73 Vomit
「そう。あそこで一番高いところ。スコープか何かであの通りを見てたんじゃない? 見てないとあんなに綺麗に道を塞ぐなんて難しいだろうし。狙ったポイントまで俺を誘導して、ズドン、とか」
ザックとテリーは道を分断した影の持ち主の話をしながら、とろとろと歩いている。
「へェ。その難しいって距離でぶっ殺したわけ」
「……そんな顔しなくたっていいだろ。君も来ないし、俺が出来る精一杯。あのままじゃ後ろか前のどっちかに捕まってた」
「足が遅くて悪かったな、くそったれ!」
「そうは言ってない。――よし、テリー。ここならいいんじゃない?」
ザックがワークキャップをつつくと、テリーは男の襟首から手を離した。引きずられていた男が頭を地面に落とし、その衝撃で目を覚ました。
男は自分の手足がきつく縛られていることや、路地ではなく屋内に移動していることに気付く。
「あ、おはよう。どう? 意識はしっかりしてる? 気付けに足でも撃とうか?」
「うっかり殺すなよォ、相棒ちゃん」
平然と進む会話に男が引きつった息を吸い込んだ。
ザックがベレッタを抜き、男の足へ向ける。安全装置を外し、人差し指を引き金の横に添えた。
「う、撃たないでくれ! 意識なら、は、はっきりしてるから――!」
何度か空っぽの息を吐き出した男が、唾を飲み込んでからようやく大声を出した。その口をテリーが靴底で塞ぐ。
「うるっせェ。まだ死にたくねェなら静かに喋れ」
テリーの静かな声に、男はがくがくと頷く。
男の怯えに満足したテリーが足を口元からどけるが、今度はその靴底を彼の胴へ置いた。体重はまだかけていない。
ザックが男の顔の横にしゃがみこみ、彼の口内へ銃身を突っ込んだ。
「イエスなら縦、ノーなら横に首を振って? 出来る?」
男が歯に当たる硬い感触に怯えながら頷いた。
「そう、いい子だ。質問に答えてくれれば縄を切って解放する。答えなかった場合は、――君の想像にお任せしようかな」
前回の人みたいに自殺はしそうにないか、とザックは隣に立つテリーを見上げた。テリーも同意見のようで、小さく頷く。
「影は出さないで。出したら、まずは彼が影を維持出来ないくらいの痛みをプレゼントする。痛いのが好きなら幾らでもどうぞ。――ただ、同じことは何回も繰り返したくない。俺が飽きたら引き金を引く。分かった?」
男が再び頷く。
「はッ、優しいねェ。僕なら飽きても痛めつけてやんのにィ」
「……俺にそんな趣味はない」
「僕もねェよ。なんとも思わねェだけェ」
「それはそれで問題じゃない?」
呑気に続くザックとテリーの会話に男が目を白黒させる。口に銃身を突っ込み、胴に足を置いた状態で話してほしい内容ではない。
「さて。落ち着いてきたならそろそろ質問しようか。――今朝、俺を狙った人と君は同じ組織? 何かで繋がってる?」
男は返答に少しの間を開けるが、その分テリーがじわじわと体重をかけていく。腹部の圧に、縦に一つ頭を揺らした。
「ギャングの構成員?」
横に。
「君が主犯?」
横に。
「この町にある組織?」
男が首を横に振ると、ザックの表情が僅かに歪んだ。横に立つテリーの表情は変わらないが、苛立ちを吐き出すように足元に力がこもる。
「流石によその町の組織までは把握してねェな」
「俺も。――君の組織は、この町の誰かと手を組んでる? 雇われてるとか」
ぐ、と男が黙った。
テリーがゆっくりと体重をかけていくが、男は今までと違って口を開こうとしない。
「答えなくない? ――テリー」
ザックに促されたテリーが足を一旦上げ、一気に男の胴へ落とした。内蔵が圧迫され、そこから押し出されたものが口から溢れ出す。
慌ててザックが身を引くが、吐物はベレッタだけではなくズボンにもかかっていた。
「……テリー」
「んァ? 吐かせろって意味じゃねェのかよ」
「言葉を吐かせて……。俺にまでかかった……」
「悪ィ。今度、酒奢ってやる」
ザックのテンションが落ちるのと同様に――いや、それ以上に男の気持ちも折れる寸前まで落ちていた。男が顔を横に向けて必死に口内に残ったものを吐き出していると、テリーのつま先が彼の後頭部をつついた。
「おら、上向けよ」
男が涙を流しながら素直に上を向くと、その鼻先に靴底が当てられた。
「次に黙ったら鼻を折るぜ。他にご希望の場所があるなら聞いてやる。返事はァ?」
「あ、は、――は、い」
「はッ、いいお返事ィ」
動揺一つ見せないテリーを、ザックが冷たい目をして見上げる。あの口内に再び銃を突っ込むのは嫌だし、こっちの服にも容赦がない相棒にどん引きだ。
テリーはザックの視線に気付かないふりをして、ご機嫌に鼻歌を歌い始める。鼻歌が終わるまでに質問をしてやらないと彼は意味もなく鼻を折るに違いない。
「質問を変えようか。……君の組織名は? 五つ数える」
可哀想な男に無意味な暴力を浴びせないために質問をしたザックだったが、その内容は男にとって一番答えられないものだ。
「五、四、――」
ザックのカウントに男は唇を震わせる。言ってはいけない名前と恐怖がぐらぐらと天秤で揺れる。
「一。――テリー」
「ドール……ッ!」
テリーが体重を鼻へかけた瞬間、男は悲鳴のように叫んだ。
「キ、キスタドール! キスタドールだ!」
テリーの靴底が視界から消え、男は安堵から体中の力が抜けるのが分かった。恐怖に目を閉じて、口を震わせながら叫び続けた。
「本部は別の町だ! い、今は別の組織と、き、協力体制を取ろうと! そ、その組織が、手を組む条件に、ゼ、ゼカリアを殺せって――」
ザックが思わずベレッタを取り落としそうになる。彼の細かく震えた肩をテリーが掴み、そのまま男から引き離した。
次の瞬間男の頭部から血が溢れ出して床を赤く染めた。頭部を下から貫いた影が何かを探すようにもぞもぞと動く。男の体がびくびくと痙攣していた。
「キスタドール……」
「どうりでハートルーザーしか出てこねェ! ――ザック、引くぞ! 誰かが口を封じやがった! 近くに気配はねェ、逃げるなら今だ!」
テリーは呆然としているザックの腕を引っ掴む。影の所有者は近くにいないようで、影は二人を探すようにゆらゆらと先を伸ばしている。
「ザック! 立て! おい! ああくそったれ! 逃げんぞ、ボケェッ!」
強引に立たせられたザックがようやくふらふらと動き出す。テリーは震えている彼の手をぎゅっと力を込めて握り、そのまま走り出した。
【吐き出すもの】




