72 Clear Up
少し遅い昼食を取りながら、ザックとテリーは大通りの一本内側を歩いていた。
「セミチェルキオでもリネアでもついてきてんなァ」
テリーが硬いパンを飲み込み、左手のパン粉を払う。ザックが持っている紙コップから甘さの足りないコーヒーを飲んだ。
ハロルドと別れた二人はどこまでも追いかけてくる粘っこい視線が行動に移すのを待っていた。今朝襲われたセミチェルキオのテリトリー近くも再び通るが、今度は特に動きがなかった。そのままリネアのテリトリーも通り、町の外れへ向かって行く最中だ。
ザックはテリーが残した甘すぎるコーヒーを飲み干し、パンが入っていた紙袋と一緒に飲食店裏のごみ箱に捨てた。
「組織的でこんな手段――となると、リネアが真っ先に浮かぶ」
「それならセミチェルキオのテリトリーで馬鹿やるかよ」
「俺もそこが引っかかる。ということは、ここに関係ないよその誰かさん?」
今朝のことを思い出しながらああでもないこうでもないと言い合っていると、テリーがザックの手を掴んで右へ曲がった。急な方向転換にザックが足をこんがらがらせる。
「どうした?」
「そっちからジョイントの匂いがしただけェ」
渋い顔をしたテリーが進み、また別の角で曲がった。そして、立ち止まる。
「……誘導されてんな。僕がジョイントを避けるの分かっててやってんぞ」
「上手く中に入り込めた感じだ。俺でもつけてるのが分かる」
テリーが気付くか気付かないかの距離を取っていた相手だが、ザックが感じる位置までに近づいているようだ。
「そろそろお片付けかァ?」
ぼそと呟いたテリーが誘いに乗って、煙を焚いた形跡のない道へ足を向けた。
ザックがそれに少し遅れてついて行こうとした時、二人を分かつように真っ黒な影が格子上に立ち上がって道を塞いだ。先を歩いていたテリーが目を見開いて格子を振り仰ぐ。影自体は薄っぺらだが、高さがあって飛び越えられそうにない。
「テリー!」
「ザック! 馬鹿、後ろォッ!」
テリーが左手でグロックを抜き、影の格子から銃身を通す。ザックの後ろめがけて引き金を引くが、銃弾は離れた雨樋を貫通しただけだ。
「すぐに回る! ――死ぬんじゃねェぞ! ボケ!」
ザックは唾を飲み、覚悟を決めたように唇を噛んだ。ベレッタを抜き、祈るように僅かな間だけ目を閉じる。そして、目を開けた時にはテリーは走り去った後だった。少しでもリラックスするように息を吐き、僅かに笑んで振り返る。
銃口を正面に向ける。
「ありがとう。ようやく姿を現してくれた。――どうやって出て来てもらおうかって相棒くんと相談してたところだったんだ」
ザックは空になったマガジンを落とし、新しいものに詰め替える。背中の格子がのったりと迫ってくるため、それに触れないようじりじりと前へ進む。
背後に影の格子、目の前には反応の良い影を扱うハートルーザー。他に手を出してくる姿がないことだけが救いである。
嫌でも前へ進むしかないプレッシャーから距離を取るように、再び目の前の相手に狙いをつける。何度撃ってもどれだけ不意をついても影が反応し、全てを叩き落とされる。
「――かなり速い影だ。だけど、自分から距離は離せないってところ?」
ザックは靴底を滑らせるようにして前へ進む。
「後ろはかなり遠くで操ってる? これ以上早くは動けないかな。……うーん、どれくらい離れたところで動かしてるんだろう?」
答えは返ってこない。
ザックもまとも返答は期待していない。不敵に笑ったまま首を傾げる。
「君は他に攻撃手段を持ってないのかな。俺が距離を詰めるのを待っているだけ?」
テリーが障害物を排しながらこちらへ回ってくるにしても、おそらく周囲の道にはジョイントの匂いが残されている。そして、その魔除けならぬテリー除けをせっせと用意する敵がいることも簡単に想像がつく。
ザックは後どれくらいの間を一人で切り抜けなければならないのかと考えかけ、小さく頭を振って切り上げる。考えがまとまらない程度には焦っていることに気付くだけだ。
「時間をかければかけるほど、君たちには不利なんじゃない? この辺りだと騒ぐとガーディアンも来る。君の影じゃ大勢は捌けないんじゃない?」
静かな挑発に、目の前のハートルーザーが人形のように動かなかった表情を動かした。
「――このまま君に向かって、自分から進んでいくのも癪だしさ」
ザックは歯が軋むほど噛み締めた。歯の隙間から白い息が漏れる。
「君が俺を殺して、相棒くんが君を殺すか。俺が君の口を割らせて、俺が君を逃がすか。――どちらが早いか競争してみようか」
ザックの黒髪をまとめているリボンが、音もなく雪へ落ちた。
テリーはぐっと息を止めて煙の中を駆け抜けた。まさに煙を作っている最中の男へ飛び込む。銃のグリップでこめかみを殴り飛ばし、そこを突っ切った。
脳内の地図を立体的に組み立てながら、壁を蹴って高く飛び上がる。塀の上へ乗った彼は、バランス一つ崩さずそこを走った。
ようやく息を吸い込み、頭の芯を揺さぶるような匂いが体にへばりついていることに顔をしかめる。
「あァ、くそったれ! ――吸いてェな!」
鼻で笑ったと同時、飛び降りる。
それと同時、ザックの後ろへ迫っていた黒の格子が一瞬で消え失せた。
「テリー! 遅い! もう駄目かと思った!」
「うるっせェ! てめェが髪まとめてる間に終わらせてやらァ!」
テリーが影を従えた男へ向かいながら引き金を引く。あらぬ方向で銃弾が飛び跳ねた。
男は影でテリーの拳を払い、飛ぶように下がる。彼を相手にするつもりがないのか、逃げる隙を探して時折意識が後ろへ向いていた。
と、その男が後ろへ下がる途中で何かにつまずいた。男の影が反射的に体勢を整えようと動き、テリーの攻撃を払っていたものがなくなる。
「はッ! 後悔しろよォ?」
にやりと笑ったテリーと目を合わせた男が顔色を悪くするよりも早く、テリーは彼の顎に靴底を勢いよくぶつけていた。
男がぐるりと白目を向くと同時に影も消え、彼は背中から雪へ沈む。
「大して強くもねェ。――ザック! 下手な手ェ出しやがって、こんのボケ!」
男の胴を踏みつけたテリーがザックを振り返った。男の足首を掴んでいた黒い塊がするりと雪に溶けるようにして消える。
怒鳴られたザックは髪の束にリボンを結びながら微笑した。
「だけど、おかげで楽だっただろ?」
【片付け】




