71 Sighting Shot
裏口の開閉音が聞こえ、リンジーは腰を上げた。廊下を覗き込むとザックとテリーが戻ったところだった。テリーはすぐに二階へ駆け上がり、ザックは足早に近寄ってくる。
「リンジーさん、おはよう。特に問題は起きてない? 変な客はいなかった?」
「帰宅早々慌ただしいね。客なんて普段と変わらないよ。それより――」
「それなら良かった。今日はもう店を閉めて。というか、暫く休んだ方がいいかも」
リンジーの話をのんびり聞く余裕がないのか、ザックは彼女が話そうとしてもお構いなしに喋り続けた。ウエストポーチの中を片手で探る。
「ちょっと厄介事に巻き込まれてるみたいなんだ。ここも危ないかもしれない。はい、これ。臨時休業分の足しにして」
「ゼカリア、こんなもん――」
「いいから。落ち着いたらこっちから連絡する」
ザックは紙幣を何枚かまとめて折り畳み、リンジーに握らせる。
リンジーはそれを突っ返す間も返上して、ザックをじろりと見上げた。
「ゼカリア! ちったあこっちの話も聞きな! ――クレアがこの町から去ったんだよ! 別れの挨拶をしたいって何度も連絡をくれたってのに! キッチンのメモも見てないし! どうして電話の時間くらい作ってやらなかったんだい!」
ザックはウエストポーチを閉めながら「え?」と戸惑った声を零した。
「そんな。えっ? 急ぎの話だと思わなくて……いつ――」
「今朝の列車だよ! まったくお前さんはどうしてこういう時に限って!」
言葉は頭の中で処理される。しかし、理解が追いつかない。
「け、今朝って、今朝?」
「今朝はなんべん言ったって今日の朝だよ! あたしが店を開けた頃に列車が動いたって電話をしてきたんだ。もう列車なんてとっくに乗っちまったさ!」
ザックは理解した突然の別れに黙り込んでしまった。
テリーがどうにかグロックとショルダーホルスターを見つけてリビングに戻ると、ザックがちょうどハロルドに電話をかけているところだった。
「それじゃあ頼んだ。これからすぐに出る。――うん、ありがとう」
ザックが電話を切って振り返るとテリーがグロックのグリップを咥え、片手でホルスターを固定しようと四苦八苦していた。それに手を貸してやり、脇にグロックを収める。
「きつくない?」
「邪魔くせェ」
どうしようもない文句を言うテリーに苦笑し、腰の銃を確認するように撫でた。
「……いつまでしょげてんの、バァカ」
クレアの一件を聞いてから気分が落ちているザックの背中を、テリーが軽く叩いた。ザックは一つだけ息をついてから「ごめん」と肩をすくめる。
「君はクレアがいなくなってどう?」
「僕にそれを聞くのかよ。てめェと馬鹿女を引き離せて超絶ご機嫌だぜ」
あくび混じりに笑ったテリーが頬に走る傷をぐっとなぞった。
「さァ、面倒事はとっとと片付けるぜ、くそったれ」
ザックは「うん」といまいち乗りきらない返事をし、もう一つ息をついた。
「そりゃまた妙なのに目をつけられましたね」
ハロルドがベレッタをザックに返し、入れ替わりでグロックを預かる。手際よくばらして、隙間に溜まった埃に顔をしかめた。
「今もつけられてるみたい。もし何かあったら俺たちのことは洗いざらい喋って。黙っててもいい目に合わないだろうし」
「はい、もちろん。分かりました」
ハロルドは綺麗にした部品を組み立て始める。
「兄さんの弱味としてザックさんを狙ってるのか、ザックさんへの恨みか。――それにしても自決を選ぶなんて相当な組織ですね」
組み立てたグロックの引き金を何度か引いて動きを確認した後、足元の棚から銃弾を引っ張り出す。
「どォこで恨み買ってきたんだかァ」
「さあ。君と一緒にいるだけで幾らでも買えそうじゃない?」
ザックの言葉にテリーが下から彼を睨みつけた。睨まれたザックはどこ吹く風と明後日の方向へ視線を向けている。
「こんなところで喧嘩なんてしないでくださいよ。――はい、兄さん。きちっと掃除したんですからしっかり使ってくださいよ」
「当たんねェもん使って意味あんのかよ」
ただでさえ利き腕が使えないのにとテリーがぶら下がった右腕を見下ろす。
「当てればいいだろ」
何の事はないとザックが軽く言うと、テリーはそれを恨めしげに見た。簡単に言いやがって、と表情が語っている。
ハロルドは得体の知れない相手に後をつけられているとは思えないほど通常運行の二人に笑い、親指で店の奥を指差す。
「試し撃ちしてってください。ほら、練習がてらザックさんに見てもらったらどうです」
弾が詰まったマガジンを差し出したハロルドに、ザックとテリーは仲良く同時に鼻を鳴らす。そして、同時にマガジンを掴み取った。
撃った後、テリーは目を細めて的を睨みつけた。耳栓をしているため普段より声が大きくなる。
「当たったァ?」
「当たってない。見えてないにしても酷い外し方だ。的の場所くらいは分かるだろ」
ザックも同様に声を大きくし、呆れた微笑みを浮かべた。テリーの手からグロックを抜き取り、そのまま彼の後ろで狙いをつけて引き金を引く。
彼が全て的へ着弾させたのをテリーは自身の時とは違う音で理解した。ヒュウと口笛を鳴らし「さっすがァ」と右頬を吊り上げる。
「グロック側の問題はなし」
ザックは残り数発になったそれをテリーにもう一度持たせる。
「横撃ちはやめて、こう。的の場所は分かる?」
「ぼんやりな。黒丸が頭だろ」
テリーの持ち方を直し、銃身を動かして銃口の位置をずらす。
「そう。だけど、君は頭じゃなくて胴体を狙う。胴体の方がでかいだろ?」
位置を補正したザックが背を伸ばす。
「胴に撃って心臓に命中すれば儲けものさ。利き手じゃないし、ぶれないよう意識して」
ザックがテリーのワークキャップをつついた。同時にテリーが引き金を引く。
「――ヒュウ! 当たった」
「そのまま空になるまで撃って。――テリー、当ててみせて」
言われたとおり、テリーが指に力を込める。反動で腕が上がっては、元の位置に戻して引き金を引く。
大外れの銃痕がなくなり、ザックがにやりと笑う。
「――よし。最初よりは断然ましだ。本番でもしっかり当てて」
テリーがグロックをまじまじと見下ろす。
「……てめェがいねェと当たる気がしねェ」
テリーの苦い言葉に、ザックは小さく吹き出した。
【試し撃ち】




