42 Birthday Wish
ザックは窓から空を見上げ、ふと気付いた。
「あ、雪だ」
この冬初めての雪が、暗い空から落ちてくる。
クレアが借りたドライバーで緩んでいたネジを締め、窓の方へ顔を向けた。
「あ、雪。この辺りは冬が早いなあ……」
妙ながたつきがなくなったカメラを首から下げ、階段を降りていく。一階ではザックがスコーンを焼く準備をし、そこから繋がっている小さな庭では普段通りテリーが体を動かしているはずだ。キッチンへ行けば二人ともいると思って顔を出す。
「ザック! ありがとう、直ったみたい」
クレアに声をかけられたザックはちょうど窓の外を見ていた。振り返って彼女の首にぶら下がったカメラを見て「どういたしまして」と微笑んだ。
「テリーってまだ外なの? こんなに寒いのに元気だなあ」
ザックはキッチンにスコーンの材料を並べていたが、そこから作り始める様子はない。
クレアは少し不思議に思いながらもキッチンにあるストーブの前を陣取った。窓の外ではテリーが真っ白な息を身にまといながら動いている。
「雪が好きだし、寒いのなんてへっちゃらなのかも」
ザックがくつくつと笑うと、まるでそれが聞こえていたかのようなタイミングでテリーが動きを止めた。彼はふるふると頭を振った後、サングラスを外して顔を空に向ける。しっかり閉じた目で何を見ているのか、彼の口角がにっと持ち上がる。
「……あ、気付いた」
「何に?」
クレアの問いにザックが微笑する。
「大好きな雪に、さ。――よし、ケーキを焼かなくちゃ」
突然登場したケーキにクレアが首を傾げると、テリーが勢いよく扉を開けた。クレアの背筋が驚きでぴっと伸びる。
冷気と一緒に戻ってきた彼は乱暴に扉を閉め、ザックに飛びつく勢いで駆け寄った。
「ザック! 雪だぜ、雪が降った! 初雪ィ!」
両腕を捕まれたザックはぶんぶんと振り回されながら、滲むように笑ったまま頷く。
稀に見る穏やかな瞬間に、クレアはなんとなくカメラのレンズを向けていた。
「誕生日おめでとう、テリー。今年はどんなケーキが食べたい?」
テリーは子供のように笑い、少し考えた後「超絶甘ェの!」とザックを見上げた。
クレアは二人がフレームに入るように調節し、ちょっとした動作確認だからと心の中で理由を述べながらシャッターを切った。
「テリーって今日が誕生日なの?」
クレアはザックのケーキ作りを手伝いながら尋ねる。
「一応。だけど、今日だとは思ってなかった」
「思ってないって……。忘れてたってこと?」
雪は先程より量を増やし、窓の外を白くぼんやりとさせていた。
「いいや。誕生日って言ってるけどちゃんと日が決まってるわけじゃないんだ。冬になって初めて雪が降った日が彼の誕生日」
ザックから回答は得られたが、クレアの頭の上にははてなマークが浮かんでいた。ザックがもう少し説明を追加しようとしたところで、しっかりと着込んだテリーがキッチンに入ってきた。
「もう行ってくる? 昼飯を用意しておく。だから、昼には戻ってきて?」
「リョーカイ」
テリーはいつものサングラスとワークキャップに加え、口元をマフラーで覆っている。そのため、かなり怪しい出で立ちだ。
「行ってらっしゃい。マーサとハルによろしく」
クレアは状況がよく分からないままザックに倣って「行ってらっしゃい」と声をかけた。普段なら無視するテリーが「おう、行ってきます」と珍しく返してきたので、頭上のはてなマークはぎゅうぎゅう詰めになる。
「……テリー、どうしたの」
「すごく機嫌がいいだけ。俺も挨拶を返してくると思ってなかった」
くすくすと笑ったザックが卵を割ると、玄関が閉まる音が耳に届いた。
「誕生日だから機嫌がいいの? ねえ、私、テリーの誕生日の仕組みがよく分からないんだけど……。雪の日に生まれたって意味?」
「ううん。誕生日というか……ちょっとした記念日って言った方がいいのかな」
ザックが戸棚の奥、テリーでは届かない高さからチョコレートを出した。それを細かく砕くようクレアに頼み、その間に湯を沸かし始める。
「記念日?」
チョコレートを包丁で細かく砕きながらクレアが首を傾げる。
「そう。昔、誰かさんと出会った日だってさ」
「誰かさんってザック?」
包丁からは目を離さず、彼女はぱきぱきとチョコレートを割っていく。
「あはは。残念、俺じゃない」
包丁を置いたクレアがぬるま湯を作っているザックを見た。
「マーサちゃんとの出会いだったり?」
「外れ。そんなに気になる?」
苦笑したザックが少し考え、言葉を繋いだ。
「前に話したアランって人と出会った日を誕生日にしてるんだって。ただ、テリーはちゃんとした日付を忘れたみたい。だけど、初雪の日だってことは覚えてた。それから雪が降り始めた日が彼の誕生日。マーサやハルを呼んでケーキを食べて……っていうのが恒例行事。――そういえば、君が探してるアランさんは見つかった?」
ザックは砕かれたチョコレートをボウルに移し、湯煎でもったりと溶かし始める。
クレアはまな板に残ったチョコレートの小さな欠片を摘み食いし、首を左右に振った。
「ううん。全然見つからないの。手がかりもなし。テリー以外にそのアランさんを知ってる人も見つからなくて……。あ、テリーにもう一回聞こうなんて考えてないからね! そんな目しなくたっていいでしょ」
ザックのわざとらしい疑惑の視線を受け、クレアが目笑する。
「上司も写真くらい持ってくれてたら、もっと探しやすいんだろうけどね」
そんな何気ない言葉から始まって、クレアは上司に対する愚痴を並べ始めた。
ザックは彼女の些細な文句に相槌を打ちながら、チョコレート味の生地を作る。そうしている間にオーブンが温まって、丸い型に流し込んだ生地を入れた。
「はーあ。テリーももう二十二か。あっという間だ」
出会った日からまる五年。
ザックはテリーと初めて出会った日を思い出しながら、オーブンの前にしゃがみこんで頬杖を突いた。彼の長い髪がぺたりと床に垂れ、クレアがそれに気付いた。隣にしゃがみこんで髪を手に取ろうとすると、彼はそれよりも先に自分で髪を前へ持ってきた。
「……ザックって髪長いね。何年くらい伸ばしたらそんなに長くなるの?」
「さあ、何年経ったかな。テリーと出会った頃にはもう長かったんじゃないかな。よく覚えてない」
出会いの記憶を引っ張り出すのを止め、にっこりと笑んでからオーブンを指差した。
「余ったチョコレートを上にかけたら、喜ぶかな」
【ハッピーバースデー】




