35 Don't Ask Me
「ザック! 仕事始めんなら声かけろ! 婆ちゃんのところ行ったら、倉庫行ったとか言うじゃねェかよ、ボケ!」
倉庫の扉が乱暴に開き、物陰にしゃがみこんでいたザックは持っていた手紙を咄嗟に握り潰した。片手に収まるように力をこめながら、動揺が表に出ないよう気を付けて立ち上がる。
「声をかけろって言ったって……。君がどこにいるのか分からなかったし。マーサとはしっかり遊べた?」
「うるっせェ! ――……なァ、ザック。今、その手に隠した紙、なァに」
ザックの手に力がこもる。手紙が手汗で湿気ていくのを感じながら、それをズボンの後ろへ強引にねじ込んだ。見ていないものですら音で判別出来るテリーには心で賞賛を送り、覆い隠すように微笑む。
「なんでもない」
はっきりと、ゆっくりと。
ザックはテリーだけではなく自身に言い聞かせるように答えた。
テリーはそんなザックをぼんやりとした視界で見つめ、負けたように目を伏した。
「……あ、そ」
唇をへの字に縛ったテリーが暫くの沈黙に頭を振り、いつもの仏頂面でザックを手招く。
「さっさと仕事終わらせようぜ。マティが昼飯食って行けってェ」
「すみません。お手伝いまでしてもらって……」
マーサが昼食の準備をしている横でクレアもエプロンを借りてキッチンに立っていた。
「いいえ、私もたくさんお話聞かせてもらえた上にお昼までご馳走になるなんて。あー……でも、私、その、料理が得意じゃなくて。簡単なことしか出来ないんですけど」
恥ずかしそうにクレアが笑うと、マーサは食材を並べながら「ザックから聞いています」と笑い返した。
「やだもう……。ザック、そんなことまで話してるの……」
「ふふ。なかなか刺激的なスープだったと聞きました。皮剥きは出来ますか?」
クレアはまずいスープのことを話したザックへ向けるように顔を歪めて頷いた。
「時間がかかっても大丈夫なら……」
「ふふ、大丈夫です。時間には余裕がありますから」
孤児院にいる子供たちだけではなくスタッフの分も一気に作るとあって、目の前には大量の材料が並んでいた。
クレアはどっさりとあるじゃがいもの数に、これだけ皮剥きをすれば包丁捌きも上達するだろうか、と唾を飲んだ。その前に終わるかどうかも怪しい。
「子供たちからはいろいろ聞けましたか。都会から来た人なんて珍しいから、好奇心の対象になったんじゃないですか? 失礼がなかったならいいんですけれど」
クレアに包丁を手渡したマーサがその隣に玉ねぎと人参を置いた。マーサも包丁を手に取り、人参の皮をするすると剥いていく。
「失礼だなんて、全然。いろいろ案内もしてくれて……。ギャングが出入りするって聞いていたから、もっと警戒心が強いのかと思っていました」
「ギャングのみなさんはここを守ってくれますから。子供たちの中ではヒーローみたいなものなんです。危ない人たちで、決して真似はしないよう言ってるんですが」
笑みに苦いものを混ぜたマーサが次の人参に持ち替えた。クレアはまだ一つめのじゃがいもに苦戦中だ。
「テリーも結構懐かれてるんですよ。あんなに怖い人でも平気で飛びつくんですから、子供って怖いもの知らずだなあと思います」
クレアは先程、少年の脇腹をくすぐり倒していたテリーを思い出す。手慣れた様子で子供の相手をしていたことも、あの少年が懐いていることも驚きだった。
「マーサさんも、テリーのこと怖いって思うんですか」
「ふふ、全く思いません。……私もその怖いもの知らずの子供だったんでしょうね」
人参と包丁を一旦まな板に置いたマーサが右手で拳を作った。左手で虚空を掴む。
「その結果、テリーにこうやって胸ぐらを掴まれちゃって。なんだこの人って、第一印象が最悪の出会いでした」
マーサが大げさに嘆くので、クレアは小さく吹き出した。ちょうど剥き終わったじゃがいもを置き、自身を指差す。
「私も胸ぐら掴まれた人です」
クレアがわざとらしく神妙な声を出したため、マーサは吹き出すどころか大笑いだった。
妙な共通点が出来た二人がテリーへの文句を散々と吐き出して打ち明けてきた頃には、マーサの人参と玉ねぎの山はすっかり綺麗になっていた。
「――ああ、なんだか面白い話聞いちゃった。昔の話だなんてすごく新鮮」
クレアがじゃがいもの芽を取るのに四苦八苦している横で、マーサは包丁で小気味よい音を立てて人参を切っていく。
「テリーもザックも昔話が嫌いですもんね」
「その二人からも話を聞いてみたいけどね、不思議な組み合わせだし。――マーサちゃんは配達屋になったきっかけだとか、昔のこと知ってるの?」
なんてことなくクレアが尋ねながら、最後のじゃがいもを置いて「終わったあ!」と肩を回した。
「私もあの二人が一緒にいる理由は分からないまま、知らないままです。聞こうとしたこともあるんですけど、そんな空気になった途端テリーが」
マーサが言葉を切ったので、クレアは斜め上を向いていた視線を彼女にずらした。瞳に影を落としたマーサは目を伏せている。
「……いえ、なんでもないです」
視線に気付いたマーサがにっこりと笑って包丁を握り直した。
「わたしも、あの頃のことは思い出したくないです」
テリーのワークキャップを被った少年を、テリーが追いかけ回している。彼は片脇に別の幼い少年を担いでいて、その子は楽しげに叫んでいた。
全力で子供たちの相手をしているテリーを二階の窓から見下ろし、ザックは窓枠に頬杖を突く。
「お仕事って孤児院内の備品移動だったんだね。それって配達なの?」
ナンシーからの仕事を終えたザックたちは昼食も終えてのんびりしていた。テリーが遊び疲れたら帰る予定らしいが、彼はまだまだ元気そうに遊んでいる。
「うん。倉庫から教室への配達。まあ、テリーの息抜きを兼ねてる部分が大きくて」
クレアもザックの隣から外へ顔を出した。テリーは両脇に子供を抱えてぐるぐると回っていて、笑い声が孤児院中に響いている。
「ねえ、ザック」
ぐるぐると回る笑い声を聞きながら、クレアは僅かに口元を緩める。
「どうしてテリーはセミチェルキオを抜けたの?」
暫く待っても返ってこない答えに、クレアは首を振った。
「ごめんなさい。詮索禁止だもんね」
「……マーサが何か言った?」
「ううん。あの頃は思い出したくないって言うから、何があったのか気になっただけ。もう聞かない」
クレアが顔を上げると、傾いてきた太陽が目に刺さる。
「そう……。テリーには間違っても聞かないで」
「そうだろうと思った。ふふ、テリーにこれ以上嫌われたら居づらくなっちゃう」
「――その時は俺も君を嫌うかも」
冗談なのか本気なのか分からない声に、クレアは笑った。
「じゃあもう絶対に聞かない。ザックにまで嫌われちゃったら、嫌だもん」
【話したくない】




