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Heart Loser  作者: Nicola
52/125

52 Message

 ザックは目の前のドゥーガルに深く頭を下げた。

「――おめでとうございます。これからのセミチェルキオに幸運がありますように」

 顔を上げた先でドゥーガルが座っているのは、今まではセドリックが座っていた質の良い椅子だった。その彼の後ろにはケントが手を後ろにして立っている。

「これからもより良い付き合いが出来ることを願おう。ケン、例のものを」

「はい、ボス。すぐにお持ちします」

 昨日まではセドリックの側近として同じところに立っていた二人が一晩でころっと立場を分けているのはどこかおかしかった。

 ケントが軽い会釈をしてから出て行き、ザックは目だけを動かしてゆっくりと部屋を見渡す。部屋に置かれたものはセドリックの時と大差ないが、細々としたものはドゥーガルの私物に入れ替わっているようだ。

「……まさか昨日の今日でボスが変わっているとは思いませんでした」

 ぼそりとザックが呟くと、ドゥーガルはテーブルの上にある書面から視線を上げた。

「昨日呼び出した際に伝える予定だったが、あのようなことがあって流れてしまった。――テレンスの調子はどうだ。あの怪我では暫く動けないだろう」

 セミチェルキオのボスの座がセドリックからドゥーガルに移り、彼のボス然とした物言いはまだ違和感しかない。

「流石に元気とは……。ですが、よく喋っていて調子は悪くないようです」

 テリーがここへ来る前に涙を零していたことには触れない。

 彼の涙を見たのはいつぶりだったろうとザックは記憶を漁る。もう何年も見ていなかった彼の表情は、少し時間が経った今でも胸の奥がずくずくと疼かせる。

「この件はテリーに言っても?」

 セドリックがボスを退き、大事に育て上げたドゥーガルにその座を譲った。

 この事は放っておいてもいつかはテリーの耳に入る。町の裏側でひそひそと交わされる話題にもなるはずだ。

「テレンスには改めて知らせる場を設ける。ボスが変わったことは暫く口外無用だ。リネアへの挨拶もこちらが落ち着いてからになる」

 またテリーだけが除け者か、とザックは複雑に胸がよじれるのを感じながら「分かりました」と従順に頷いた。

「この後、セドリックさんに会う時間は頂けますか。テリーから伝言を預かっています」

「伝言なら私が聞こう」

 ドゥーガルの眼鏡の奥の瞳は冷たい。空気ごとザックを凍らせ、動けないようにするつもりなのではと疑うほどに。

「俺が受け取った伝言はセミチェルキオのボスへではなく、セドリックさんへのものです」

 凍りつく前にザックがなんとか口を動かす。これで無理なら大人しくドゥーガルへ言伝を頼むべきか、黙って持ち帰るべきか。どちらが正しい選択になるのだろうかと表情には出さずに悩む。

 ドゥーガルが何かを言うわけでもなく僅かに眉頭を動かすと、ちょうどケントが部屋に戻ってきた。ドゥーガルはケントが持ってきた封筒を受け取る。そして、何か決心するように一つ頷き、すくりと立ち上がった。

「――分かった。前ボスはこちらだ」

 妙に重量が増した空気は、ザックに悪寒を走らせた。



「どうして、こんな時に――!」

 服薬による、眠るような自害。

 病に侵され苦しんだ挙句に醜い最期を晒すくらいなら、とセドリックは自らの意思で毒を手に取り死の淵から飛び降りた。

 ドゥーガルとケントを含む少数の幹部に看取られて死んだという彼は、穏やかに目を閉じてベッドに横たわっていた。

「今日というこの日は以前から決まっていたことだ」

 ドゥーガルの淡々とした言葉は大きなナイフのようだった。静かに、深く、ザックに埋まっていく。

「どうして、今日なんですか――」

 あと一日遅ければ。

 伝えられない言葉が、出口を失ってザックの腹の中を蠢いていた。

「前ボスが唯一愛した方の命日だ。病が分かった時から、旅立つならこの日だと決めていたそうだ」

 愛した人。

 それはあまりに残酷な言葉だ、とザックは目の前から逃げるように小さく頭を振った。

 言葉を失ったザックに、ドゥーガルは先程ケントから受け取っていた封筒を差し出す。

「これも本来なら昨日の契約書と同じく渡す予定だったんだが。――配達を頼む」

 目の前の薄茶の封筒を見下ろし、ザックは手が出せなかった。封筒には宛先の名前だけが美しい字で書かれている。

「前ボスからテレンスへ宛てた物だ」

 ドゥーガルは硬直しているザックを急かすでもなく、彼が受け取るのをじっと待つ。

 暫くの空白を積み上げたザックは無い唾液を無理矢理飲み込んだ。封筒を受け取る手が震える。

 ドゥーガルはザックの手に封筒が渡ったことを確認するように小さく頷く。

「代金は先に手渡しておく。ケン」

「はい、ボス。……ゼカリア、これを」

 ケントから差し出された縦長の封筒は分厚い。ザックは中身を確認せず、それを後ろのポケットにねじ込んだ。

「伝言はどうする」

 ドゥーガルの冷たいナイフが引き抜かれ、ザックは腹を押さえた。血の代わりに寒気がそこから溢れ、小さく体を震わせる。

「――伝える相手がいません。だから、持ち帰ります」

 ザックの熱を失った言葉は、凍りついて足元へ落ちていった。


【伝えられない】

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