56 Backward S
「お前がいないのに、俺がこの感情を残す意味なんてあるか?」
「――確かに、俺はお前さんたちを愛せてねえかもしれねえぞ」
「ボス。いつまで拗ねているんですか。ライラの言うことなど、普段通り笑い飛ばしていればいいでしょう」
「ふん、言ってくれる。それに俺は拗ねてんじゃねえぞ、憂いてんだ。……ドグ、俺は時々思うんだが――本当に俺がボスなんぞをやり続けていいと思うか」
「何を今更」
「この愛情は全部偽物で、空っぽなんじゃあねえかと思うのよ。ライラ嬢の言っていることも分からないでもねえ」
「ボスの愛が偽物で空っぽなら、私もケンもついていきませんし、盾にもなりません」
「手厳しいな、ドグ。ま、そう言ってくれるからこそ盾にしてやるんだがな」
「光栄です」
「ドグ、そろそろお前さんが――」
「お断りします。時期尚早かと」
「まだ肝心な部分を言ってねえぞ」
「ボスがその話を振る時、いつも同じなんですよ。俺も今、あっまた来たって思いましたもん」
「……ったく、こんな老いぼれにいつまでボスをやらせる気だ。お前さんらもいい年だぞ」
「いい年っつったって、こいつまだ三十ですよ」
「俺が巻き込んだも同然だ。目に見える小さな罪の一つくれえ、償ったっていいだろうよ」
「おい、坊主」
「……あ」
「そう怯えんでもいいだろうよ。――家族んところへ戻りてえか? 戻りたくねえなら俺が家族になってやる」
「かぞく……」
「俺のファミリーだ。セミチェルキオに入れてやる。そうなりゃあ一気に大家族だ」
「……ファミリー」
「悪いが、お前さんの生い立ちはざっくり調べさせた。――あんなのでも親は親だ。戻りてえなら戻りゃあいい。だが、もう辛えと思っていたんなら、あんなドラッグに頼らなきゃあやってらんねえなら、こっちに来な。俺が愛してやる」
「ライラ嬢がボスだあ? なんだなんだ。あの野郎、とうとうくたばったか」
「そうみたいですねえ」
「全く……嘘みてえなタイミングだな」
「ええ、本当に。――疑惑はあれど、リネアのボスはライラに。今度の会合で正式な挨拶を、との連絡が入りました」
「そうか。……疑惑ってえのは、あれか」
「あらやだ、ボス。それ以外にないですよ」
「――チッ。親殺しなんざ、愛がねえ俺でも出来まいよ。……疑惑は疑惑で終わりゃあいいんだが」
「ボスゥ! 聞いてくださいよォ!」
「テレンス、挨拶はどうした」
「あはは、ドグ兄怖ァい。――失礼します、親愛なるボス。報告にあがりました」
「随分とご機嫌だな。聞かせろ」
「えへへ、エリアオスカー、奪還してきました。頑張ったでしょォ?」
「……それをどうしてお前が報告に来た?」
「ドグ兄、そんなに怖ェ顔しなくたってェ……。ロッド兄がコード兄に頼んで、コード兄が僕にボスんとこ行って来いって譲ってくれたんですよォ」
「まったく……」
「はっはっ、いいじゃあねえか、それくれえ。俺もなかなか坊主に会えねえんで寂しいもんだ。――坊主、ようく頑張ったな。よくやった」
「えへへ。僕、もっと頑張ったら、もォっと喜んでくれますか」
「ああ、嬉しいもんだな。――その時はご褒美をやらねえとな、テレンス」
「拾った時はあんな目じゃあ戦えやしねえと思っていたが、随分な様子だな」
「もう俺なんかじゃあ歯が立ちませんぜ」
「はは、ケンにそう言わせるか。そりゃあ脅威なんて物騒な名前も湧くってもんだ」
「ドグ、お前さんから見てどう思う」
「テレンスですか」
「ああ、そうだ。扱い難いか」
「いいえ。素直で従順、そして何よりもボスを想っています。症状も落ち着いて、兄貴分にも可愛がってもらっているようです」
「ははは、そりゃあいい。――手放すには少し惜しいか」
「え? 今、なんと」
「あの坊主を手放す。この間の事でようく分かった。テレンスはここにいるべきじゃあねえ」
「そんな――何を言っているんです! テレンスが承知するわけが」
「承知だあ? そんなもん、させ方は俺が一番知ってる。俺が命令すりゃあ承知でもなんでもするだろう」
「テレンスがセミチェルキオを離れれば、こちらを脅かすものになりかねないのもお分かりですか」
「当然よ。ゼカリアとかいう男があの坊主を欲しがってんだ、くれてやろうじゃあねえか。――ふん、テレンスを救えるだあ? 見せてもらおうじゃあねえか」
「ボス、考え直すべきでは」
「……俺も薄々感じちゃあいたんだが、この間ので確信した。ドグ、お前さんはあの事件でのあいつを直接見ていただろう。あいつは俺の側にいちゃあ無駄に死ぬだけだ」
「あれは、ボスのことを想っての行動で――!」
「そいつは分かってる。だからこそ、だ。あいつは俺がいなくなったらどうなると思う? そんな面倒な悩み事を引き受けるって言う男が現れたんだ。利用しない手はねえだろう。――いいな、ドグ。手放した後、脅威がこちらを向かねえよう徹底的に監視しろ。何か怪しい行動があれば躊躇わず殺せ」
「ゼカリアって男と仲がいいようじゃあねえか。一般市民とつるむなんて珍しいことがあるもんだな、テレンス」
「ええと……はい。でも、なんでボスが知ってんですか?」
「お前さんの交友関係なんざ口を出すつもりはねえんだがな。そのお友達がうちの大事な脅威を引き抜こうとしてるなら話は別だ」
「……え?」
「前からそういう内容で接触はあったんだがな。ようやく結論を出した。――お前さんを手放す。今度、ゼカリアと正式に話をつけることにしたぞ。いいな」
「ま、待ってくださいよォ! な、なんでザックが? どういうこと……。だ、だって、それ、僕がセミチェルキオじゃ……」
「ああ。セミチェルキオから抜けてもらうぞ、テレンス」
「え、そんな、でも――。ボス、僕、嫌ですよォ。ボスの側に置いてくださいよォ!」
「馬鹿言え。お前さんの意見なんざ聞いちゃいねえんだ。これはもう俺が決めたことよ」
「だって、ボス! ……ボスがいねェと、僕、どうしたら」
「うちの可愛い可愛い愛するファミリーの一人をやるってんだ。無条件でやるわけにもいくまいよ。さあ、ゼカリア。お前さんは、本当にテレンスを救えると思ってんのか。覚悟があるならくれてやろうじゃあねえか。――ケン、契約書を持って来い」
「はい、ボス」
「そんなに怖い顔をするな、ゼカリア。なあに、難しいもんじゃあない」
「お持ちしましたぜ。――ゼカリア、サインをこちらへどうぞ。そして、血判を」
「テレンスは先に合意した。内容もきっちり理解させてある。――お前さんがここにサインをするなら、その瞬間からテレンスはお前さんのもんだ。テレンスを生かすも殺すも、ぶっ壊すも、お前さん次第だ」
「そんな……、こんなことをしたら、今と何も変わらないでしょう。契約だなんて」
「今更このことを無かったことにするつもりじゃああるまいな。それでも俺は構わねえが、その時はお前さんを殺して口を塞ぐ。死にたくなけりゃあ覚悟を決めな」
【セドリックの過去】




