5 Feign Anger
ザックがテリーから紙袋の一つを受け取り、中身を取り出した。
テリーがその場から下がり、閉めた玄関扉にもたれかかって腕を組む。俯いているためワークキャップのつばで表情が隠れていた。
「ごめん、こっちの都合で密閉出来るものに入れ替えたんだ」
紙袋の中から出てきたものは、安っぽい包装紙で包まれていた。ザックはそれを背の高いテーブルの真ん中に置く。
ジャンが包装紙を破ると、蓋が硬く締められたガラス瓶が出てきた。中身は鋼色をした小さな粒がぎっしりと詰まっている。
「中身と量を確認してもらえる?」
昨夜ザックが受け取った際は二重の紙袋に入っていただけだ。匂いが漏れないよう容器が移されたそれは薄暗い部屋の中でぽつりと静かに蓋が開くのを待っている。
「ああ、ああ、構わねえさ。こんなもんを丸裸で運ばれた方が怖いもんよ」
ジャンが瓶の蓋に手を掛け、ちらりとテリーの方へ視線を向けた。表情はワークキャップやサングラスのせいで分からないが、特に反応はない。
「テリー。外で待ってて」
ザックがジャンの視線に言葉を添える。
「やァだ」
しかし、テリーはぴくりとも動かず、即座に拒否の意思を表した。
ザックはもう一度同じことは言わず、ジャンには先を促すように手を振った。
ジャンはそれを確認してから手に力を込める。蓋が緩み、瓶の中から独特な苦さと甘さが混ざった匂いが滲み出た。
「――あァ、いい匂い」
テリーが鼻で笑うのでジャンがそちらを見た。いつの間にか顔を上げていた彼は口調の軽さとは裏腹に、口元に強く力を込めていた。
何かを堪えているような彼の表情に、ジャンは背筋に冷たい風が通り抜けるのを感じて慌てて目の前のガラス瓶に集中した。中の粒を一摘み、手にとって深く匂いを嗅ぐ。
「――ああ。こりゃあ焼かなくたって分かる。上物だ。……あとは量か。秤、取ってくるよ」
「分かった。よろしく」
ジャンが手の平のものをガラス瓶に戻し、ザックとテリーを置いて奥の方へ姿を消す。
彼がいなくなったのを確認したザックが心配そうにテリーを見やると、テリーは右手で口と鼻を覆っていた。何度か強引に唾液を飲み込んでいるのが分かる。
「外で待っていたら」
「……なんで」
ザックが改めて提案するが、テリーはゆるゆると頭を振る。
「匂い、きついんだろ。俺でも鼻につくんだ。君には辛いんじゃないかと思って」
「うるっせェ……! この程度!」
テリーがワークキャップのつばを深く下げた。そのままザックから逃げるように俯く。
頑なに場所を動かないテリーに、ザックは困ったように眉尻を下げた。口元を優しくほぐしながら、数歩の距離を詰める。
「――テリー。今、何が聞こえてる?」
影のようなしっとりした静かな声に、テリーがきっと顔を上げた。何か怒鳴ろうとして口を開くが、言葉が出てこずにすぐに閉じる。再び口が開き、閉じる。
何度か唇を震わせたテリーは忙しなくまた顔を伏せ、顔の傷を強くなぞった。
「テリー」
「――てめェに分かるかよッ!」
ザックは突き飛ばされ、後ろによろめいた。テリーのサングラスと目が合う。
テリーは何かを追い払うように頭を左右に振り、右手で右耳を塞いで口元を苦しそうに歪めた。
「外で待っててやる!」
ザックが何かを言う間もなく、テリーはもう一つの紙袋を彼に押し付け、身を翻して扉から出て行ってしまった。
ジャンから配達料を受け取ったザックが外に出ると、少し離れた塀にテリーがもたれかかって立っていた。仏頂面をぶら下げ、不機嫌そうに腕を組んでいる。
その彼の足元には鼻血を出して仰向けになった男と、カエルが潰れたような格好で俯せになった男が一人ずつ転がっていた。
「……随分騒がしいとは思った」
「僕が売った喧嘩じゃねェ」
テリーの声は普段より低く、指先には力がこもって腕をぎゅっと締め付けている。
ザックは一つだけ優しい息を吐き、テリーの目の前に立ち塞がるように立った。紙幣が入った封筒から何枚かを抜いてテリーに手渡す。テリーはそれを受け取り、ズボンの後ろポケットへ紙屑でも入れるような乱暴な手つきで押し込んだ。
「相手が悪いのは分かった。だけど、血が飛ぶほど殴らなくたっていいだろ」
ザックが封筒を半分に折り畳んで腰にぶら下がったウエストポーチに入れ、ハンカチを取り出した。
「血ィ出すやつが悪ィのォ。僕は悪くねェ」
屁理屈をこねるテリーのサングラスを外すと、テリーは目を閉じた。ザックはレンズに散った血をハンカチで拭い、そのまま同じハンカチでテリーの顔に散った血も強く拭う。
「まったくもう……。大丈夫? 少し落ち着いた?」
むすっとしたまま表情が変わらないテリーに、ザックがサングラスを戻す。
苛々と落ち着かない様子のテリーが熱い息を吐き、人差し指でザックの脇腹を二度つついた。
ザックはちらりとその指に視線を落とし、すぐにテリーのワークキャップに視線を移す。テリーにもう一つの荷を押し付け、彼を逃すまいと壁に手を突いた。反対の手でワークキャップのつばを上げさせ、彼を睨め下ろす。サングラスと顔の隙間から覗く彼の長い睫毛は下を向いていて、ザックから視線を外している。
ザックは壁に体重をかけて体を前へ傾け、もう一方の手でテリーの耳にぶら下がった長いピアスを掴んで引っ張った。引っ張られるがままに彼が顔を傾け、近づいた耳元にザックが低く囁く。
「俺の忠告を聞かないのは勝手だ。だけど、俺の心配を無駄にするな」
氷柱のように冷たく尖った声に、テリーが舌打ちを返す。
「それが君を案じる俺にする態度か?」
ザックがピアスから手を離し、ぐいとテリーの顎を上げさせる。灰色の瞳と金色の瞳がかち合い、火打ち石を叩くような音がした。
「家に縛り付けられて、大人しくお留守番でもしていたいか?」
火花が散り、テリーが先に視線を外した。ザックは背を伸ばし、じろりとテリーを見下ろす。
「君を連れ歩いてやる俺のことも考えろ。分かったな」
テリーが口の端を僅かに歪めて笑むので、ザックは更に半歩詰め寄った。殆ど触れ合うような距離にテリーが唾を飲む。
「――テリー。返事は? もちろんいい返事しかないな?」
テリーはザックが腹に押し当ててきた冷たい感触に、笑みを完全なものにして震えるように頷いた。
「ん……分かった。――あァ、超絶気分いい……。ゾクゾクする……」
どこか恍惚としたものを表情に浮かべたテリーを、ザックは嫌がるように顔をしかめた。ふるふると頭を振ってテリーから離れ、抜いていた愛銃ベレッタを腰のホルスターへ戻す。
「やめて。気持ち悪い」
先程までの冷たい空気をどこへ投げ捨てたのか、ザックは普段通りの軽い声に渋みを混ぜた。テリーのワークキャップを脱がせ、露わになった額に中指を弾いて当てる。ニヤニヤと笑ったまま「痛ェ」と呟く彼の顔を隠すようにワークキャップを強く被せ、つばを下げた。そのつばをとんとんとつついてから歩き出すと、テリーがつばを上げてからそれに続く。
「相変わらず……。怒られたがるなんてどうかしてる」
「別にそういうんじゃねェよ、ボケ。――あァ、でも。さっきのはかなり効いたなァ。すっげェすっきりした」
テリーがけらけらと笑うので、ザックは少し後ろを歩く彼を見下ろして苦笑した。
「もう……。怒る俺の身にもなってくれない?」
「ええェ? やァだ。――ねェ、もォっと怒ってェ、ザックゥ」
ふざけた口調になったテリーにザックは小さく吹き出す。
「気持ち悪い」
ザックがテリーを肘で小突くと、テリーは同じことをやり返した。
【怒り】




