25 First Warning
ザックは目の前に出された食事を見下ろし、額を手で押さえた。
「ごめん。見た目云々じゃない。――これ、まずい」
ストレートな苦情にクレアは顔を真っ赤にした。外食ばかりの生活で自炊経験が乏しかった結末だ。
「ご、ごめん……」
テリーの血の気の引いた顔を見て、悲鳴を聞いて、暴れる振動を感じて。
クレアはその罪悪感とも呼べる、胸を圧迫する気持ちを紛らわせるためにキッチンに立ったのだ。そして、そこで出来上がったものは彼女の心中を表したように濁って淀んでいた。
「料理が苦手なら俺が作ったのに……」
「す、すみません……。前に自分で作った時は美味しく出来たんだけど……」
「うん……。次からは頼まない……」
作ってもらったものを残すのは悪いと思いながらも、ザックはスプーンを置いた。
「お、お菓子ならもう少しましに出来るから……!」
「気持ちだけで十分……」
「そ、そんなこと言わないで! やだもう、恥ずかしくて嫌になっちゃう!」
味見の段階で嫌な予感がしていたスープに、どの調味料をどれだけ入れて誤魔化したのか。クレア本人もよく覚えていない。
クレアが食欲の沸かないスープに沈みたくなっていると、ザックの部屋から物音がした。得体の知れないスープを前に、微妙な空気になっていた二人の目の前がリセットされる。
「――今の音」
「俺が行く。来ないで」
ザックは腕時計で時間を確認しながら席を立つ。まだ薬が効いているはずで、部屋で眠っているテリーが起きてくる時間ではない。彼は立ち上がろうとしていたクレアを制し、すぐにリビングを出ていく。左手にある自室を開けると、廊下からの灯りが部屋の中を薄く照らす。
「テリー」
部屋の奥にあるベッド。その横の床にテリーが倒れていた。起き上がれないのか、こちらへ顔を向けることもない。
「テリー、大丈夫? どうした、喉でも渇いた? まだ薬効いてるだろ。ほら、ベッドに戻って」
「んァ……。ザック、でもォ――」
もったりと重たそうな舌でテリーが呻く。
ザックはねっとりとまとわりつくようなテリーの声を聞きながら、倒れたままの彼の脇に腕を入れてとりあえず体を起こした。
「女の、声ェ……。聞こえた、気が、して」
起こされたテリーがザックの背中に手を回し、力の入らない手で服を握った。自力で立ち上がろうと腕に力を込めているが、彼の体勢は何一つ変わらない。
「クレアがいる。服が雨に濡れて、着るものがなくて帰れなかった。大丈夫、心配しないで」
「やァだァ……」
テリーが髪を絡めるようにザックの肩に押し付けた額を左右に振る。
「てめェが、一人だけ、なんて――」
「大丈夫。本当に心配ない。もし何かあったら、ここに飛び込んで君を叩き起こしに来る。それまで眠っていて。……それに、その状態じゃあ動けないだろ」
テリーが薄っすらと目を開け、顔を上げた。頭部の重さでぐらりと首が後ろへ折れるが、なんとか自力で持ち直す。後ろに回していた手を離し、ザックの胸ぐらを掴んだ。
ザックは彼に力なく引かれていることに気付き、体を折って彼の口元へ耳を近づける。
「気ィ、抜くんじゃ、ねェぞ……。僕は、あの女、信用出来ねェ」
呂律の怪しい声がザックの耳元をくすぐった。ザックが「うん、分かった」と囁き返すと、テリーが体の力を抜いた。彼の体を支えていた腕に体重がかかる。
「あとォ……こういう時はァ、ドア、ちゃんと、閉めろよォ、ボケ」
テリーの呆れた声に、はっとしたザックが振り返る。
どうしても心配になったのか、来るなと言ったはずのクレアがそこに立っていた。ザックと目が合った彼女は慌ててリビングへ引き返す。
ザックは扉を閉め忘れた自身に向けてため息をついた。テリーの腕を肩に回し、なんとか彼をベッドの上に戻す。
ぐったりと横になったテリーがふらふらと手を伸ばす。
ザックが手に触れてやると、テリーはその手の甲をとんとんと二度つついた。
「うん。――俺が悪かった。ごめん」
テリーが手を下ろし、ザックの言葉に満足したように右頬を吊り上げる。
「じゃァ、お詫びに、プディング作ってェ」
普段通りの甘いおねだりに、ザックは微笑した。
「クレア」
テリーが再び眠りに落ちるのを見届けたザックがリビングに戻ってきた。
「……ごめんなさい。どうしても、気になって……。薬って、そんなに強いものだと、思ってなくって……」
罰が悪そうに座っているクレアを圧するように、ザックはテーブルと椅子の背もたれに手を突いた。まるで傘のように彼女の上に覆い被さり、非難の視線を雨のように降らせる。
上からきつく睨まれ、クレアは雨に打たれて俯いた。
「心配してくれるは構わない。君の勝手だ。――だけど、俺は来るなって言ったはずだ」
普段よりも低いザックの声はクレアの内側にゆっくりと染み込んでいく。内蔵を握るような声に、クレアは「すみません」と掠れた謝罪を繰り返す。
「触れてほしくないことまで触れるな。ここは俺たちの巣だ。ここでの君の自由は、俺たちが許している部分だけだ」
しとしとと降り注ぐ冷たい声に、クレアは膝の上で揃えていた指の先に力を込めた。
「――次はない。分かったな」
クレアは声も出せずに、小さく、しかしはっきりと頷いた。
【一度だけの警告】




