67 Call
クレアはザックたちと簡単な昼食を摂った後、ホテルへ戻って服を着替えた。二日酔いの頭痛にうんざりしながら、癖が出る髪を後ろで一つにまとめた。
手帳を片手にフロントへ降りていくと、従業員はいち早く要件を察して電話を彼女の方へ向ける。
「いつもすみません、借ります」
「はいどうぞ」
クレアは軽く頭を下げてから、完璧に覚えている番号に電話をかける。受話器を耳と肩で挟み込み、手帳を広げて細いペンを右手に持った。繰り返される呼び出し音に、受話器を下ろそうかどうかと悩み始めたところで、向こうから愛想のない声が聞こえた。相手には見えない背筋を慌てて伸ばす。
「クレアです。今、大丈夫ですか? そちらに送った資料の確認をしようかと思いまして。それと、その、今後の話とか」
電話口から先を促されるままにクレアは資料の話をしつつ、本当に知りたいことをいつ聞くべきかと頭の隅で考え続けていた。
「はい。接触したハートルーザーはその一覧を見ていただけたら。――あ、いえ、違います。ええと、赤でマークしてある人物です。そう、リネアの――」
今までも電話での報告は定期的にしていたが、この町ラージュの資料をまとめて送ったのは初めてだ。電話相手であるノーマンは既に一通り目を通した後らしく、円滑に話が進んでいく。
彼女が得た情報をこうやってまとめたのは、そろそろ引き際ではないかと考えていたからだ。必要な情報はおおよそ集まっていたし、ここ最近はノーマンからも活動を控えるよう言われていたのだ。「戻れ」の一言があればいつでも列車に乗れるよう、準備も済ませている。
「……はい、すみません。次までに修正しておきます」
受話器から伸びるコードを右手のペンに巻きつけていたクレアは、フロント内にある時計へ目を向けた。資金の残りと今日の電話代を計算し、あまり長電話をするべきではないと解答を出す。
「あの、ノーマンさん。少し聞きたいことがありまして」
クレアは手帳をカウンターに伏せて置き、肩で挟み込むんでいた受話器を手に持った。
「……ええと、アランさんのことでちょっと」
電話の向こうにいるノーマンの声は何も変わらない。
クレアは自身の気持ちがどんどん下降していくのを感じながらも、配達屋からの帰り道で何度も繰り返して練習した質問文を口に出す。
「アランさんというか、その情報をくれたテレンスさんのことなんですけど……」
少し前にかけた電話。アランが死亡している可能性を報告したあの日、ノーマンがテリーについて詳しく尋ねてきたことは記憶に残っていた。それから間もなくして、彼は怪我を負って入院することになったのだ。何かに巻き込まれたのかと思っていたが、彼は巻き込んだ側だとザックは言った。
じゃあ、誰が彼を襲ったのか。
そんな疑問がクレアの頭に浮かび、目障りなほどに揺れている。頭の中を何度もよぎるそれを追いながら、彼女は受話器を持つ手に力を込める。
「ええと、どうしてあんなにテレンスさんのことを聞いたのか、気になって……。こっちでもいろいろあって、タイミングが、ちょっと……。――あ、いえ、すみません……」
ノーマンの淡々とした声の調子は、先程までと何ら変わらない。
「……はい。アランさんを探してるのは分かってます。ノーマンさんがそう言うのも、分かるんですけど……」
声を弱くしていくクレアは、背筋に悪寒が走って思わず振り返った。
そこではホテルの従業員が箒と塵取りを持って掃除をしているだけで、当然ノーマンの姿はない。
「……すみません。ちょっと気になっただけです」
強く問う気力を失い、クレアが話を締める。すると、ノーマンはそんな彼女を気にすることなく、早々に次の話題へ移った。
「はい、分かりました。――いえ、すぐに戻れます。そろそろかと思ってたので」
クレアは出入り口の横にある窓へ顔を向けた。昨夜の大雪が嘘のように空が青く、地面に積み上がった雪がきらきらと太陽を反射している。
「はい。は――え? きょ、今日ですか? ――いや、はい、大丈夫です。この時間から出たら明日の夜……いや、明後日の朝にはそちらに着くと思います」
すぐに戻れると発言してからノーマンが決断するまでは、彼女の予想を遥か上回る早さだった。
クレアが大慌てで時間の逆算をしている間に、ノーマンは事務的な口調で別れを告げる。彼女がそれに少し遅れて反応した時には、ガチャンと受話器を置く音が聞こえた。
「……嫌だな」
声の通じない受話器を見下ろし、クレアがぽつりと呟いた。
「電話終わったア? ――なア、ノーマン! いい加減、俺様を行かせろヨ! もうこーオんなに元気だヨ!」
狭い部屋の中でバク転を披露したのはルースだった。季節に合わないショートパンツから伸びた足には包帯が巻きつけられている。
「アハハハハ! いい加減、こんなところで缶詰になんのにも飽きたしサ! このままじゃ鈍っちゃうヨネ!」
ルースは元気さをアピールするように両足を揃えて椅子へ飛び乗った。テーブルに膝がぶつかって、上に乗ったカップが揺れて紅茶が溢れる。
「ノーマン! モニカなんて待ってたって仕方ないヨ! 用済みなんだしもう殺せばいいんじゃなーい? アハハ! 使い道なんてもオないんじゃないノ?」
「ルース、傷口が開く。大人しくしていろ」
「平気だヨ! ――それとも完治しないと俺様の効率がーって堅いこと言うノ? アハハハハハ! そんなだからアルに裏切られるんだヨ! なア、マーシー!」
「……さあ。分かりませんわ」
「アハハハハハ! アア、行きたいナ! そしたら今度こそ、今度こそ殺してやる! アア! テレンスに会いたいナ! アハハ、アハハハハハハハ!」
椅子から飛び降りたルースは高笑いをぴたりと止める。
かくんと首を傾けると、二つに結んだ髪がだらりと垂れた。
「――次は、絶対に、負けないヨ」
【電話の向こう側】




