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Heart Loser  作者: Nicola
43/125

43 Chasing

「ザックさんのケーキ美味しいんですよね。兄さんと仲良くて良かったです」

「あァ? お前が絡まれてんのを僕がどんだけ助けてやったと思ってんだ、ボケ」

「それはそれ、これはこれです。あはは、兄さん怒んないでくださいよ」

 肩を小突かれたハロルドが笑うと、テリーも同じように笑う。

 まず武器屋のハロルドを誘ったテリーは、その足でマーサがいるズワルト孤児院へ向かっていた。

「ねえ、マーサとは最近どうなんです?」

「どうってェ? べっつにィ」

 マーサと同じ学校へ通っていたハロルドはにやにやと笑いながらテリーを覗き込んだ。長身のハロルドがテリーを覗くと背中が曲がる。その背中をテリーはばしんと一つ叩いて足を早めた。ハロルドもそれについて行く。

「なんです? 照れました?」

「――ハル」

 テリーが口元を覆っているマフラーを下げ、前を向いたまま小さく口を動かす。

「振り返るなよ。変なのにつけられてる。お前はこのままマティんところに行け。んで、家まで行ってザックに心配すんなって伝えろ。僕は昼飯までに片をつけて戻る」

 思わず振り返りかけたハロルドがなんとか堪え、眉を寄せる。

「誰です?」

「さァな。――次ん角を右に曲がれ」

「はい。……兄さん、誰かに声かけてきましょうか。セミチェルキオもここから近いし」

 ハロルドの心配そうな声を弾き返すようにテリーが鼻を鳴らした。

「バァカ。僕はもうセミチェルキオの人間じゃねェ。――行け」

「……じゃあまた後で」

「おう」

 ふらりと離れたハロルドが角を曲がったのを確認し、テリーは走り出した。後ろの気配が自分についてくる。ちらりと振り返ると、はっきりは見えないものの誰かが後を追ってきたのが分かった。

 テリーは少し先へ進んでからハロルドとは反対の方向へ曲がる。

そのまま速度を落とさず何度か角を曲がって、到着した空き地の真ん中で足を止めた。この間空き家を壊したとかで瓦礫だらけになったそこに立ち、息を落ち着かせながら振り返る。

 熱がこもるマフラーを緩く巻き直す。ワークキャップを深く被り、サングラスの位置を正した。ブーツの感触を確かめるように瓦礫をじゃぎじゃぎと踏みつける。

「よう。追いかけっこは終わりにしようぜ。――お前、誰だ」

 現れた姿は距離が離れているため、テリーにはよく見えない。姿では誰かが判別できず、匂いも届かない。

「アハハ! 名乗る時は自分からって習わなかったのかヨ! ま、俺様はオマエを知ってるんだケドネ!」

 高い声で笑う誰かに、テリーは不快感を露わにして眉を寄せた。声も記憶に結びつかない。声質から女であることは分かるが、それ以上でも以下でもない。

「は! 僕はお前を知らねェっつってんだよ! とっとと答えろ、ボケ!」

「アハハ! テレンス――テレンス! いいネ、オマエみたいなヤツと相対すんのは久しぶりで鳥肌が立つ! アハハ、寒いからかナ? 嬉しいからかナ! そんなに怖い顔しないで、テレンス! 俺様はルース! ちょーっと聞きたいことがあるんだ、ヨッ!」

 ルースと名乗った女が一気に間合いを詰めた。テリーは即座に下がって距離を取るが彼女が更に詰めてくる方が早い。彼女が放った軽い拳を受け止め、そのまま腕を引き込んで相手の勢いを利用して地面へぶん投げる。

「あん? 男ォ?」

 サングラスの奥でテリーが目を細める。投げ飛ばしたルースから距離を空けつつ、薄く平べったいシルエットに疑問を漏らした。

 途端にルースが飛び起きる。

「アアア!? 誰が男だア!」

「うるっせェ。あんまり平べってェ胸だから男かと思ったぜ、クソ野郎」

 ルースがコートの内側からナイフを取り出す。

勢いよく向けられたそれをテリーは避け、彼女の横面に一発、手の甲をぶつけた。動きはルースの方が速いが、追いつけないほどではない。何度か手を合わせながら目の前の女を改めて記憶する。

 ルース。長い黒髪はサイドで二つに結ばれ、彼女が身軽に動き回るたびに兎の耳のように跳ねていた。背はテリーよりも高いが、体は細い。動きは素早いが、力は弱い。

「アハハ! テレンスは強いナ! このままじゃア歯がたたないヨ! ――だケド、どう足掻いたってノーマルだもんナ」

 エンジンが切れたようにルースが立ち止まった。声のトーンも静かになり、彼女がかたりと首を傾げると黒髪も大人しくだらりと垂れ下がる。

「アー、疲れた。うっかり飛びかかったケド、そんなことする必要なかったんだヨネ」

 気味が悪いと感じながらテリーはじりじりと下がる。脳内で彼女の名前を繰り返すと妙な引っかかりがあるが、情報は何も出てこない。匂いも声も覚えがなく、名前だけが記憶に引っかかっていた。

 テリーがどうやって撒こうかと考えていると、ナイフを仕舞ったルースが両腕をぱっと開いた。気色が悪いほど満面の笑みを浮かべた彼女が真っ直ぐに見つめてくる。

「そうだ、聞きたいことがあったんだった! ――アルのこと、知ってるんだってネ?」

「……アルゥ?」

 聞き覚えのない名前にテリーが素っ頓狂な声を返す。もっと知ったことを聞かれるのかと思っていたため、拍子抜けで肩の力が抜けた。

 ルースも思わぬ手応えのなさに「あれエ?」と目をぱちくりさせている。

 二人の間に暫く不思議な沈黙が生まれたが、ルースははっとしたように手を打った。

「アハハハ! そっか、アルじゃ分かんないネ! 俺様はそう呼んでたケド!」

 彼女が閃いて声のトーンを上げるとほぼ同時、テリーは彼女の正体に気付いた。サングラスの奥で目を見開く。

 その彼の動揺を見たか、ルースの目がにんまりと細くなった。

「アランのこと、だヨ!」

「知らねェ!」

 テリーが反射的に吐き捨てる。

 ルース。

 アランと同じ年齢で、テリーの記憶が間違いでなければ二十九歳になるはずだ。黒髪に赤茶の瞳、戦闘能力が高くナイフを持ち歩く乱暴者。

 テリーは心臓がばくばくと激しく脈打つのを感じながら、ようやく記憶と繋がった情報に拳を握った。

 絶対に相手にしてはいけないと言われた存在が、目の前に在る。

「アハハ! ほんとかナ? アハ、本当かどうか確かめなくっちゃネ! アハハハハハ! テレンスはどれだけ痛めつけたら喋るかナ!」

 四大感情の一つ。哀しみを亡くしたルース。

 テリーはぞっとする気配に、全力で逃げ出した。


【追いかけっこ】

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