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Heart Loser  作者: Nicola
47/125

47 Handholding

 部屋へ戻ったドゥーガルがザックに手渡したのは二枚の紙だった。

「契約書……?」

 一枚目はザックとテリー、そしてセドリックが交わした今も有効な契約書の写しだ。内容は嫌でも覚えているためすぐ後ろに回し、同じ形式で文字が並ぶ二枚目に目を通す。

 文字を二度、三度と繰り返して追いかける。手元に力が入り、紙が歪んだ。

「俺はこれ以上、耄碌もうろくしちまう前にサインをしたぜ。血判も見た通りだ。持って帰って相

棒とどうするか話し合いな。なんなら見せずに燃やしちまっても構わねえよ」

「こんなもの……!」

 ザックが混乱で上ずった声を出して立ち上がると、荒っぽいノックが割って入った。

 入室の許可と同時に入ってきたケントは大股でセドリックの元へ進んだ。

「ボス。エリアロメオの武器庫にて交戦中。敵はハートルーザー。相手をしてるのは」

 ケントがちらりとザックを見た。ザックの背筋にぞっと冷気が駆け上がる。

「相手は、テレンス」

 はっきり出てきた名前に、ザックの足が椅子にぶつかって音を立てた。そのまま踵を返して外へ向かおうとした彼の目の前に、扉にいた青年が立ち塞がる。

「おっと。コード、座っていただいて」

 ケントがそう言うと青年は「はい」とザックの腕を掴んで椅子に戻した。強引に座らされたザックの背中にごつりと銃口が押し当てられる。

「ゼカリア、ハートルーザーはテレンスが狙いみたいなんだけども、心当たりは?」

 ザックが首を振るとケントは小さく頷いた。

「ボス、今はテレンスが相手をしていますが、どこまで持つか。すでに何人かのウォリアーが殺されています」

 背筋が凍る報告にザックの表情も凍りつく。もどかしく身じろぎをすると、青年がぐっと銃を押し付けた。

 ケントが呆れた目を向けてくる。

「……お前が行ってどうなるの。ノーマルが出ても無駄死にするだけよ」

「だからって、こんなところで――」

 ザックの強張った表情を見ながら、セドリックは鼻を鳴らした。

「ドグ、指揮を取れ。ケン、ドグのサポートをしろ。――セミチェルキオを荒らせばどうなるか、思い知らせてやれ」

 側近二人の「はい、ボス」が綺麗に重なる。

 セドリックがゆっくりとベッドから足を下ろし、ドゥーガルの介助で近くの車椅子に腰掛けた。彼が手を振るとケントが内ポケットから葉巻を出して手渡すので、火をつけずに咥える。

「ザック、ケンの言うとおりよ。お前さんが行っても意味のねえ無駄な死だ。お前さんまで死にゃあ坊主を愛するやつがいなくなる」

 ドゥーガルがハンドサインを出すと、青年が銃口をザックから離した。そして、青年が車椅子を押してザックの前までセドリックを連れてくる。

「もし、その愛すべき相棒が死んだら――それこそ、俺の意味がなくなります」

 声を震わせたザックを笑いとばし、セドリックは皺くちゃな口をにやりと歪めた。

「はッ! そうならねえよう俺が最期の大仕事をしてやろうってんだ。セミチェルキオで馬鹿をするやつを、この俺がのんびりとベッドで静観してるわけにゃあいくまいよ」

 病に臥してなお、滲み出るセドリックの気迫にザックは唾を飲む。その視線の端、窓の向こうで二発目の信号弾が上がった。



 テリーが折れた右腕をぶら下げながら、ルースの首へ体重をかける。喉を詰まらせたルースは何度も彼の左腕を引っかくが、腕はぴくりとも動かない。

「怖えもんだな……」

 ロドニーが女の構成員の肩を借りて下がっている時に、気付く。腹をぐっと押さえて叫んだ。

「テレンス! 後ろだッ!」

 ルースが気絶寸前で振り絞った影が、彼女のコートから零れたナイフを掴んでいた。鋭い刃がテリーに狙いを定めている。

 ロドニーの声にはっとしたテリーが左手を緩め、後ろを振り返った。

「あ」

 影が振り下ろしたナイフはいとも簡単にテリーの背中に深く埋まった。テリーが痛みに声をあげる代わりに、ごぽりと口から血を溢れさせた。

「ハ、ハハ、アハハハ……! も、いいヨ。アル……アルのことなんて気にしてたら、ゲホ、俺様が死んじゃうヨ……! オマエなんてもオいらない。死んじゃえ、死んじゃえ――!」

 ルースが真っ青な顔で咳き込みながら、力の抜けたテリーを押しのけた。

 テリーが右側へ崩れる。右腕で支えることも出来ず、彼はそのまま地面に倒れ込んだ。

 ロドニーが彼の名前を呼び、肩を貸していた女がすぐさま銃を抜いた。しかし、のったりと動く影のせいで弾丸は届かない。

 ルースは息を必死に繰り返しながら、ゆたりと立ち上がる。

「アハハ、そオだヨ……。ノーマルなんかに、俺様が、やられるわけないんだヨ」

 ようやく駆けつけてきた救援部隊をいちいち気にする余裕も無いのか、ルースはテリーに刺さったナイフを影に抜かせてそれを両手で握った。

 倒れた際にサングラスが落ちたテリーは痛みと眩しさに顔を歪めながらルースを睨み上げた。冬の月のような冷たく鋭い金色に射抜かれ、ルースの肌が粟立つ。

 テリーが血を吐き出しながらも、震える左腕だけでどうにか体を起こそうと足掻く。

 その背中に目掛け、ルースはナイフを振り下ろす。

「――そこまでだ」

 そのルースの手を止めたのは彼女自身の影だった。はっとした彼女が声の方へ目を向ける。

「ドグ、に、い……?」

 目を細めながらテリーが呻く。

 全力で駆けてきたのか、肩で息をしたドゥーガルは救援部隊を割って立っていた。眼鏡の位置を正した彼の左袖は破り捨てられている。その顕になった左上腕に覗くのはゲートだ。彼の影がルースの影を支配して力を込めると、彼女の手からナイフが落ちた。

 ドゥーガルが荒くなった息とは正反対に冷え切った目で、右手を上げる。周囲が一斉に銃を構えた。

ルースの目がまんまるに見開かれる。

「撃ち殺せ」

 彼が振り下ろした手を合図に、何十発の銃声が一度に響いた。

 ドゥーガルに影を支配されたルースは硬直した影の隙間をぬった銃弾に、血と悲鳴を勢い良く吐き出した。あまりの衝撃に彼女の影がぐしゃりと崩れてゲートの中へ戻る。

しかし、それ以上の銃弾は彼女に当たることはなかった。彼女を守るように新たに影が出現したからだ。ドゥーガルの影が支配に入る余裕もない、しっかりとした影だ。

「新手か。――見つけ出せ」

 ドゥーガルが手を振りながら指示を出すと、少し離れたところの構成員が動き出す。それを視認してから倒れているテリーを見た。ナイフが抜かれたため出血が酷い。

 テリーは体を動かそうともがいているが、血が地面を赤く染めるだけだ。

「テレンス! 動くな!」

「だって、殺さ、ねェと――。ボス、が――」

 ドゥーガルが操る憂いの影は他人の影を支配下におけるが、影自体の力は殆どない。他に力のあるハートルーザーに指示を出そうと周囲を見渡す。

 その時、声が飛んだ。

「坊主! いいからじっとしていろ!」

 セドリックのかすれた声は、テリーの耳にしっかりと届いた。目を閉じたテリーが顔だけをそちらに向ける。

「ボス――! 殺さねェと。僕が、こいつ、殺さねェと、ボスが――」

 テリーが左腕だけで上半身を持ち上げた。真っ青な顔と虚ろな声に、セドリックが顔をしかめる。セドリックの手の甲から落ちた影がテリーの首根っこを掴み、ずるずるとルースから離す。

 そのルースを守っていた影が動いた。彼女を包み込んだ球状の影が細い足のような影を伸ばし、球体をぐんと上に掲げた。すぐ近くの屋上へ球体が着地すると、その隣には小柄な人影があった。その姿もすぐに影に取り込まれて見えなくなる。

 指示を受けていた構成員たちがその影に向けて発砲するが影にはひび一つ入らない。影が球体に再び足を生やし、この場を離れていく。

 セドリックはドゥーガルが指示を飛ばすのを聞きながら、足元まで引きずってきたテリーに手を伸ばした。

 息も絶え絶えなテリーがその手を掴もうと必死に体を起こす。

「ボ、ス。逃げて、くださ――。あいつが、ボス、殺すって。僕が、殺さねェと――」

 テリーの口から溢れる血が、セドリックの膝を汚す。

「僕、まだ、戦え、ますか、らァ――」

 まともに動けないテリーをセドリックは優しく撫でた。膝に突っ伏している彼の左手が力なく震え、掴みかかっていたセドリックの手から離れる。

「テレンス、もういい。あのハートルーザーは逃げ去った」

 セドリックが背を曲げ、両手でテリーの顔を支えた。

「ようく頑張った。嬉しいもんだ。――ご褒美をやらねえとな」

 セドリックの皺くちゃの指がテリーの長い前髪を分ける。

「テレンス、愛してるぜ」

 そして、彼はその汚れた額に軽く口付けた。

「……あァ、ボス――」

 セドリックが手を離すと、溶けるように笑ったテリーが地面に沈む。周囲の手当てをしていた女の構成員がセドリックの目配せでテリーの止血を始める。

「テレンス、後でちゃあんとザックから罰を受けろ。俺はお前さんのボスじゃあねえ。お前さんのボスはザックだ。お前さんがあいつを守らねえでどうする」

 セドリックの声が聞こえているのかいないのか、テリーは幸せそうに呟く。

「ボス……。やっと、会えたァ……。ずっと、ずっと、会いたかったん、ですよォ――」

「悪かったな、坊主。こうなる前にさよならくらい言ってやりゃあ良かったんだが……。言った時にお前さんがどうなるかを考えるとどうしても伝えられなくてな」

 球体の影が完全にセミチェルキオから離れて見えなくなった、とドゥーガルの耳に入った。それを受けて彼は白の信号弾を打ち上げる。

「テレンス、お別れだ。――次に会うのはお互い死んでからだぜ」

 事態が収まったことを示す白の煙に、離れた場所で待機させられていたザックが走り込んできた。悲鳴のような声でテリーの名前を何度も呼ぶ。

 しかし、すでに意識を失ったテリーは彼の声に反応することも、手を握り返すこともなかった。


【差し出した手】

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