45 Blood And Guts
濃い血の匂いに、テリーは思わず右手で鼻と口を覆った。遮断出来ない生臭さを肺一杯に詰め込む。
ルースの影が血を払うため、水浴びをした犬のように震えた。
散った血がテリーにべちゃりと飛ぶ。彼はサングラスに付いた飛沫を拭いもせず、ワークキャップのつばを深く下げた。
ロドニーはその隙に転がるように外へ脱出し、外で「来るな!」と大声を張り上げていた。
「アハハハハ! 本当の話をする気になったア? オマエが死んだらアルのことは聞けない! だケド、周りが幾ら死のうがアルのことは聞ける! アハハハ!」
ルースの高笑いを聞きながら、テリーは左手にぶら下げていた散弾銃を右手に持ち替えた。惨憺たる死体から溢れる血を踏み、前へ進む。
「怒ったかナ? アハハ、だケド、ノーマルが怒ったって怖くないヨ! ねエ、テレンス! 次は外も潰してあげるヨ! ――アルが死んだって本当? 答えろヨ!」
「知らねェっつってんだろ」
誰かの内蔵を踏み潰したテリーが立ち止まった。ルースが苛立ったように口を歪め、高笑いを止める。
「何、それ。俺様、本当にやっちゃうヨ」
「へェ。やれば?」
直後に外から響いた悲鳴を背中に浴びながら、テリーはルースに距離を詰める。
ルースがじりと半歩下がった。黒い影を剥がした窓から外を見ると、影が血に染まっているのが見える。凄惨な状態なのは一目瞭然だが、テリーは動じない。
「……オマエ、狂ってんノ?」
「うるっせェ」
質問と同時、テリーが彼女に飛びかかった。左の拳を振りかぶり、突き出す。ルースの両手が難なく受け止めたが、テリーは身を引かなかった。両手が塞がった彼女に右手の銃を向け、間髪を入れず引き金を引く。
ルースは自身の影の遅さを呪いながら、銃の衝撃で後ろへ吹っ飛んだ。銃弾自体は薄っぺらな影でなんとか防いだが、衝撃を受け止められるほど分厚い壁を作る時間はなかった。強く背中を打ったルースが唾を吐いて顔を上げると、その頭にテリーが狙いをつけていた。
テリーが引き金を引く。
「何人かはまだ助かるぜ。救援信号出せばァ?」
「あー……。おう、テレンス、か」
「悪ィ。巻き込んだ。――殺し損ねたけど暫くは起き上がれねェぜ、たぶん」
外で起きた惨劇の中、ロドニーは運良く影から逃げ切ったらしい。腹からの出血で顔色は悪いが、壁にもたれて座りしっかりとテリーを見返してくる。
「……こんだけ人が死んでんのに、あっさりしたもんだな……。怖えやつだ」
「褒めても何も出ねェぜ」
顔に付いた血を拭ったテリーはちらと後ろを振り返った。
ルースは眼前で放たれた散弾からかろうじて薄皮のような影で身を守ったが、衝撃に頭を揺らされた。意識がひっくり返る前に影に指示を出したようで、彼女は自身を影で包んで動く様子はない。
彼女が揺れた脳から復活し、再び影を自在に操り始めるより早くこの場を去らなければ危険である。
テリーは逃げる道順を考えながらロドニーにひらりと手を振った。
「じゃ、ボスによろしく」
「……あんたが馬鹿騒ぎしてたって言っておいてやる」
ロドニーはテリーが駆けて行くのを見送り、信号弾の色を確認してから空へ撃った。腹を強く押さえ、壁に背を預けながらどうにか立ち上がる。
「ティカエ、無事な野郎の手当てを――くそ! テレンスもやべえ置き土産しやがって」
「ロッド!」
駆け寄って来ようとした女の構成員を追い払うように手を振って別の指示を出し、目の前を睨みつけた。
「……テレンス、どこ行ったんだヨ」
頭を押さえたルースがふらつきながら室内から出てくる。予想以上に早い彼女のお出ましに、ロドニーの顔が強張った。テリーがいてこの惨害だ。彼らだけでどうにか出来る相手ではない。
「テレンスは! どこに行った! 答えろヨ!」
ロドニーは絶体絶命とも思える状況で苦笑する。
「知らねえな。……姉ちゃん諦めな。テレンスは俺らを幾ら殺そうが動じねえよ。あいつが心底大事にしてんのはボスくれえだ」
元の仲間が何人死のうが動じず、平気な顔をして見捨てて逃げる。
そんなテリーを呪うように思い浮かべながらロドニーは唇を引きつらせた。
「ボス? アア、なんだっけナ……あー! そオだ! セドリック! そオだヨ! ソイツを殺せばイイんだ! そしたらテレンスだって黙ってられないヨネ!」
ルースが哄笑しロドニーに詰めた。
「そのボスってどこ? 答えろヨ」
「姉ちゃん。あんたは今、一番言っちゃいけねえ言葉を吐いたぞ」
ロドニーが賭けに勝ったようにほくそ笑む。
それに合わせたかのように、頭上を逃走経路にしていたテリーが近くの屋根へ移り、こちらに飛び降りてきた。
突然の再登場にルースの反応が遅れる。そのルースへ、テリーは着地と同時に引き金を引いた。散弾の幾つかがルースの胴を抉る。氷のように冷たい空気をまとって登場した彼は、邪魔になると判断したマフラーを外して投げ捨てる。
「付き合いが長えと逃走ルートくらい検討がつく! 利用させてもらうぞ、テレンス!」
テリーは無言でロドニーへ中指を立てた甲を見せる。
セドリックの名前が聞こえては逃げられないのが彼だ。
「な――んだヨ! 逃げたのかと思ったア!」
ルースが腹の傷を押さえ、足元に作った影を動かしてテリーから離れる。
「さっきと反応が全然違うネ! アハハハ! セドリックってヤツがオマエの弱点だ? アハハ! ソイツを殺されたくなかったら大人しく答えろヨ!」
テリーは撃ちきった銃をルースへ投げつける。それを影で払ったルースが彼を迎え撃つために手の形をした大きな影を二本、自身の真横に作り上げた。
「アハハハハハハハハ! 面白くなってきたア! 踊れヨ、テレンス!」
「誰がァ――ボスをォ――殺す、だってェ?」
影がテリーの右腕を掴んだ。
テリーは右腕強く絞り上げられるが、僅かに顔を歪めただけでそれ以上の反応をしなかった。反対の手でルースの髪を引っ掴み、強引に彼女の頭を下げさせて膝を打ち込む。
「ぶ、へッ――! 今、腕! 腕、折ったはずじゃ――!」
「あ? 腕がなんだってェ?」
警戒の強かった先程とは異なって、影の範囲内でも平気に飛び込んだテリーは歯が折れたルースの顔を蹴り上げた。
「んなもん、お前をぶっ殺せるなら必要ねェ」
顎が上がったルースの肺を潰すつもりで更に蹴りを加える。
壁に激突したルースが一瞬意識を飛ばすと、立ち上がっていた影がびしゃりと地面へ崩れて消えた。
「僕の強さを教えてやらァ」
激しく咳き込みながら崩れ落ちるルースの髪を掴み直し、振り子のようにして後頭部を壁にぶつける。彼女の口から散った血が顔に飛ぶが、彼は気にせず彼女に目線を合わせてしゃがみ込む。だらりと右腕を垂らしたまま、口元に笑みを浮かべた。
「僕は僕のために動いてねェの。僕はボスのためになら僕の全部を差し出せる」
「ハ……!? 意味分かんな……! くそ、くそ! 俺様が、なんで、こんな――!」
「僕の強さは、死ぬ恐怖がねェこと。――で? お前は死ぬのが怖ェ? 答えろよ」
ルースの細い首を左手で掴んだテリーはそのまま彼女を地面にねじ伏せ、体重をかけて締めにかかった。
【脅威】




