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Heart Loser  作者: Nicola
23/125

23 Sink The Boot Into

 クレアは雲が厚くなってきた空を見上げ、服はいつ乾くのだろうかと息をついた。テリーが走って出て行ってしまってからも彼女はリンジーの隣に座っている。彼女は手帳をめくり、ギャングやハートルーザーの話をまとめた部分に目を落とす。

「そういえばこの辺りはハートルーザーが多いって聞いてたけど、なかなかはっきりした事って分からないね。もっといろんな話が出てくるのかと思ってたのに」

 リンジーは煙草を咥えながらくつくつと笑う。

「どこの馬鹿が自分から俺はハートルーザーだなんて言うんだい。お前さんだってこの辺りにいるハートルーザーが訓練されてるなんて思っちゃいないだろ」

 ハートルーザーは己の感情を代償にし、亡くした感情の影を操る。殺した感情はどう足掻こうが生き返ることはなく、彼らは心に影を落としたまま生きる他ない。そして、強大な影を得ようとしてごっそりと感情を殺してしまった場合は、己の影に飲まれて心を壊すのだ。欲張って一つ、二つと感情を殺していけば人間としての何かまでも亡くしてしまうのは当然で、そうやって命を落とす者も少なくはない。

 決して安全に得られる力ではない。そのため、現在ではハートルーザーになるための様々な条件が設けられていた。

「この辺りの人が正式に試験をクリアしてるとは……ちょっとね。どう考えたって非合法だし、合法だとしても軍から逃げ出して来たってことになって、それはそれで許されることじゃないし」

 山に囲まれ、古くからの独自文化が生きているこの国スキャドゥに伝わる儀式によって、ハートルーザーは産まれる。現在は国軍に入隊し、精神試験を通過した者だけに執り行うことが許されている儀式だ。厳しく取り締まられてはいるが、非合法に儀式を行う者も多い。

「セミチェルキオのボスが愛しみのハートルーザーで、リネアのボスが嬉しさのハートルーザー。どっちも嫌なものを犠牲にしてるなあ……。プラスの感情なんて殺したら寂しくなっちゃいそうなのに」

 愛を亡くしたセドリックと、嬉しさを亡くしたライラ。

「海より愛が深いセドリック。嬉しさに恋するライラ。――何度か耳にしたけど、亡くした感情を必死にかき集めようとしているみたいで、なんだか滑稽」

「あんまりそう言うもんじゃないよ。ここはセミチェルキオの坊やもリネアの坊やも煙草を買いに来るんだからね。誰が聞いてたっておかしかないよ」

 リンジーがまだ半分ほど残っていた煙草を灰皿に置いた。

 クレアは「すみません」と唇を尖らせ、手帳をパタンと閉じる。ハートルーザーの情報が思った以上に上手く集まらず、嘘か本当かも分からない噂ばかりが彼女の手帳を埋めていた。違法の儀式を行っている側の者たちもいるはずだが、彼らこそ影に潜んでいて尻尾すら見えない。

「ハートルーザーの多くがギャングなんだよね」

 テリーが飛び出して行った時に聞こえていた銃声はとっくに収まっていた。クレアはリンジーと一緒に昼食を取ったが、彼らはまだ帰ってこない。

「もっと深くまで知れたらいいのになあ」

 ギャングとは直接関わらずに調べられることはしれていた。ザックも欲しい情報になればなるほど喋ってくれない。

 リンジーは物足りない表情をしているクレアの背中をパシンと叩いた。

「ここのギャングどもを都会の生っちょろい荒くれ者どもと一緒にしちゃあいけないよ。あたしらみたいな善良な市民は外から見てるのが精一杯さ。あんな銃弾飛び交う世界で生き延びている子なんて奇跡だよ。あのテリーも例外じゃなくね」

「奇跡……」

 リンジーが立ち上がる。窓口を閉め、席を外していることが分かるように小さな札を内側に引っ掛ける。

「ああ奇跡さ。特に坊やは誰かのために命を捨てるなんて昔っからお手の物さ。今日だってゼカリアのためだけに行っちまった。自分が行くべきじゃないってのは理解していてもね。――あんな馬鹿が生きているなんて、強さ以上に奇跡としか言えないよ」

 座ったままのクレアに、リンジーはにっと笑った。

「さあ、クレア。休憩だよ。紅茶でも淹れておくれ」



 クレアが湯を沸かしている後ろで、リンジーは木棚からクッキーの入った缶を取り出した。中身を確認するように振るとカラカラと軽い音がする。

「テリーっていい人?」

 ティーポットやカップを用意しながらクレアが首を傾げた。

「いいか悪いかで決めりゃああんな悪ガキはそうそういないさ。そこらに転がってる噂の一つや二つ、お前さんだって聞いてるんだろう。半分以上は真実と思っておきな」

 リンジーがクッキーと一緒に茶葉も出したので、クレアがそれを受け取る。

「半分以上かあ。……リンジーさんは、どうしてそんな怖い人と仲がいいの?」

「悪ガキを怖いと思ったことなんか、たったの一度もないよ」

 かさついた声で笑ったリンジーが皿を出す。

「仲がいいってのは、年数だろうねえ。坊やは下っ端をやっていた頃から葉巻のお使いに来ていたからね。――そこまでは調べなかったのかい、ジャーナリストのお嬢ちゃん」

 リンジーは皿にペーパーナプキンとクッキーを並べ、クレアは苦笑いを浮かべた。

「私が調べてるのはギャングとハートルーザーのことだけ。二人はそうじゃないから調べないの。詮索しないでってザックにも言われてるし……」

 ザックはテリーとの出会いや配達屋になったきっかけを話さない。詮索を抜きに、会話の流れで二人に関したことを尋ねても、答えが返ってくるのはどうでもいい話の場合だけだ。

 やかんの蓋がかたかたと動き始めて、クレアが火を止める。

「あたしもあの二人の昔なんざ噂以外に知りやしないね。この町は知らなくていいことばっかりさ。――で、そのお目当てのハートルーザーやらギャングやらの噂は転がってきたかい」

 裏口が開く音がした。

 クレアはティーポットに湯を注ぎながらそちらへ顔を向けた。階段を上っていく音が聞こえる。

「んー。最近聞いたものだったら、セミチェルキオのボスの噂かなあ。ボスの調子が悪いらしいって。そろそろ大きな抗争が起きるんじゃないかって言う人もいたなあ……」

 足音のもう一つが、キッチンに向かって来ていたことはクレアもリンジーも気付いていなかった。リンジーが空になったクッキーの缶をシンクの端に置き、クレアが鍋敷きの上にやかんを置く。

 そして、肩を並べていた二人の背後で、何かが落ちる音がした。

「――今、なんつった……?」

 クレアが振り返ると、そこにはテリーが顔を真っ青にして立っていた。

 テリーがふらりと一歩踏み出すと、彼が落としたワークキャップが踏まれて形を崩した。

「おい……、今、なんて――」

「え? ど、どうしたの?」

「お前、なんて、言った……?」

「テリー?」

 クレアが狼狽うろたえている間に、リンジーは動いていた。テリーを押しのけて廊下へ飛び出し、二階へ向けて声を張り上げる。

「ゼカリア! 安定剤持ってきな!」


【追い打ちをかける】

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