39 Brothers
「ええ? まあた壊したんですか」
「うるっせェ。文句ならザックに言え」
テリーが腫れた頬を自分で指差した後、後ろへ立つザックへ親指を向けた。カウンターの向こう側にいる青年が苦笑する。
ハロルド。愛称、ハル。
痩身の彼は短い金髪をかき混ぜてから、テリーがかけているサングラスを外し、カウンターへ置いた。そして、細い目を更に細めてザックを見る。
「兄さんをぶん殴れんのはあんたくらいですよ」
ザックたちはズワルト孤児院を出て、帰りに寄り道をしていた。武器屋の看板を掲げている店だが、中に入ってみれば時計や眼鏡など、それ以外のものも置いてある。
「酔ってなかったら当たってなかったからな」
背中を丸めてカウンターで頬杖をついたテリーに、ハロルドは新しいサングラスを取り出して耳に引っ掛けた。耳の後ろに触った彼はサングラスをまた外す。サングラスのつるを暖めながら、彼はちらりとクレアは目を向けた。
「んで、そっちの美人さんはどちらさんです? 噂の引っ付き虫さん?」
興味深そうに店内を見てたクレアが少し遅れて自分の話だと気付いて顔を向ける。
「はじめまして。クレアです。配達屋さんにはお世話になっています」
「ああ、やっぱりあんたですか。喋ると訛りが全然違いますね。――俺はハロルド、ご贔屓に。美人さんのお眼鏡に叶うもんがあるかどうかは分かりませんけどね」
ハロルドは調節したサングラスを再びテリーにかけた。
「美人だなんて……その、やめてください」
「お世辞じゃないですよ。美人さんが配達屋に出入りしてるって噂になってますんで。――はい、兄さん。こんなもんでどうです。ぴったりでしょ」
テリーはサングラスを確かめるように何度か触ったが、ずれ落ちる様子はない。
「親父も腰を痛めてなけりゃ店に出てくるんですけど、生憎こないだ階段から落ちちまって。兄さんたちと久しく会ってないってぶつぶつ言ってましたよ」
「相変わらず落ち着かねえオヤジだなァ」
テリーが呆れたように笑うと、ハロルドは同じように笑いながらザックへ顔を向ける。
「ザックさん、ベレッタの調子はどうです? 見ましょうか」
「じゃあ、軽くお願いしようかな。クレア、もう少し待ってくれる?」
クレアが頷くのを見てから、ザックはベレッタを抜いてハロルドに手渡した。
ハロルドはてきぱきと銃をバラしていく。
「ザックさんは兄さんと違って手入れしてくれるんで銃も喜んでますよ。兄さんも今持ってんならついでに調整しますけど、どうせ持ってないんでしょ」
「うるっせェ。使わねェもん持ち歩いてどうすんだよ」
「だからって家に飾っておくってのもおかしくないです?」
テリーとハロルドがテンポ良くお喋りを始めたので、クレアはザックを遠慮がちにつついた。ザックが振り返る。
「……テリーの弟さんなの?」
ザックが隣のクレアの言葉に笑う。これが兄弟であれば似ても似つかない二人だ。
「ううん。ここはセミチェルキオの――特に若い人たち御用達の店。テリーも昔からここのオヤジさんに世話になってるだけ」
簡単な点検をしたハロルドがベレッタを組み直してザックの方へ差し出した。ザックがサングラスの代金を合わせた分の紙幣をだし、それと交換に受け取る。
「そうそう。気付いたら兄さんって呼ぶようになってただけです」
ザックとクレアの話を耳に挟んでいたハロルドがにっと愛想良く笑った。カウンターにもたれかかったテリーが顔をしかめて彼を指差す。
「こんな生っちょろい弟なんていてたまるかよ」
「俺だってこんな暴力的で怖い兄なんて嫌です」
食い気味にハロルドが言ったので、テリーは「あァ?」と彼を睨みつけた。ハロルドは慣れた様子で笑い、視線から逃げるようにカウンターの内側でしゃがみこんだ。
「弟で思い出しました。兄さん、これこれ。危うく忘れるところでした」
すぐに立ち上がったハロルドの手には封筒が一つ。
テリーはそれを受け取ると鼻を鳴らした。中身にさらりと目を通して「ふうん」と興味なさげに頷いた。そして、ハロルドからライターを受け取る。
ライターの火をつけたテリーは持っていた数枚の紙に火を移した。
あっという間に炎に包まれたそれらが写真であることにクレアが気付く。ただ、誰が写っているのかを見る間もなく、テリーは途中で手を離した。足元でくすぶるそれを踏んで強くひねる。
「オーケイ。また頼むぜ」
「はい、分かりました」
燃やされ、踏まれ、原型もない写真たちをクレアが見下ろす。燃え残った僅かなそれに、かろうじて半分だけ残った顔が見えた。
「……テリー?」
クレアから零れた名前に、テリーがちらりと振り返った。
「僕じゃねェ」
彼はそう言いながら、写真を再び靴底の下に仕舞った。ぐっと先程より体重をかけて足首をひねった彼は、ハロルドにひらりと手を振ってから店を出て行く。
クレアは顔も潰れて分からなくなった写真とテリーの背中を交互に見たが、答えはない。
「でも、今の……顔が」
「弟」
クレアが言葉の続きを発する前に、ザックが答えた。ザックは彼女の背中を押しながらハロルドと別れの挨拶を交わす。
「お、弟って? どういうこと?」
店から押し出されたクレアがザックを見上げた。そのザックは先に歩いているテリーよりも少し遅いスピードで歩く。
「テリーの弟。特に隠してるわけじゃない。あれだけそっくりだし、知ってる人はみんな知ってる話だ。――さっきのはテリーの弟で、両親と一緒に暮らしてる」
隣に並んだクレアに微笑む。
「テリーには聞かないでやってくれる?」
「う、うん。……弟さん、というか、家族がいるなんて知らなかった。私、てっきり」
ザックは再び正面を向いて小さな背中を見て目を細める。
「両親も弟も、家族みんな平和に暮らしてる。彼だけがこんな世界にどっぷり浸かってるのさ」
クレアが曖昧に相槌を打ったタイミングで、前を歩いていたテリーが振り返った。ザックたちの歩くスピードが遅いことに気付いたようだ。
「おっせェ! 置いて帰んぞ、くそったれ!」
紺のワークキャップに屋内でも外さない濃いサングラス。彼のトレードマークは町に染み付き、知っている者は近づこうともしない。仏頂面で怒りっぽく、バンテージを巻いた拳はどんな凶器にも引けを取らない威力を見せる。
セミチェルキオから抜けてもなお、脅威という名を背負う彼。
「……変な話なんだけど、私、こっちの――元ギャングで、ああやって怒鳴ってるテリーの方が好きかな」
クレアは先程の写真に写っていたテリーとそっくりの弟を思い出す。
ふんわりと優しい笑みを浮かべて柔らかく目を細めていた顔半分は、作り物のようにも見えた。
ザックはテリーにひらひらと手を振り返しながら「俺も」とにっこりと微笑んだ。
【兄弟】




