」
テリーはあの場から逃げる途中、一番近くにあった貸倉庫から着替えと銃弾を適当に引っ張り出してきていた。そして、客の名前も顔も確認しないぼろ宿に多めの額を払って口止めをした上で、二階の角部屋を確保していた。窓の外には植木があり、いざという時には窓からでも逃げられるはずだ。
てきぱきと自分の服も取り出したテリーが一緒に持ってきていた砂糖瓶から角砂糖を一つ取り出し、口の中に放り込んだ。ごり、と奥歯でそれを砕く。純粋な甘さを喉の奥に流しながら頭を振った。
「あーくっそ! 腕が邪魔くせェ!」
文句を言いながらテリーが自身の服を着替える。ジョイントの匂いが微かについた服を部屋のごみ箱に投げ入れ、倉庫に放置されていた埃臭い着替えに頭を通した。
「ぼーっとしてんなっつってんだろォが! てめェらしくもねェ!」
テリーが着替え終わったザックの手からズボンをひったくり、窓際へ投げ捨てる。そのまま彼の太ももを蹴ってベッドの方へ追いやり、肩を押さえてそこへ座らせた。
「……キスタドールが」
「うるっせェ! こういう時こそ頭を働かせんだよ、ボケ! 本気であいつがてめェを狙ってんならあんな雑魚を寄越すか! そんな顔するのは早ェぞ、くそったれ!」
テリーがザックの頬を平手で一発打つと、彼はそこを押さえて「ごめん」と小さく呟く。そう言いながらザックが何度も唾を飲み込もうとしていることに気付いたテリーは、荷物の中にあった冷えていない炭酸水の瓶を押し付けた。
「……飲んで落ち着け。話はそれからだぜ、相棒」
「……あんまり、動じてない?」
「これでもボスの護衛も任されてたんだぜ。暗殺も襲撃も慣れっこォ」
ぬるい炭酸水をまずそうに飲み込んだテリーが四つ目になる角砂糖を口に放り込む。
動じてはいないが苛立っているテリーを見ながら、ザックは瓶を傾けて空にした。空き瓶を足元に置き、冷えてきた指先をこする。少しずつ自分が落ち着いてきたことを理解して息をついた。
「この程度、慌てるほどじゃねェ。てめェはそうやって落ち着いてりゃいい」
テリーが座って扉に体重を預けた。伸ばしていた足を折り畳んであぐらをかく。
「さァ、相棒ちゃん。僕ん代わりに考えてくれよォ。……キスタドールが動く理由はァ?」
「……キスタドールの目的は、別の組織と手を組むため。俺を殺すのは、その目的達成に必要な条件の一つ。だから、キスタドール自体が俺を狙ってるわけじゃ、ない」
ザックが足に肘を突いて、指を絡めた。背中を丸めて組んだ指を額に押し付ける。
「ごめん。取り乱した。……うん、そうだ。最悪の事態ならあんな下っ端だけが動いてるはずがない」
「それに、キスタドールが動くんなら、ルースをぶっ飛ばした僕を狙うんじゃねェの。こんな危険物を放置しておくよォな組織かァ? しかも、僕はアランを知ってるんだぜ」
テリーが五つ目の角砂糖を口に入れる。
「んァー、にしてもてめェを狙うような組織か。僕が死んで喜ぶやつは多いだろうけどォ……」
ざらざらの唾液を飲み込んだテリーはもう一つを取り出そうとしたが、ザックは名前を呼んで制した。テリーが不服そうにベッドに座った彼を見上げる。
「食べ過ぎ。俺が数えてるだけで、三つは食べてる」
テリーの眉間にぎゅっと皺が寄る。
「ざァんねん。これで六つ目ェ。――僕んこと案外見てねェのな」
「……そんな子供みたいな拗ね方しないで。見てる見てる」
「うるっせェ」
親指と人差し指で角砂糖の角を支え、再度口に入れようとするとやはりザックが名前を呼んだ。先程よりも強く引き止める声だ。
テリーはあからさまに不機嫌そうになって、顔を歪めて唇をへの字に曲げる。
「六つは、多すぎ」
「じゃァ、ストレス発散にてめェを殴らせろよ」
真っ直ぐな要求に今度はザックが顔を歪める番だ。
「それを快く了承する相手っている?」
テリーはべえっと舌を出してそれを返事とし、六つ目を奥歯で砕く。
ザックが額に手を当ててため息を一つ。
「……話を戻そうか。キスタドールと手を組む条件に俺の命を差し出す組織だ。頑なに君とは戦わないし、君には手を出すなって条件もあるのかもしれない」
ザックがすぐに乾きを訴える喉へ唾液を送り込む。
「スライさんが言ってたライラさんが他と手を組もうとしてるって話は覚えてる?」
「僕もおんなじこと考えた。んじゃァ、明日行くところは決まりだな」
「スライさんのところ? ああ、待って! テリー! さっきも止めただろ!」
ベッドから立ち上がったザックが七つ目に手を伸ばしていたテリーの頭を軽く叩く。瓶も奪い、しっかりと蓋を締めた。
「あァん、なァんで」
テリーが組んでいた足をといてザックの靴をごつごつと蹴るが、そのザックは知らん振りを決め込んで瓶を鞄の奥へ押し込んだ。
「……殴んぞ」
「そう? じゃあ、俺は怒ろうか」
さらりとザックが流すが、テリーははっと息を呑んで立ち上がった。
「ホント? ――よォし。ザック、歯ァ食いしばれ」
「待って待って! 冗談! 怒らない! だから、やめて!」
ザックが大慌てで両手を上げると、テリーは握っていた拳をほどき、「なァんだ」と至極残念そうににやついた口元を元に戻す。
相変わらずの怒られたがりにザックが苦笑しか返せずにいると、それに気付いたテリーも右頬を吊り上げて笑い返した。
「よォやく笑った。てめェがへらへらしてねェと調子が狂っちまう」
テリーがザックの真ん前に立ち、左手をポケットに突っ込んだ。
「おら、笑え、ボケ。――キスタドールでもなんでも、僕が全部蹴散らしてやる。だから、そんな顔してんじゃねェ」
ザックは先程叩かれた頬に触れた。そして、微笑する。
「……ルースにあれだけ手酷く負けたのに?」
「うるっせェ。あれを負けに数えんじゃねェよ。相打ちだ、相打ち」
テリーが口をへの字に曲げ、ベッドに戻ったザックの膝に軽く靴底をぶつけた。
ザックは膝の汚れを払いながら、肩の力を抜く。
「分かった分かった。だから、やめて。ズボンが汚れる」
「そうやって笑ってる間はやめてやる。ったく、しっかりしてくれよォ、相棒ちゃん」
テリーが「世話焼きはてめェの役目だろ」と肩をすくめるので、ザックは「そうかもしれない。ありがとう」と微笑した。
【笑って】




