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Heart Loser  作者: Nicola
31/125

31 Burden

 ザックは扉にへばりついて外を気にするクレアを引き剥がした。

「あの程度の相手に怪我なんてしない。俺たちは向こうの扉から出る。ほら、動いて」

 空になったマガジンを抜いたザックは部屋の隅にある木箱の蓋を開けた。そこから新しいマガジンを取り出してベレッタへそれをはめ込む。

 ここはザックとテリーが借りている倉庫代わりのぼろ屋だ。今回のように逃げ込んだり、物資の補給をするために幾つか借りている場所の一つだ。

 最低限の物を木箱に詰めているだけの殺風景な埃っぽいそこで、ザックは先程受け取った鍵を首にぶら下げた。

 普段はザックとテリーそれぞれで鍵を持ち歩いているのだが、今日はテリーが家へ鍵束を忘れてきたのだ。機動力のあるテリーがザックの合図にしたがって動く方が対応しやすいと、首飾りのようにしてテリーへ渡してあったのだ。

 もしザックが鍵を持った状態でテリーがクレアを見つけたとしたら、彼女をこの集合場所へ押し込むための鍵が届くのに時間がかかったはずだ。

「ま、待って! 分からないことだらけで……! し、仕事って? どうして私のところに――」

「煙草屋の常連さんがリネアの方へ入って行く君を見た」

 信号弾も詰め直しながら、ザックがちらりとクレアを見た。口早に続ける。

「殺気立ってるギャングのテリトリーへ入る君を心配して俺たちに知らせてくれたんだ。で、それを聞いたリンジーさんが君を無事に連れ帰ってこいって依頼してきたのさ」

「じゃ、じゃあ仕事って」

「荷物は君。配達先はリンジーさん」

 拳銃をショルダーホルスターに戻し、ザックはクレアの横を通って隣の部屋へ移った。クレアは入ってきた扉を心配そうに見ながら眉を寄せる。

「に、荷物?」

「人間も配達するって言っただろ。リンジーさんが嫌がるテリーを動かすために依頼っていう体をとってくれたんだ。……今回は間に合ってよかった。だけど、次はどうなっても知らない」

 ザックがもう一つの部屋にある裏口にぺたりと耳をつける。

「明日からはラジオを聞いて、ギャングに何かあった日は不用意に近づかないこと」

 外から音がしないことを確認し、扉の間で立ち止まっているクレアを手招いた。

「よし、出よう。俺もこんな日のこんな場所に長居したくない」

 それでもクレアはまだ名残があるように扉を振り返っている。

「でも……テリーを置いて行っちゃ……」

「待っていた方が怒られる。クレア、これで鍵をかけて」

 ザックが首に掛けていた鍵を外してクレアに放ると、彼女は両手で上手く掴み取った。

「テリーなら本当に大丈夫だ。何年も相棒をしてる俺が言うんだ。間違いない」

 他のウォリアーたちが家の裏にまで回って来ないうちにここを離れなければならない。敵の数が多くなればザックでは捌ききれないからだ。

 クレアが最後にもう一度振り返ってから、ザックの方へようやく動いた。

 ザックはそれに合わせて扉を開けて外へ出た。その背中にクレアを隠すようにし、彼女に鍵をかけさせる。ザックは手を後ろに回して鍵を受け取り、それをポケットに押し込んだ。

「よし、行こうか。このまま表まで出よう」

 小声でそう言ったザックが歩き出し、クレアもそろそろと続く。発砲音が時折聞こえてきて不安げに空を見上げる。浮かぶ雲はテリーの無事を知らせてくれるわけでもなく、クレアは刺激される不安に眉を寄せた。

 幾つか角を曲がって進む中、不安がちくちくと刺さったクレアは目の前を歩くザックの背中に手を伸ばした。彼のまとめられた長い髪がさらりと彼女の手の甲を撫で、クレアが違和感を覚えて顔を上げる。そのまま「ねえ」とシャツを掴もうとして――

「止まって」

 ザックはぱっと振り返ってその手を掴んだ。彼はそのままクレアの手をぐっと押し下げる。

「もう一本手前で曲がればよかった。――ああ、後ろももう駄目か」

 そんなザックの声にクレアが後ろを振り返った。引き返せないよう、男が二人立っている。そして、進行方向にも同じように男二人が銃口をこちらにして角から出てきていた。クレアが息を呑む。

「配達の邪魔をしないでくれない? 荷物に傷をつけたら俺が依頼主に怒られる」

 ザックはクレアから手を離し、両手を頭まで上げた。クレアも同じように手を上げる。

「冗談は死んでからにしろよお、配達屋ッ! そのアマ、この辺りを散々嗅ぎ回りやがって!」

 弾丸のように勢い良く吐き出された罵声に、クレアは身をすくめた。隣のザックは慣れっこの様子で正面を見ているが、表情は固い。簡単な状況ではないことが伝わってきて、クレアは唾を飲んだ。ここをどう切り抜けるべきかと状況が頭の中でぐるぐると回る。

 起こすべき行動は、吐くべき言葉は。答えの見つからない疑問が尻尾を追いかけて回る。

「――うるっせェ! 冗談言ってんのはどっちだァ、あァ!? 相棒に手ェだしてみろ、お前ら全員サンドバッグにして中身ぶちまけてやんぞ! ボケ!」

 先程の男の罵声が弾丸なら、正面からすっ飛んできた声は雷のように素早く、そして酷く腹に響いた。

 その雷に打たれた男が一人、どさりと倒れる。

 そこには男を後ろから蹴り抜いたテリーが両手をポケットに突っ込んで立っていた。

「道開けろォッ! 今じゃねェと無事に帰さねェぞ!」

 腹の底から彼が怒鳴る。

 途端に、ザックとクレアを挟み込んでいた男たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。捨て台詞もそこそこに、あっという間に三人だけになる。

「……うわあ」

「テリーと相対したがる人は喧嘩好きな馬鹿か、点数稼ぎに必死な人ってとこ」

 そしてテリー本人と相対出来ない臆病者はこうやって周囲を狙うことも多い。彼のおかげで巻き込まれることが多いザックは息をつき、ベレッタを腰のホルスターへ戻す。

「おっせェ。とっとと来いっつうの」

「お荷物一つ抱えてるんだ。そう言わないで」

 舌打ちしたテリーがザックを手招くので、ザックは伝言ゲームのように後ろのクレアを手招いた。

 クレアはザックの後ろをぴたりとついて行きながら、目の前で揺れる黒い髪を見つめる。ザックが歩くのに合わせて左右に揺れる毛先は、枝毛もなくつるりとしていた。

 そのザックは先頭をゆくテリーが吐き出す文句に「ごめんごめん」と相槌を打っている。テリーの文句を真摯に受け止めている様子は微塵もないが、テリーもそれを承知なのか、気にした様子なくぶつくさしていた。

 二人の会話に割り込むタイミングも見つけられず、クレアが黙ってザックの髪を見つめていると、ふっと髪が大きく揺れた。

「大通りに到着。このまま人通りの多い道で戻ろう」

「あ、……はい」

 ゆらりと振り返ったザックが歩く速度を落とし、クレアの隣に並んだ。気付けば大きな通りに出てきており、路地裏とは違って人が行き交っている。

 ザックとテリーのやりとりも一旦区切れたのか、テリーは一人黙って前を歩いていた。

「……あの」

 クレアはその静かな背中に声を投げかけた。

「ごめんなさい。何か、その、分かることはないかと思って……。テリー、調子、どう?」

 恐る恐るといった様子で体調を伺うと、テリーはぱっと振り返った。驚いてクレアが立ち止まると、テリーは数歩の距離を一気に詰めてくる。

「あんな調子、いつまでも引きずってられるかよ、バァカ」

 テリーは彼女の胸ぐらを掴み、そのまま強く引き寄せた。思わず手を掴み返すが、彼の腕はしっかりとしていて彼女の力でどうにかなりそうにない。

「また、迷惑かけちゃって……。私、な、なんて謝ればいいか――」

 クレアは彼の手を引き剥がすことをすぐに諦め、両手を離した。近い距離になったことでサングラス越しにテリーの瞳がよく見える。冷たい輝きが彼女をじっと見ていたが、ふつとそれが消えた。

「――香水臭ェ」

 目を逸らすテリーがクレアを突き飛ばすようにして手を離した。テリーは右手で鼻を摘んでいて、ザックは小さく吹き出す。

「僕は仕事しただけでそれ以上でも以下でもねェ。謝罪なんてクソ食らえだ。――あと、それ以上近づくんじゃねェ。僕、その匂い、すっげェ嫌い」

 鼻を摘んでいるせいでくぐもった声の彼がクレアを追い払うように手を振った。

 クレアははっとして香水を付けてある首筋を手で押さえた。配達屋へ行く予定がなかったので、香水を付けていたのだ。

「す、すみません……」

 手で押さえたからと言って匂いが消えるわけではないが、クレアはそうしたまま落ち込んだ様子で半歩ほど下がる。相変わらずテリーとの距離感を掴めていないようで、おろおろと視線を彷徨わせていた。

 二人の様子を見守っていたザックが助け舟を出す。

「テリー、先に戻ってリンジーさんに無事だって報告して。クレア、眼鏡の予備はホテルにある?」

 クレアを安心させるよう、にこりと笑ったザックは自身の目元を指差した。

「無いなら眼鏡を買ってからにしようか」

「あ……うん、予備なら部屋に」

 ザックの優しい声に手を引かれ、クレアの気持ちがするりと落ち着いていく。彼女も自身の目元に触れた。

「ならよかった。それじゃ、ホテルで一度その香水を落としてもらえる? ……これからリンジーさんのところまで君を運ばなくちゃいけないのに、そのままじゃテリーが嫌がって家に入れてくれない」

 くつと笑ったザックが指差した方向を見ると、テリーは既にこちらに背を向けて歩きだしていた。こちらを振り返ることなく、彼は角を曲がって姿を消す。

「……テリー、怒ってる?」

 見えなくなった背中を思い出しながらクレアが呟く。

 ザックは肩をすくめ、クレアのホテルがある方向へ足を踏み出した。クレアもそれに続く。

「んー。機嫌は悪いかな。だけど、怒ってるってほどじゃない」

「それなら、よかった……かな」

 クレアが唇を無理矢理笑みの形に引っ張る。

「……リンジーさんが頼んだって言ってたけれど、リンジーさんがいなかったら、もしかして」

「テリーは来なかったかも」

 予想はしていた回答にクレアがうっと言葉を詰まらせる。

「――や、やっぱりそうだよね……。あっ、でも。『テリーは』ってことは、ザックは来てくれた?」

「さあ?」

 ほんの少しの間もなく返ってきたザックの声は優しく、顔も笑っていた。しかし、どちらともとれない答えは否定の意味が強い気がして、クレアはぎゅっと顔をしかめた。

「……次からはもう少し気を付けるね……」

 最初から助けなど期待していなかったし、自力でどうにかしてあの場からは逃げ出すつもりだった。それでも助けるのを渋られたり、仕事だと言われるのは少し悲しい。

 小さなため息をついたクレアを見下ろし、ザックは「そうだ」と思い出したように明るい声を出した。

「リンジーさんに会いに行く前にケーキでも買いに行かない? テリーのご機嫌取りにさ」

 突然の提案に、クレアが「へ?」と間抜けな声を出して隣を見上げた。

「君のホテルの近くに美味しいケーキ屋さんがあるんだ」


【荷物運び】

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