33 Asylum
クレアは自身が配達されてから数日後、珍しくザックから呼び出されていた。裏口の扉をノックすると、一階にいたザックがすぐに扉を開ける。
「おはよう」
「おはよう。今日は仕事について行ってもいいって言ってたけど……。どこへ行くの?」
ザックとテリーはこれまで一度もクレアを配達屋の仕事に連れて行かなかったが、今回はザックから「来る?」と声をかけたのだ。場所は「秘密」と伏せられてやって来たクレアの期待に満ちた瞳を見返し、ザックは彼女を二階へ通す。
「ねえ、まだ教えてもらえないの?」
「あはは、今日行くのは孤児院」
クレアが「孤児院?」と首を傾げた。記事になる話とどう繋がるのかぴんと来ないでいると、ザックは「待ってて。テリーがまだ起きてなくて」とリビングから出て行く。
ザックはテリーの部屋をノックなしに開けて「テリー」と声をかける。
日が昇ってかなり経つというのに、テリーの部屋はカーテンを閉め切っていてまだ薄暗かった。そんな部屋の二段ベッドの上では、テリーが布団にくるまっている。
「テリー、起きて。朝から出るって言ってあっただろ」
ザックは手を伸ばして布団の塊を揺らすが、テリーはいやいやと首を振りながら布団の中に潜り込んで身を縮めた。
「置いていってもいい? ――今日は孤児院への仕事なのに」
ぼそりとザックが呟く。
その途端、テリーが体を起こした。
「忘れてたァ……」
枕元のサングラスを装着した彼はザックを押しのけてベッドから降りた。足元に落ちてある服を拾い上げ、裸の上半身にそれをまとう。
「すぐ出られる?」
「――あーァい。完了! 出られるぜ」
テリーがガチャガチャとベルトを締めながら履き潰したブーツへ足を突っ込んだ。
ザックは落ちている薄手のコートやワークキャップを手に取り、あっという間に外に出られる格好になったテリーに「顔くらい洗っておいで」と呆れたように笑った。
テリーはワークキャップを奪い取って頭の上に乗せ、右頬を吊り上げて笑い返す。
「ひっさしぶりに気分のいい仕事だな」
ズワルト孤児院。
それはセミチェルキオとリネアのテリトリーのちょうど間に建っている、古くからラージュにある孤児院だ。
場所柄、ギャングたちが多く行き交う場所なのだがズワルト孤児院一帯は安全地帯と称されている。何故なら、セミチェルキオとリネアの二大ギャングが『ズワルト孤児院には手を出さない』といった取り決めを硬く守っているからだ。
ギャングたちはここに手を出さないどころか、問題が起きれば原因排除にも立ち上がる。そのおかげで半端なならず者たちもギャングの報復を恐れ、まともな思考さえしていればここに手を出すことはしない。
そんな説明をザックから受けたクレアは、頑丈そうなレンガの塀を見上げた。中が見えない造りになっていて、孤児院というより城壁を思わせる。中から子どもたちの明るい声が聞こえなければ孤児院だと言われても信じられないほどだ。
大きな門の錆びたノッカーをテリーが強く鳴らした。
ガン、ガン、ガン。
ノックはよく響き、中の子どもたちの「誰か来た」「お姉ちゃあん、お客さあん!」と騒ぎ出す声が門を通り抜けてくる。
テリーはノックをした手で門に触れ、右頬を吊り上げる。
「マティ! 来たぜ!」
彼の大きく通る声と同時、中から閂を外す音がした。ギイギイと音を立てて門が開く。
「テリー!」
その隙間から顔を出したのは、長い黒髪を編んでおさげにした女だ。満面の笑みを浮かべた化粧っ気のない顔は幼く見える。
テリーがその彼女をもう一度「マティ」と呼んで両腕を広げる。クレアがその彼の溶けるように笑った顔にぎょっとしていると、門を開ききった彼女が飛び出してきた。彼女はそのままテリーに飛びつき――かけ、すんでのところで踏み止まる。
抱きしめる対象をなくしたテリーがむすっとした顔になって手を下ろした。
「なァんだよ、来ねェの」
「馬鹿ッ! そんな風にするから、先に一人で来たのかと思ったでしょう!」
テリー一人だったらやるんだ、とクレアが呆然と思っていると、彼女はテリーを押しのけて前へ出てきた。照れ笑いを浮かべた彼女は中へ手の平を向けた。
「すみません。ナンシー院長からお話は伺っています。みなさん、どうぞ中へ」
ザックたちを中に入れた彼女はしっかりと門を閉め、閂を通す。
クレアは孤児院の中を見渡すより、彼女をまじまじと見ていた。どこかで見たようなと考えを巡らせているとザックが彼女に手を向ける。
「彼女はこの孤児院で働いてるマーサ。それで、マーサ、彼女が電話で話したクレア」
「はじめまして、クレアさん。マーサです。ザックからいろいろお聞きしています」
マーサ。愛称、マティ。
真っ黒な髪を二つの束に分けて編んだ彼女は、乾燥気味の手をクレアに差し出した。澄んだ緑の瞳がにっこりと細くなり、その表情から彼女がぱっと見た印象よりも子供ではないと分かる。
クレアは彼女の手を握り返し、視線をじっと彼女に固定する。
「クレアです。ジャーナリストで、ラージュには取材できています。――あの、もしかして」
マーサはクレアに真っ直ぐ見つめらる理由が分からず、愛想笑いで小首を傾げた。
「違ったらすみません。以前、助けてくれませんでした……? あの、ええと、いつだったかな……結構前なんですけど。私が道に迷って、男性に絡まれていた時に――」
クレアが老爺が営む花屋へ行った時のことを説明すると、マーサはすぐに合点がいったらしい。「あ!」と声を上げてクレアの手を両手で包んだ。
「あの時のメアリーさん!」
「そうです! わあ、嬉しい! もう一度お会いしてお礼を言いたかったんです! あの時は本当にありがとうございました。あの後無事にお花屋さんにも行けて――」
途端に盛り上がりを見せた女二人を見ていたザックとテリーは顔を見合わせ、頭上に浮かべた疑問符を同じように傾けた。
【子どもたちの隠れ家】




