30 Pluck From
ザックはベレッタを腰のホルスターに仕舞い、ショルダーホルスターからもう一丁を抜く。クレアの目撃情報を元にひたすら走り、なんとか彼女の姿を捉えていた。ヒールのある靴ではなくスニーカーを履いている彼女は思いの外足が速い。
「クレア!」
少し離れている彼女を大声で呼ぶ。
クレアは知った声にぱっと振り返り、そのスピードが落ちたところへザックが一気に距離を詰めた。彼女の腕を掴んで完全に停止させる。
「耳! 塞いで!」
突然姿を見せたザックにクレアは驚いて目を瞬かせたが、彼の指示には戸惑うことなくさっと従った。両手で両耳を塞ぐ。
ザックは彼女が慌てずに動いているのを見ながら、自身の耳を手と腕で塞いで銃口を空へ向けた。
よく響く破裂音。銃弾が煙の尾を引く。
「な、なんでザックが」
真白な煙が空へ立ち昇るのを、ザックはしっかりと目で追ってから銃をベレッタに持ち直す。
「それは後で話す。それより眼鏡は? 歩いたり走ったりに問題は?」
ベレッタを右手にぶら下げ、左手でクレアの手首を掴んだ。
クレアは自身の目元に触れ、僅かに目を泳がせた。
「だ、大丈夫。細かいところが見えないだけだから……」
眼鏡をかけていないことに今気付いたかのような素振りを見せた彼女は「ちょっと、もみ合いになった時に、落ちちゃって……」ともごもごと口を動かす。
ザックはそんな彼女の手を引いて足早に歩き出した。彼女は急な状況の変化に狼狽えながらも大人しく引っ張られていく。
「無事ならいい。手遅れにならなくてよかった」
「ど、どうしてザック、こんなところにいるの……?」
最初の疑問をもう一度ぶつけられ、ザックはちらとだけクレアを見下ろした。すぐに視線を前へ戻す。
「仕事だ。――今朝、ラジオを聞いた? 朝一のニュース」
「今朝は新聞だけで……」
「ラジオでは路地裏に入るなってガーディアンがずっと注意喚起をしてる」
ザックは周囲をこまめに見渡しながら足早に進んでいく。
先程空へ放った信号弾はテリーへの合図だが、このあたりで殺気立っているリネアの構成員たちへも居場所を知らせてしまう。いらぬ者まで来てくれるなと願いながら、予めに決めてある集合場所へ向かう。
「昨日、セミチェルキオの構成員が死んだ。セミチェルキオはもちろん、犯人だと疑われたリネアも真犯人探しに躍起。どこもかしこも一発触発、無関係の人が撃たれておかしくない状況にまでなってる」
ザックが一気に喋った後、ぴたと口をつぐんだ。壁に背中を付けると、クレアもそれを真似て隣で壁に張り付いた。
人の声がする向こう側を覗くため、ザックが僅かに顔を路地へ出す。それを待ち構えていたように銃弾が目の前を走り抜けた。
慌てて顔を引っ込めた彼はクレアから手を離す。
「配達屋だ! 仕事中なんだ! 邪魔をしないで!」
「配達屋だあ? こんな日に何の仕事をするってんだ、あァ?」
向こうがこちら側を認識したことを確認し、ザックはクレアの耳へ口を寄せた。
「俺が出る。合図をしたら俺の後ろを走り抜けて、向こう側の路地へ」
「え? あの」
ザックはクレアの頭上に疑問符が浮かんだのが分かったが、それ以上の説明はすることなく両手を上げて道へゆっくりと出て行く。
「頼まれた荷物を運んでる! すぐにリネアからも出て行く!」
視認できる相手は二人。テリーならまだしも、ザックは隠れた相手まで察知できるほど感覚は鋭くない。緊張で背筋が伸び、口元に力がこもる。
「荷物は何だ! んな話、聞いてねえぞ!」
「リネアの仕事じゃない。だから、君たちには仕事内容は話せない! 敵対する意味はないだろ! この先に行かせてほしいだけだ!」
ザックが頭の横に手を上げたまま、左手の人差し指をクレアへ指示した方へ向けた。男二人の視線がそちらへちらりと動く。その瞬間、ザックは右手でクレアを手招いた。クレアがそれを合図に間髪入れず角から飛び出し、ザックの後ろを走り抜ける。
「――配達屋あッ! そんのアマ、てめえらの手のもんか!」
怒鳴り声、そして発砲音。
しかし、ザックが指差していた方向へ気を取られていた男たちの銃弾は、クレアもその後をすぐに追ったザックにも狙いをつけ損ねていた。
「……目撃情報がすぐ出てくるわけだ。随分引っ掻き回してくれてる」
そうぼやいたザックはクレアにとりあえず真っ直ぐ走るよう指示し、信号弾が入った拳銃を抜いた。「耳塞いで!」とザックが言うよりも早く、後ろを気にして走っていた彼女は銃を見て耳を塞いでいた。
破裂音と、煙。
今度は煙の行き先を目で追わず、ザックは銃口からしゅるしゅると伸びる煙の尻尾を振り払う。そして足を速め、後ろから彼女の手へその銃を押し付ける。
「三つ目の角を右! 突き当りまで走って、空に目掛けて撃つ!」
ザックはスピードを落としながらクレアの背中を強く押した。クレアは混乱した表情のままだったが「わ、分かった!」とザックの指示に頷いた。
ザックは体を半分後ろへ向け、引き金を引く。
「仕事の邪魔をしないで!」
地面を狙った銃弾が跳ねて雨樋に穴を開けた。それでも被弾を恐れた男二人のスピードは上がらない。
「俺も彼女も今回の件は無関係だ!」
「ハイソウデスカ――って頷けるかあ! 女出せえ!」
「そのアマ、朝っぱらから彷徨いてて怪しいんだよ!」
クレアはこの辺りではすっかり有名人になってるようだ。ザックは苦笑しながらマガジンが空になるまで撃ち込み、クレアの後を追う。
右へ曲がり、ザックは体を正面にしてスピードを上げた。指示通り走っていたクレアが空に目掛けて信号弾を放ったところだ。クレアは手慣れた様子で安全装備をかけ、ぱっと振り返ってザックの場所を確認した。袋小路にある扉に手を突き、彼女はふるふるとかぶりを振る。
「ザック! 行き止まり!」
悲鳴を含んだ高い声にザックは微笑を返し、扉と背中で彼女を守るように挟み込む。
「わざと来たんだ」
軽く上がった息をつきながら、ザックは空を見上げる。
「――テリーッ!」
大声で名前を呼ぶ。
それと同時に男たちが角を曲がってくるのが見え、クレアは完全な悲鳴を上げた。
「――るっせェ」
真上から声が降る。
はっとしたクレアが音声をオフにし、目も口もまん丸に開いて空へ――声の方向へ顔を向けた。上がった視線が動く影をなぞり、すぐに正面へ固定される。
「おらよ。鍵お届けェ」
上から飛び降りてきたテリーは口に咥えていた紐を手にとってザックへ投げつけた。先にぶら下がった鍵が紐で軌跡を描く。
「ありがとう。テリー、片付けを頼んだ」
「リョーカイ」
テリーの登場に、いつの間に五人に増えていた男たちが腰を引いた。彼は五人を真っ直ぐ正面にとらえ、バンテージで守られた拳をぎゅっと握る。
「ど、どうなってるの」
「クレア! 入って!」
ザックは受け取った鍵を行き止まりの扉へ差し込んで回していた。彼女の腕を掴んで中へ入るよう引っ張るが、彼女はテリーの方を見たまま少しの抵抗をみせた。
「だ、だって……! もう動いて大丈夫なの! テリー!」
彼女の記憶にこびりついているのは二日前の安定剤を飲んでぐったりとしていたテリーだ。思わず心配して飛び出した言葉に、テリーはちらりと視線を投げて寄越す。
「そォいうのはこういう時に言うんじゃねェよ、ボケ」
テリーが口をへの字に曲げ、すぐに正面へ意識を戻す。
「ハッ! 風邪でも引いて寝込んでたかあ、テレンス! ついでだ、ぶちのめしてやる!」
クレアの言葉からテリーの不調を察した男の一人が銃口を向けた。テリーは舌打ちをして、そのまままっすぐ男へ向かって踏み出す。
ザックが強引にクレアを扉の中へ押し込んだ。射線上に自分たちがいる限り、テリーはこのラインから逃げられない。
「お前らなんて熱にうなされてようが死んでようがぶっ飛ばせるんだよ、くそったれェッ!」
テリーの強気な台詞を扉の外に残し、ザックはガチリと中から鍵をかけた。
【救出】




