50 Patient's Room
もうすぐ面会時間が終わる。
それに気付いたザックはため息をついた。病室の壁掛け時計を見上げたまま目を細める。食べ損ねた昼食だけでなく時間があった夕食も摂る気にならず、テリーの隣にぼんやりと座り続けてかなりの時間が経過していた。
そのテリーは未だに目を覚まさない。普段は寝相が酷く、シーツをぐしゃぐしゃにしてしまう彼も今は大人しいものだった。仰向けでじっと目を閉じている。
ザックはすることもなく考え事もし飽きて、テリーの手をそっと取った。なんとなく脈を計り、安定したそれに意味もない安心をする。落ち着いた寝顔を見ていると、マーサが言った言葉が頭の中でぷくりと沸いた。
「特別、か」
その特別はあの忌々しい契約の産物なのではないかと、ザックは再びため息をついた。胃が重たくなり、ますます食欲がなくなっていく。
「ああ……。もう、全部嫌になってきた……」
「……何がァ?」
「だって、今日のことも元はといえば俺のせ、い――って」
ザックは何も考えずに返答し、驚いて顔を上げた。テリーの眉がぎゅっと寄っている。
「テ、テリー?」
「眩しいから電気消してェ……。あとォ、ため息多すぎィ」
大きなあくびをしようとしたテリーが「いてて……」と顔を歪めた。ザックが病室の明かりを消したのに合わせ、薄く目を開いて匂いを嗅いだ。
「……病院?」
「うん、病院。何があったか覚えてない?」
テリーは暗くなった病室で何度か瞬きをし、唇を尖らせた。
「――ハートルーザー、ぶっ殺し損ねたァ。……誰かとどめさしたァ?」
「逃げられた。それより、君が心配するのはそこ? 君がぶっ殺されそうだったのに」
ザックが呆れた息をつくと、テリーは「うるっせェ」とかさかさに乾いた声で笑う。
「……なんだか、ご機嫌? もっと機嫌が悪くなると思ってた」
「死なずに済んだし僕は万々歳。――ボスにも会えたしィ」
ザックは眉頭を寄せ、椅子から立ち上がる。
「正直な感想を言うと、死にそうなのに気絶したままにやついてて気色悪かった」
「うるっせェ。ご褒美貰えて嬉しかったのォ。――って、なんでてめェが知ってんだよ」
テリーが驚いた様子で体を起こそうとし、起き上がれずに顔を歪めた。
ザックは「大人しく寝ていて」と肩の力を抜き、もう一度壁掛け時計へ目を向ける。
「俺も近くにいた。……だけど、君はセドリックさんに夢中だった」
「へェ? ――ザックゥ、んな顔すんなよォ」
医師を呼ぶために病室を出ようとしたザックが顔だけで振り返った。
「見えないだろ」
「見えねェけど、想像はつくぜ」
音もなく笑ったテリーが動く左手でザックを手招く。ザックはそれを無視して廊下にいた看護師へ声をかけた。
テリーは扉の向こう側が少し慌てるのを聞きながら目を細める。
「ザックゥ、ボスに言われたんだけどォ」
「うん?」
ザックが明かりをつけようとスイッチに手をかけると、テリーは目を閉じた。
「僕に与える罰、考えとけよ」
「……どうして?」
「僕はてめェのためじゃなくてボスんために命を使おうとした。契約違反だろォ?」
ぱちりと明かりがつく。
ザックは先程テリーが伸ばしていた左手を自ら取って、椅子に座った。
「じゃあ、罰としてさ」
「ん」
「――せっかく作ったケーキがまるまる残ってるんだ。だから、食べてくれない?」
テリーは理解し損ねて「あァ?」と声を漏らす。そして、すぐに右頬を上げて「バッカじゃねェの、くそったれ」と笑って、ザックの手を握り返した。
「リョーカイ。お前が満足するまで、いっくらでも食ってやるよ」
「ザックゥ、ほんとに帰んのォ?」
「帰る。面会時間がとっくに過ぎてる」
起きたテリーの簡単な診察が終わり、ザックは帰る用意をしていた。テリーは不服そうに口をへの字に結び、背中のクッションの位置が悪いのか時折体を動かしては眉を寄せている。
「そんな顔しないで。明日も来るし」
「それまで暇じゃねェかよォ。なァ、一緒にいてェ?」
「子供みたいなことを言わないで」
呆れたようにザックがため息と言葉を混ぜると、テリーは左手を伸ばしてザックが着たコートの端を掴んだ。
「てめェには子供扱いされたっていいのォ。なァ、ザック。おねがァい」
ザックがテリーの手を振り払う。テリーの口角が更に下がった。
「てめェにしかこんなこと言わねェんだから、これくれェの我が儘聞けよ、ボケ」
「――それ、人に頼む態度じゃないだろ」
ザックの声のトーンが変わったことに気付き、テリーは表情を緩めた。
「うるっせェ。てめェがいねェなら誰が僕を悪夢から起こすんだよ、バァカ」
わざとらしく大きなため息をついたザックがコートを脱ぐ。その音を聞いたテリーが指先に触れてきた。しかし、彼が指を握ってくる前に手を逃がす。
「今夜くれェは今日のこと忘れて眠ってもいいだろォ? 誕生日の終わりくれェいい気分にさせてくれよォ」
「……宿泊の許可を貰ってくる。駄目だったら諦めて」
ザックはテリーの背中に手を添え、ゆっくりとベッドへ寝かせる。
「諦めねェ」
大人しく仰向けになったテリーが笑うので、ザックは本日最後のため息をついてから笑い返した。
【病室】




