36 Sleep Over
「ええー! 兄ちゃんもう帰るの! 泊まってってよお!」
座り込んだテリーに群がっていた子供たちが一斉に叫んだ。テリーが顔をしかめて両耳を塞ぐ。
日が暮れる前に帰ろうかとザックたちが話しているのを聞いた子供たちが我が儘を言い始めたのだ。
「うるっせェなァ。またかよォ」
「またって、この間来た時は帰ったじゃん!」
子供たちがテリーの耳を開放させんと腕を引っ張るが、彼はべえっと舌を出して耳を塞いだままだ。
そんな進展のない様子を暫く眺めていたザックは、大騒ぎしている子供の山に近づく覚悟を決める。
「あ、ザック! ちょっと待ってください!」
テリーの元へ足を踏み出したザックへ、マーサが駆け込んできた。
「良ければ、院長が泊まっていきなさいって」
散々騒いでテリーを囲っていた子供たちも耳聡くマーサの声を聞いたらしい。既にお泊りが決定したかのような盛り上がりを見せた。
「俺たちは良いとして……クレア、どう? 君が帰りたいならちゃんと送っていく」
「うーん……嬉しいお誘いだけど……。私、着替えも何もないし……」
「寝間着とベッドくらいは用意出来るんですが……」
流石に下着や着替えまでは用意がはない。ザックやテリーは気にしなくとも、クレアは気になるところである。マーサが「無理にとは言いませんから」と声をかけていると、困っているクレアの足元に女の子がしがみついてきた。
「おねえちゃん、いっしょにねよ?」
遊んでいるうちに懐いてくれた少女の頭を撫で、クレアがしゃがみ込む。
「そんな可愛いこと言われるとなあ……」
そして、クレアははにかみながらマーサを見上げた。
「ありがとう。その、……じゃあ、寝間着とかいろいろ貸してもらえる?」
「……テリーっていつもこう?」
「いつもこう」
クレアの疑問に即答したザックは、頬杖を突いてウイスキーを口に運ぶ。
子供たちがすっかり眠った後、普段使っていない教室では酒盛りが開催されていた。
ザックとクレアが並んでいる向かいにテリーとマーサが座り、酔っ払ったテリーがマーサに絡んでいる。
マーサに「飲み過ぎ!」とグラスを奪われたテリーが「マティ、意地悪すんなよォ」としなだれかかってグラスを奪取する。
「これをいつも俺一人で相手してる」
テリーがザックの方へグラスを滑らせてくるので、ザックはそれを受け取って自身のグラスの隣に並べた。マーサにグラスを再び奪われないためのキープである。
「だから、今日くらいは犠牲者が別人でもいいだろ?」
「その犠牲者がマーサちゃん……?」
ザックが自身のグラスを傾けながら頷く。
「そう。――今日は君にする?」
「遠慮します……」
クレアは水で薄めたウイスキーをちびちびと飲みながら、へらへらと普段なら絶対に見せない顔をしているテリーをじっと見る。
「ねえ、マーサちゃんってテリーの彼女?」
「さあ?」
さあってどういうこと、とクレアが眉を寄せた。テリーが今まで自分にしてきたことを思い出し、更に皺が深くなる。
「……もしかして、女癖がすごく悪いだけ?」
クレアが神妙な様子で呟くと、嫌がるマーサに抱きついていたテリーが「うるっせェ! 聞こえてんぞ、馬鹿女ァ!」と怒鳴った。
驚いたクレアが身をすくめると、ザックがくつくつと意地悪げに笑う。
「そう思われることをクレアにしたくせに」
「あァ! ザック! なァんで言うんだよ、ボケ! ――っ痛ェ! マティ! 違ェの! 違うんだってばァ!」
マーサに頬を引っ叩かれたテリーが慌てて取り繕うが、彼女は彼の手が緩んだ隙にそこから抜け出していた。
「最低」
捨て台詞を吐いたマーサがザックとクレアの間へ強引に割り込んだ。子供が使う三人がけの長椅子なので、大人三人が座るには流石に狭い。
「マーサちゃん、せ、狭いんだけど……」
「テリーが酷いことしたんですね、ごめんなさい。悪気は……ないわけないと思うんですけど――。彼、本当に乱暴で、人のことを考えていないというか」
マーサも酔っているのか、赤くなった顔で早口の謝罪を始める。クレアは彼女に手を握られながら「き、気にしてないから……」と手を引き気味に何度も頷いた。
そんな様子を見ているテリーは長椅子に一人残されて口角をぐっと下げ、ザックからグラスを取り戻す。残っていたそれを一気に飲み干し、立ち上がる。
「――てめェが余計なこと言うからァ!」
テリーがザックの頭にばしんと平手を一発。
マーサが「テリー!」と怒鳴ったが、彼はにやにやしながら後ろへ下がるだけだ。別の机に足がぶつかり、そのままそこへ腰を引っ掛ける。
「まったくもう……」
叩かれたザックは呆れたように息をついて、テリーを相手にしない。
そんなザックを挑発するように、テリーは中指を弾いて二度音を鳴らした。パチン、パチン。
「ひっさしぶりにぶっ飛ばそうぜェ、相棒ちゃァん」
テリーがそう煽ると同時、ザックの口元から舌打ちが聞こえた。
クレアはぎょっとしてマーサ越しに彼を見ると、テリーを睨みつけた彼がゆらと立ち上がる。
「テリー、いい加減にしろ」
「ええェ? 聞こえねェなァ、ザック!」
ザックの冷え冷えとした声を焚きつけるように笑ったテリーが、手の甲を見せた状態で中指を立てる。
「来いよ。ぶん殴ってやる」
その中指がくいと折れ曲がった瞬間。
ザックは拳を握った。
【お泊まり会】




