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Heart Loser  作者: Nicola
51/125

51 Present Location

 テリーはカーテンをきっちりと閉めた病室の中で薄く目を開いた。先程から左手で触っている、チェーンが通されたタグを眼前に持ち上げる。

 昨夜、寝る前にザックが渡してくれたそれはマーサからのプレゼントだった。誕生日に間に合った唯一のプレゼントで、タグには彼の名前と日付が彫られている。

 五年前の、冬の日付。

 日付に覚えはなかった。しかし、これが何かはおおよそ検討がついている。

 五年前の、ちょうど今頃の日付。

「んなもんどこでどうやって調べるんだか」

 五年前の、きっと、冬に入って初めての雪が降った日。

 テリーは自身の誕生日が刻まれたそれをぎゅっと拳の中に閉じ込めて目を伏せた。

 病院の安っぽいカーテンは柔らかい朝日を遮断しきらない。目を閉じている方が楽だからと彼は逃げるように顔を横へ向けた。光はいつでも瞳の奥へ突き刺さる。

 だから、太陽はきれェなの。

 そんなことを思いながら、拳を腹の上に置く。

「――マティ」

 口の中でそうっと呟いて、飲み込む。

 そして、その喉越しの悪さに緩くため息をついて首を振った。



「ええェ? もう帰んのォ」

 ザックは担当医からテリーの状態を説明された後、すぐに帰り支度を始めた。

「帰る。もう我が儘は聞かない」

 テリーは荷物の確認をしているザックの背中へ向けて唇を尖らせる。

「なァんでェ。僕がいねェと家にいても面白くねェだろォ。相手してよォ」

 おふざけも混ざった甘えた声に、ザックはひらひらと手の甲を振った。

「好きなだけ寝ていれば?」

 そして、ザックは気持ちを整えるために唇の内側を一瞬だけ噛んでから、口を開く。

「それに暇じゃない。――さっきドグさんから連絡があった。呼び出しに応じてくる」

 テリーが薄明るい病室の中、左手でベッドサイドテーブルを探ってサングラスをかけた。先程まで力の抜けていた口元がきゅっと固くなっている。

「昨日の話?」

 昨夜はお互い避けた話題だ。

「うん。――君が戦ったのは、ルースで間違いない?」

「間違ってねェけど……。てめェ、ほんっとォにいつから見てたの」

「見間違いだったら良かったのに。……君が刺されるところも見た。――君が追いかけ回されている間、俺は別件でセミチェルキオに呼び出されてたんだ。その途中で信号弾が見えて、あそこに駆けつけた。……ただ、助けには行かせてもらえなかった」

 ザックが俯いて拳を握っていた。

 テリーは少し考えてからザックを手招く。

「てめェが出てきても仕方ねェだろ。――それより、昨日も、今日も。僕は呼ばれてねェんだな」

「それは――」

 ザックが言葉を濁すので、テリーは右頬を緩く吊り上げて笑う。

「分かってんの。この間ん時、ボスん事に突っ込みすぎたんだろ。――てめェが僕をセミチェルキオから遠ざけてんのも、僕んこと思ってしてるんだって、ぜェんぶ、分かってんの」

 手招きに誘われたザックが横にある椅子へ座った。テリーが体を起こそうと左肘を立てたので、背中を支えてやる。

 痛みに顔を歪めながら、テリーはベッドの上に座った。

「だから、そんな顔すんな。嘘が下手なくせに誤魔化すんじゃねェよ、ボケ」

「……知ったら、もっと取り乱すと思ってた」

 ザックが沈むように笑う。

「取り乱していいなら、今すぐにでもボスんところへ走って行きてェよ。でも、そんなことしても意味がねェのも、僕は分かってる」

 ザックはテリーを事実から遠ざけていたことの方が彼を苦しめていたのだと気付き、小さく息をつく。その息を手で振り払ったテリーはザックの前へ垂れ下がっている長い髪を掴んだ。

「ボス、もうすぐ死ぬんだろ」

 髪を引かれ、ザックが体を前に傾けた。

「――それも、分かってたんだ」

「昨日のを見りゃァ馬鹿でも分かるだろ、ボケ」

 テリーはザックの髪から手を離した。真っ黒な水のように、髪がするりと流れ落ちる。

 少し体を離したザックがテリーのサングラスを外した。明るさに細められた金色の瞳が病室の白い空気を揺らしている。ザックはその煌めきを隠すように、彼の頭に手を添えて自身の肩に押し当てた。

「――ザック、ごめん」

「うん」

「僕、やっぱり、ボスんことばっか考えてんの。てめェが、いるのに。そのためのてめェなのに、僕は――」

 コートが強く握られる。ザックは目を伏せ、柔らかい髪を撫でた。

「もう、あんなことしねェから……」

「……うん」

「僕ん居場所はここだって、ちゃんと分かってるから――」

 テリーが頭を振ると、ザックの肩と髪がこすれて絡む。

「ボスに伝えろ。僕は、――僕は、ボスが思ってるより、ずっと」

 肩が震え、鼻をすする音が聞こえる。湿った空気がザックへ染みこんでいく。

「……ずっと、強くなりましたァって。ザックがいるから、大丈夫ですって。もう、あんなことしませんって。――絶対に、伝えろよ。ザック」

「うん」

 頷いたザックがそうっとテリーを引き剥がした。濡れた頬の傷を親指でそっとなぞる。

「本当に、俺でいい?」

「バァカ。てめェ以外に、僕の相棒が務まるかよ」

 テリーはぐしゃぐしゃになった顔で無理矢理笑って、傷を撫でるザックを止めるように手首をしっかりと握った。

「……俺じゃ駄目なんじゃないかって、ずっと思ってた」

「てめェがそう思って悩んでたことも、僕はずっと知ってた。知ってて、てめェが嫌ェなことも言ってきたんだぜ。――僕んこと、嫌んなったァ? 相棒ちゃん」

 ザックは自由なもう片手でテリーの額を中指で弾いた。

「嫌になんてならない。一緒にいることを選んだのは、俺だ」

 テリーがザックから手を離し、額を押さえた。

「……怪我人に酷いことするんじゃねェよ、くそったれ」

「随分元気な怪我人だ」

 二人が顔を見合わせて笑う。

 ザックは最後にもう一度だけテリーの傷に触れてから立ち上がった。そしてズボンの後ろポケットから一枚の紙を取り出し、ベッドサイドテーブルにある花瓶の下へ置く。

「用事を終わらせたらまた来る。――これはセドリックさんからのプレゼントだ。覚悟が出来たら読んで」

 テリーが再びサングラスをかけ、花瓶の方を見た。

「じゃァ、てめェが戻るまで待っててやる。だからさっさと行ってとっとと帰ってこい」

 ザックを追い払うように手を振ったテリーは右頬を吊り上げて笑った。


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