63 Black Or White
裏口のノブを回すと、鍵がかかっていた。
テリーは舌打ちをしてからポケットから鍵を引っ張り出した。昨夜の雪が扉の前に積もっていて、膝下を使って左右にどける。扉を開け、ワークキャップや肩に積もった雪を適当に落としてからリビングに入った。コートなどをコートスタンドに掛け、壁にぶら下がった時計を近くで見上げた。ザックを起こすには少し早い時間だが、早すぎるわけではない。
あくびをしながらリビングを出、ザックの部屋をノックなしに開けた。
「ザックゥ、朝飯ィ」
そんな呑気なことを言いながら、部屋の匂いがいつも少し違うことに気付く。鳥肌が立った腕で慌てて布団をめくると、ぐっすりと眠ったクレアがそこにいた。
「――なんっで、お前がいるんだよ、くそったれェッ!」
クレアが着ているザックの服を掴む。
突然の激しい目覚ましにクレアが寝ぼけた悲鳴を上げるが、その時にはすでにベッドの下へ引きずり落とされていた。
「え? おはよう? えっ、テリー?」
「いつまで寝ぼけてんだ、馬鹿女ァッ!」
状況を全く理解出来ないクレアが二日酔いの頭に響く怒鳴り声に顔を歪める。テリーがそんな彼女の目覚まし代わりに蹴っ飛ばそうと足を上げた時だった。
「テリー!」
ザックがテリーの部屋から飛び出してきて、腕を掴んで後ろへ引いた。
テリーの冷たい視線がザックへ向く。
「昨日は吹雪だったから泊まってもらったんだ。君だってそうだろ」
ザックの必死が滲む早口にテリーは足を下ろした。
クレアはずきずきと痛む頭を押さえながら、混乱した表情で二人を見上げている。
「クレア、おはよう。まだ眠いだろ、ゆっくり寝て。――テリー、とりあえず出ようか」
ザックはなんとか笑顔でクレアに手を振ってから、反対の手でテリーを引っ張って部屋を出て扉を締めた。ぎりぎりと睨んでくる彼が拳を握る前に、両手を頭の横で開く。
「君がいない時に泊めたのは悪かった。だけど、何もない。結果オーライだ」
「なァにがオーライだ、くそったれ!」
テリーの左拳が扉にぶつかった。激しい音に中のクレアが悲鳴を上げる。
ザックは真横に突き出された拳が扉を割らなかったことを幸運に思いながら、両手を下ろしてテリーの肩を掴んだ。そして、彼をぐるりと回して階段の方へ体を向かせる。
「そんなに怒らないで。ほら、朝飯にしよう。寒いし、ストーブもつけないと」
強引にぐいぐいとテリーを押すと、彼はしぶしぶと階段の方へ足を進めた。
「……くそ、帰ってくりゃ良かった」
「心配かけてごめん。プディングでも作ろうか?」
ザックの軽い謝罪に、テリーは不機嫌そうに顔を歪めて彼を振り返った。
「あのなァ! 僕がそれで毎回機嫌を直すと思うんじゃねェぞ!」
「じゃあいらない?」
「……そうは言ってねェだろ、ボケ」
「でェ? 楽しくお喋りした結果はァ?」
テリーはキッチンのストーブで暖を取りながら、温かいミルクを口に運んだ。溶けたはちみつの甘さが胃に染み込んでいく。
「アランを探してるのがノーマンで、そのノーマンが彼女の上司だってことは分かった」
「……んな情報、どうやれば聞きだせんだよ。下手なことしてんじゃねェだろうな」
ザックは残っていたはずのスコーンを探しながら肩をすくめる。
「君の薬を少し水に混ぜて飲ませただけ」
テリーが思い切り顔をしかめる。ザックの緊張感のない態度もそうだが、自身の薬と言えば一種類しかないし下手に飲ませて良いものではない。
「お気に入りの相手によくやるぜ……」
「本当は酔い潰して聞き出そうと思ってた。だけど、思ったより酒に強くてさ」
ザックが苦笑し、見つけ出したスコーンをテリーの持つミルクへ浸した。
「――ルースが現れて、ノーマンの名前まで。……偶然にしては出来過ぎ?」
「僕がアランの名前を出した途端だぜ。僕が否定するわけねェだろ、ボケ」
「キスタドールが関係してるとしても、彼女はそれを知らずに仕事を頼まれてるのかも」
ザックがスコーンを口に入れようとしたところで、テリーがそれをかっさらった。
「まァだそんなこと言ってんのか、くそったれ」
テリーはもそもそしたスコーンを甘いミルクで流し込む。食道が熱くなるのを感じながら、空になったマグカップをザックに手渡した。
ザックは二階の自室がある方向へ視線を向けた。そこにいるはずのクレアは二度寝に入ったのか、起きてじっとしているのかは分からない。朝まで効果が残るほどの薬は混ぜていないはずだが、先程目覚めた彼女はかなりぼんやりとした様子だった。
「……そもそもキスタドールはハートルーザーしか受け入れない。だけど、彼女が何かを亡くしてるようには見えなくて」
テリーはストーブの横に積まれた薪を一つ掴んで、ストーブの中に突っ込んだ。ストーブから上がる熱い空気がじわじわと二階も暖めていく。
「……マティは」とテリーが言いかけ、すぐに口をつぐんだ。ザックは不思議そうにその続きを待っていたが、テリーはふるふると頭を振った。
「いや。――寝ちまった後に脱がしてゲートの確認くれェすればよかったのに、色ボケ」
ザックはテリーが伏せた言葉の先は気にしないことにして「脱がす、か。思いつかなかった」と肩をすくめた。そして、その場にしゃがみこんでシンクの扉にもたれかかる。ため息を内に留めるよう、両手で口元を覆う。
「分かってる。彼女のことは疑ってかかったほうがいいって。――だけど、そう思う度すごく悲しい」
テリーはどうしても割り切れない様子のザックの頭を一度だけ軽く叩き、その隣に腰を下ろした。冷たい床が体温を奪っていく。
「てめェが真っ黒だって思えるまで、諦めがつくまで、いっくらで付き合ってやるし、きっちり守ってやる」
そう言いながらだらりと床に垂れていた黒髪の束を持ち上げ、揺らす。艶やかな、温度のない黒。何も受け入れない闇のようなそれに、テリーは鼻を近づけて目を閉じる。
「だーいじょォぶ。もしあいつが牙を剥いたら、その時は僕がその牙をへし折ってやる」
その黒は、なんの匂いもしなかった。
【灰色】




