6 Gang Land
「よおう、配達屋。リネアに随分といいもんを運んだらしいじゃあねえか」
紫煙がくゆる部屋で、ザックはにっこりと笑った。後ろの扉が開いているため、目の前の人物が吐く煙は全てザックの方へ流れてくる。
まるで拘束するようにまとわりつく煙に嫌悪感を覚えながらも、ザックは笑顔を崩さない。
「さあ。俺にはあれの価値が分かりません」
「相変わらず食えねえ野郎だな。――テレンスはどうした。一緒に来ていると聞いたぞ」
安物の煙草とは違った濃度の高い煙が、皺の刻まれた口元からふわりと吐き出される。
ザックはちらりと後ろへ目を向け、肩をすくめた。扉は開いたままだが、そこを守るように威圧感を身にまとった黒スーツの男が二人立っている。
「テリーは熱烈な歓迎を受けているみたいです。俺だけ先に通してもらいました」
広い屋敷の最上階。その奥にある部屋がここだ。テリーはまだ一階か二階か、とにかくまだここから遠い場所で揉みくちゃにされているはずだ。
「ふん、テレンスも相変わらずだな。で、配達屋。さっさと用を済ませろ」
部屋の奥、装飾の細かい椅子に座った老爺は葉巻を灰皿に置いた。
セドリック。
髪には存分に白が混じり、明るい灰色の髪色はシルバーのように艶のある光を返していた。老いを感じさせる骨ばった体だが、皺の刻まれた顔に宿る灰褐色の瞳は力強い。
そんな華奢なセドリックの背後には屈強な男二人が立っていた。まるで岩のように微動だにしない、鞘に収まったナイフのような視線を向けてくる二人にも、ザックは負けじと微笑む。片手に抱えていた紙袋を両手で持ち、少し前へ差し出した。
「リンジーさんからいつものものです。中身の確認をお願いします」
セドリックが顎を動かすと、後ろの岩が一枚動いてザックから紙袋を受け取った。ザックの目の前で封を開け、中身を確認する。特におかしなものが入っていないことが分かってからセドリックの方へそれを手渡した。
「どうぞ、ボス」
セドリックが紙袋を受け取り、手袋をはめた手をそこへ突っ込む。
「それと、リンジーさんから伝言です。――セドリックの坊やによろしく、だそうです」
リンジーから聞いた言葉を敢えてそのまま伝える。
ザックのちょっとした反抗心をセドリックは豪快に笑い飛ばした。
「はっはっ! あの婆さん、幾らか年上だからってえ、俺を坊や呼ばわりか! ったく、頭が上がらねえぜ」
楽しそうに言ったセドリックは紙袋から取り出した葉巻に火をつけず、匂いを嗅いだ。
「ああ、相変わらずいい仕事をしてくれるじゃあねえか。――ふん、リンジー嬢ちゃんにはいつもいいもんを用意してくれて助かってるとでも伝えておけ」
セドリックは葉巻を指で摘んだまま、深く腰をかけ直す。足を組み、肘掛けに肘を突いて頬を支えた。吸口がまだ作られていない葉巻が指先のように動き、ザックを差す。
「さあて、配達屋。配達ご苦労さん。――だが、まだ帰らせちゃあやらねえぜ」
痩せた老体から滲む圧力に、ザックは溜まった唾液を飲み込んだ。
セドリックが葉巻を肩まで持ち上げ、ゆらりと揺らす。
「リネアに落としてきたもんについて、詳しく話してもらおうじゃあねえか」
バタンと音が聞こえる。
ザックが振り返ると、先程までテリーを待つように開いていた扉が閉まっていた。通せん坊をしていた男たちが今度は扉を守るように立っている。
「配達屋は中立だ? 何を配達しようがお構いなしだあ? ――そんなもん俺にゃあ関係ねえ。セミチェルキオに害をなす野郎は例えあのテレンスでも、その相棒でも容赦しねえのがこの俺よ」
揺れる煙を見ながら、ザックは笑みに困ったような戸惑いを混ぜた。
「テリー、ひっさしぶりだなあ」「セミチェルキオの脅威」「あの人が、噂の」「兄貴、どうも。お元気でしたか」「始めて見た……」「あれが、最強のウォリアー」「もっと遊びに来いよう、テレンス」
四方八方から飛んでくる声をテリーは完全に無視し、近寄ってくる手を、肩を組もうとする腕を何度となく払いながら前へ進む。
「僕はファミリーに会いに来たんじゃねェの。ロッド兄、いい加減ボスに会わせてよォ」
「あんたが来るとみんな喜ぶんだ。そんなつれない態度すんなよ。今度また飲まねえか、テレンス」
「ええェ? やァだァ。可愛い相棒ちゃんが嫉妬しちゃうだろォ」
テリーはけらけらと笑いながら、隣を歩く男を小突いた。
ロドニー。愛称、ロッド。
テリーがセミチェルキオに属していた時に兄貴分として面倒を見ていた男だ。若い構成員を取りまとめることに長け、彼の下で組織に馴染むまでを過ごす者も多い。そんなロドニーは昔から変わらない人相の悪い笑み――それなのにどこか憎めない――を浮かべている。
「妬けるねえ。で、その相棒ちゃんとのお仕事は最近どうだ」
その相棒ザックは既に最上階である目的地へ通されている。自分だけが足止めされていることに苛立ちながら、テリーは肩をすくめる。
「お仕事ォ? ザックが上手いこと捌いてる。僕はいつも通り売られる喧嘩買うだけェ」
「そりゃあ適任だよ。あんたにしか出来ねえ仕事だ」
気楽な様子のロドニーは歩く速度を少し落とし、更にテリーを目的地へ遠ざける。
「あんたに喧嘩を売るなんて、どうせリネアばっかりだろう」
ラージュでは、二つのギャングが幅を利かせている。セミチェルキオとリネアだ。
セミチェルキオは町の東側をテリトリーにする、セドリックをボスとしたギャングだ。セドリックは老いてなお圧倒的な頭脳で組織を取りまとめ、下の構成員からも厚い支持を得ている。平穏時の彼の性格を映すように比較的温厚な組織ではあれど、命令違反や裏切りに対する制裁は厳しい。
「確かにこっちじゃァそういうのはねェなァ」
対するのは、リネア。町の西側をテリトリーとし、ライラをボスとしたギャングだ。セドリックと比べると若さも勢いもあるライラは末端の構成員にも自由を持たせることで、じわじわとテリトリーも構成員も広げている。
組織力の高いセミチェルキオに、自由度が高く奔放なリネア。この二つのギャングは何かある度に衝突し、テリトリーの奪い合いをしている。
「ロッド兄の教育が行き届いてんじゃねェの。僕に手ェ出すと死ぬぞって」
「そんな教育なんてしなくとも、あんたの噂はどこにでも落ちてるからな」
そして、テリーは配達屋になるまで、このセミチェルキオの一員だった。セミチェルキオの脅威とまで呼ばれた彼はこの組織の強さの象徴だった。
そんな彼は配達屋として、セミチェルキオにもリネアにも属さない中立の立場ということになっている。しかし、建前はそうであれ以前属していたセミチェルキオとは良い関係を保っているし、敵対していたリネアとはどうしても折り合いが悪い。
「――でェ? なァに遠回しに探ってんだよ。聞きてェことがあるならとっとと聞いて、ボスんところに連れてってくれねェ?」
ぴたとテリーが立ち止まると、ロドニーも立ち止まった。握った拳をぶらさげたテリーが右頬を吊り上げる。
「ねェ、ロッド兄。焦らしプレイは嫌いだぜェ? 嫌んなって強行突破しちまう前に言えよォ?」
ロドニーは首の後にあるタトゥのような黒い模様を指でかき、苦い笑みを浮かべた。
「そいつは困った。今も昔も、あんたを止められる奴なんていやしないんでな」
腕時計にちらと目を落としたロドニーは諦めたように息をつく。
テリーが拳をほどいて話を急かすように顎をしゃくった。
「……テレンス。リネアで変な動きはねえか。最近、あっちもこっちも死人や行方不明者が多くてぴりぴりしっぱなしだ。こっちは向こうのせいだ、向こうはこっちのせいだって埒が明かねえ。――あんたはどっちも行き来してんだ。何か知らねえか」
「仕事の内容は、例えライラさんが相手でも、恐ろしいあなたでも喋らないのがこの俺です」
セドリックの言葉を真似して返したザックは、わざとらしくにっこりと笑みを強調する。
「どうしても先程の仕事内容について知りたいなら」
ザックは笑顔が引きつらないよう細心の注意を払いながら、指を三本立てた。
「――配達屋へ依頼をどうぞ。その場合は幾らでも、俺が知っている情報をあなたの耳へと運びましょう」
「……昨日の夕方、こっちのハスラーが一人死んだだろ」
テリーが口に出したのは、セミチェルキオがまだどこにも流していない情報だ。ロドニーは顔をしかめ、周囲の若い連中を手で追っ払って声を潜めた。
「どこで聞いた」
「どこでもねェよ。死体と相手を見た。昨日の依頼主がこっちのハスラーで、金貰いに行ったら既にあの世にサヨナラしてたぜ」
テリーはゆったりと歩きながら小指を立てる。
「相手は僕の知らねェ女でハートルーザー。それ以上は知らねェ。――あと、リネアのことは知ってても喋らねェぜ。リネアにこっちのことをぺらぺら喋らねェのとおんなじ」
昔の仲間だろうがもう関係ねェよと言ったも同然のテリーに、ロドニーは僅かに顔をしかめ「そりゃあそうだな」と呻くように同意した。
【ギャングの町】




