4 Courier
「リンジーさん、仕事に出る。電話番よろしく」
ザックが煙草屋の扉を開けた。ちょうど客が居たリンジーは釣り銭を用意しながら「気を付けて行くんだよ」と声だけを返す。
ザックとテリーが仕事で使う場所は、来客用のソファとテーブルが置かれた二階のリビングだ。電話も煙草屋とは別の番号を引いている。しかし、外に出ていることも多いザックたちにリンジーが気を利かせ、煙草屋の電話はどちらの番号宛でも鳴るようにしてあった。そのため、こうやって電話番を頼まれるのはよくあることだ。
リンジーは釣り銭を客に渡しながらザックをちらと見ると、その彼は扉を閉めたところだった。用事を思い出して慌てて声をかける。
「ゼカリア! 少し待ちな!」
よいしょと椅子から立ち上がったリンジーが扉を開けると、ザックも廊下からノブを回そうとしているところだった。
「セミチェルキオの方へは回るかい」
朝のラフな格好から着替え、ザックは黒のズボンに暗い色のシャツを合わせて着ていた。
リンジーが廊下の一番奥へ顔を向けると、テリーもザックと同じような格好をして突っ立っている。膨らんだ紙袋を抱えているが、他に荷物は無いようだ。
「いいや、リネアの奥に。セミチェルキオの方に何か用事? 後回しになっていいならついでに回ってこようか」
「別段急ぎってわけじゃあないんだよ。面倒じゃないかい」
「時間ならあるし気にしないで。どこの店?」
「ああいいや、仕入れじゃあないんだ。いつもの葉巻の配達さ」
リンジーが棚の端に置かれた紙袋を下ろした。張り付いていた付箋の名前を確認し、それを剥がしてからザックに手渡す。それだけでザックは頼まれ事が何か分かったらしい。すぐに受け取って微笑む。
「うん、分かった」
ザックが軽やかに笑うとリンジーも皺を深くして笑い返した。
リンジーはもう一度テリーに目を向け、声を張り上げた。
「テリー! セドリックの坊やによろしく頼んだからね! 粗相するんじゃあないよ!」
そんな声にテリーは空いた右手を肩まで上げ、ぐ、ぱ、と握っては開くを繰り返した。了解の意を示すハンドサインにリンジーは満足したように頷き、ザックを改めて見上げた。
「それじゃあ頼んだよ、配達屋」
ザックとテリーは配達屋を営む。
この冬で四年目を迎え、仕事も信頼も徐々に厚みを増してきたところだ。運ぶものは代金次第で物の合法違法を問わず、依頼されたものは何でもかんでも手を付ける。可愛い小包から二人で抱える大荷物も、果てには人間でさえも荷物として扱う配達屋だ。
「あー、ったく、面倒くせェ」
客層もリンジーのように平和な一般人から、火薬の匂いが充満する組織までと幅が広い。
「ご苦労様。昨日のことがあるんだ、仕方ないだろ」
そして今回の仕事相手はそういった組織の一つだ。
ザックが持っていた荷物二つをテリーが奪うようにして抱え込んだ。その彼の背後では何人かがぐったりと倒れている。
「喧嘩売る相手を選べっつうの。それともなんだァ? 僕ん名前はセミチェルキオを抜けて数年で消えちまうような薄っぺらいもんだったかァ?」
「俺に当たらないで」
不機嫌なテリーに背中を叩かれ、ザックは苦笑した。止まっていた足を動かし、倒れている数人をまたいで進行を再開する。
この町ラージュでは、古くからギャングが幅を利かせている。現在は二つの大きな組織が睨み合い、それぞれのテリトリーでは治安を守るはずのガーディアンでさえも手を出さないほどだ。特に表通りからは見えない路地裏は、慣れた住人でさえ近づくのを躊躇う。
「今じゃ君も中立に立つ。だけど、昔はそれにほど遠かったんだ。俺じゃなくて君に矛先が向くのは当然だろ?」
ザックはそんなテリトリー内の路地裏を行きながら、横のワークキャップを見下ろした。
「それに、偶然、運良く、まぐれで君を倒せるかもしれない。そしたら、それをやってのけた人にどれほどの箔が付くと思う? ライラさんも大喜びだ」
そして、そんな界隈で脅威と呼ばれ恐れられた少年が、あの頃より遥かに体を鍛え上げた青年が、仏頂面でザックの隣を歩いていた。
「んなこと知るかよ。くっだらねェ」
テリーが目の前の扉を蹴った。おかげで、ザックの丁寧なノックがかき消される。
「……テリー。君が苛立ってるのはよく分かった。だけど、扉は蹴らないで」
ザックがノックのために手を上げた状態のまま笑みを引きつらせた。扉に靴底を押し付けたままのテリーが顔を伏せ、強引に唇の端を吊り上げる。
「分かった分かった。次からはそうしてやる。僕ん機嫌が最高に良かったらなァ! 開けろつってんのが聞こえねェのか、ボケェッ!」
中を急かすようにテリーがもう一度扉に蹴りを加えると、室内から悲鳴が上がった。
ザックは中にいる相手に同情し、テリーに対する呆れも混ぜたため息をつく。テリーの肩を掴み、ぐっとそこから引き離した。そして、ワークキャップの上から彼の額を中指でパチンと一つ弾く。
「そんなことしたら、怯えて出て来ないだろ」
テリーがぐっと息を飲み込んだので、ザックは改めてノックをした。
「どうも。配達屋のゼカリアだ。ジャン、君にお届け物だ。――あと、テリーの機嫌が悪くてさ。扉が壊れる前に開けてくれると俺も扉を弁償しなくて済むし、君も扉なしの生活をする必要がなくなる」
落ち着いたザックの声が中に届いたのか、ドタバタと扉に駆け寄ってくる音がする。
暫く待つと、扉が恐る恐る、薄く薄く開いた。その隙間にテリーがブーツをねじ込むと、顔を出した男の顔が分かりやすく引きつる。
「よーォう、ジャン。僕が言っても開かねェのに、ザックが言うと開くんだなァ? あァ?」
「ひ、ひえっ」
テリーのどすの利いた声にジャンと呼ばれた男が顔を青くして反射的に扉を引いた。しかし、扉は固いブーツに当たるだけで閉まらない。
がたがたと揺れる扉をテリーが掴んで強引に開くと、小太りのジャンが姿を見せた。完全にテリーに怯えてしまった彼が一人で屋内に引っ込んでしまうので、仕方なくザックが後を追って中へ足を踏み入れる。
「やあ、ジャン。お届け物だ。中身の確認をしてほしい」
ザックがにっこりと笑ってテリーが持っている荷物を指差すと、ジャンは壊れたからくり人形のようにがくがくと首を縦に振った。
【配達屋】




