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Heart Loser  作者: Nicola
22/125

22 Kittenish

 テリーは締めつけてくる影に力で対抗しながら、サングラス越しにライラを睨んだ。

「ザックなんて興味ないわ。でも、気には食わない」

 深く息を吸い込んだザックがベレッタを抜き、ライラへ狙いをつけた。彼女の後ろに立っている側近二人もほぼ同時に銃を抜いた。

 後ろの扉には誰も立っておらず、部屋にいるのはザックとテリー、そしてライラと側近二人だけだ。しかも、ライラはザックが入室する際に銃を預かりもしなかった。

「ライラさん。もし俺が引き金を引けば、あなたの後ろの弾丸が俺を穿つでしょう。ですが、その時はあなたも道連れにします」

 ザックが銃を楽に抜ける状況。本来ならこうもガードの緩い体制はとらないだろう。

 この状況が彼女にとっての遊びであり、ザックたちの反応を見るための舞台を用意したにすぎない証拠だ。

「テリーが身を挺してあんたを守ってるのに、あんたはぴくりとも動じないねぇ!」

 ザックは遊びに付き合うとでも言うように微笑みを返し、安全装置を外した。

 ライラが何本か指を折った右手を上げ、揺らす。すると、彼女の側近の一人が首の側面にあるゲートから影を排出した。

 ラモーナ。

 幼い頃からライラと共に育てられ、彼女を守るために訓練された彼女が吐き出した影は、ずるりと立ち上がり槍のように鋭く尖った先をザックに向けた。きっちりと一つに高い位置でまとめた黒の髪はさらりとも揺れず、眼鏡の奥に潜む緑の瞳もぶれることなくザックを射抜いている。

 ザックはライラよりもラモーナの方に注意を向けながら穏やかに続ける。

「ライラさん、影を離してください。三秒数えます。――三」

「ああ、ああ! その顔はなんなの!」

 ライラがテリーに巻き付いていた影をほどく。

 開放されたテリーが咳き込みながら息をし、膝に手を突いた。

「それが相棒の首を絞められているやつの顔かしら! ああ、気に食わない!」

 ザックがベレッタをホルスターに戻したのを見、ライラは側近二人に手を振った。それを合図に二人も武器を仕舞い、ラモーナが出していた影も姿を消した。

 ライラは感情のままに頭を左右に振る。長い髪がさらさらと揺れた。

「ああ、気に食わないな、ザック! あんたはリネアとセミチェルキオの間に割り込んだ異物だ! そんな異物がテリーを横取りしたなんて! あんたの顔を見る度に腹が立つ! ――あんたさえいなければ、あんたさえ潰せば。テリーは脅威に返り咲くんじゃあないかってずうっと思っているんだよ!」

 一息に吐き出したライラが勢い良く椅子から立ち上がった。細く高いヒールがもともと長身である彼女を更に大きく見せる。

「うるっせェ! 僕は僕の意思でここに立ってんだ! ボケ!」

「テリー。あまり煽らないで」

 ザックのつれない反応に、テリーとライラが同時に舌打ちをした。その後、テリーは黙ったがライラは「面白くない男」とザックを評してから顎をしゃくった。

「ラモーナ。代金を持ってきな」

「はい、ボス。かしこまりました」

 ラモーナが浅く一礼をしてからザックの正面に立った。テリーが警戒するように睨みつけているが、彼女はそちらに視線を落とすことなくザックから一枚の紙を受け取る。荷物が無事に運ばれたと証明するサインがあるのを確認し、すぐに部屋から出て行った。

 ライラは待っている間に机の上にあるシガーケースから煙草を一本取り出し、椅子に座り直した。それをもう一人の側近へ渡す。

 ジェフリー。愛称、ジェフ。

 最近ライラの側近を務めるようになった彼は磨き上げた肌色の頭を下げ、それを受け取った。彼女に何かを言われるわけでもなく、彼は自身の胸ポケットからライターを取り出す。不器用そうな骨の太い指の先で小さな炎が灯った。

 ザックがジェフリーの行動の違和感に気付く。テリーもはっとして左手で口と鼻を覆った。

 テリーが目を見開いたのに少し遅れ、ザックが彼を庇うように前へ出た。

 ジェフリーの持つ煙草から煙が立った。本来なら咥えて火をつける煙草を手に持ったまま、しかもジェフリーは煙を吸わないよう息を止めているのか、煙はまっすぐに立ち上がる。

 ライラがジェフリーから煙草を受け取り、それをザックたちの方へ投げた。

 同時、ザックが銃を抜いた。即座に安全装置を外し、窓へ狙いをつけて弾丸を打ち込む。その背中ではテリーが後ろにある扉を蹴り開けた。

 窓ガラスが砕け、手入れの行き届いた庭へ落ちていく。風の通り道が出来、一気に室内に冷たい風が舞い込んだ。風下になったザックは腕で鼻と口を覆い、片手に持った銃を床で絨毯を焦がす煙草へ向ける。しかし、ザックが引き金を引くよりも早く、ジェフリーが投げたダガーがその火を消した。

「……ボスの部屋で迷わず発砲するなんて、あんた、度胸があるよ」

 強張った表情をしたジェフリーはライラを立たせ、その前に出ていた。ダガーと銃を構えている。ザックが一発目を窓ではなくライラへ向けていれば彼はボスを守れていなかったことに気付いているのか、表情には焦燥が浮かんでいた。風が入って部屋の温度が下がったと言うのに、彼の額には汗が滲み出ている。

「ちょっとしたお遊びだってのに随分と荒っぽい返しをしてくれるもんだねぇ、ザック。――ジェフ、下がれ。次に同じことがあった時は異物の頭をぶち抜きな。あんたがあたしを殺す気じゃないんならね」

「はい、ボス。申し訳ありません」

 ライラは自身の真っ黒に塗った爪に赤い唇で口付け、その指先をザックの後ろに隠れているテリーへ向けた。

「この程度で駄目になるのかしら? ――思い出しな、あの頃を。そして、薬欲しさにここへ来な。あの死にかけ耄碌(もうろく)ジジイなんかより、あたしが大層可愛がって愛してやるよ」

 テリーはひっきりなしに溢れる唾液を何度も飲み込み、ザックの背中を掴んだまま顔を上げた。

「もう一回言ってみろ! 誰が耄碌ジジイだァ!」

 浅い息を繰り返しながら、火がついたようにテリーが吠える。

 ザックが後ろへ手を回し、テリーの名前を呼びながら手を掴んだ。

「何が、何が! 可愛がって愛してやる、だ! お前なんかに、僕を愛せるか! こんな僕を愛してくれんのは、――」

「テリー!」

 テリーの手をぎゅっと握り、ザックが大声を出した。

「こんなところで口を滑らせないで! 君は中立だ!」

 はっとしたテリーが息を呑み、唇をぎゅっと締め付けた。混乱したように目を泳がせ、額を強くザックの背中へ押し当てる。

 ライラはからからと笑い、腰を曲げて机に手を突く。大きな胸を強調するように腕を寄せ、にんまりと赤い唇を歪めた。

「ふふふ、惜しかったねぇ。セミチェルキオ側の発言をしてくれたら、敵としてここで遠慮なくあんたに手を出せたのに」

 明らかに動揺しているテリーは黙ったまま、ザックのシャツを掴む手に力を込めた。奥歯を潰すように歯を食い縛る。

 ザックはそんなテリーを気にしながらも、ライラに視線を向けた。

「今日の代金は受け取りません。そこの窓の弁償に当ててください。足りなければ後日改めて支払いにきます。――テリー、出よう」

 いそいそと退散しようとする二人を見て笑ったライラは曇が厚くなってきた空へ目を向けた。窓の方向は東を向いている。

 この窓の遠く向こう、まっすぐ先に、セミチェルキオの屋敷がある。

「その様子だと聞かされてないわねぇ。――ファミリーから抜けたテリーはもう家族じゃないってことかしら? ふふ、それならあたしが教えてあげようか」

 半分部屋から出ていたザックの眉が寄った。廊下にまで戻ってきていたラモーナがこちらを警戒して目元の皺を深くしているが、無視して中へ目を向ける。

 俯いて深呼吸をしていたテリーも僅かに顔を上げ、視線をライラへ向けた。

「セドリックは病に臥せってるよ。もうたいして長くないって聞いてるんだけどねぇ?」



「テリー! 待って! ああ、もう!」

 ライラの言葉を聞いたテリーはまっすぐ東に向かって走っていた。出遅れたザックも全力で彼を追い、じわりじわりと距離を詰めていく。

「テリー! 止まって!」

 ザックがテリーの着ているパーカーのフードに指を引っ掛けた。そのまま握って引くと、意図せぬブレーキにテリーが驚いて声を上げる。

「落ち着いて! 急に行ったって屋敷には入れてもらえない! 君がもうファミリーじゃないのは事実だ! それに、ライラさんの言うことを信じないで!」

 ようやく足を止めたテリーがザックの手を振り払って、引きつった顔を彼に向けた。自然と握っていた拳の力を意識して抜き、嫌がるように頭を振る。

「でも、だって……! 確かめるくれェは……!」

「後で俺が連絡してみる。テリー、落ち着いて」

 それでも頭を振って後ずさりをするテリーの手首を、ザックがしっかりと握って引き止める。もう片手を彼の首筋に伸ばし、脈を数える。

「今の君は冷静じゃない。だから、一旦戻って休もう」

 走っていたことを差し引いても、随分と脈が早い。

 ザックは帰るべき方向へ、優しく彼の手を引く。

「戻ろう、テリー。大丈夫。ほら、ついこの間セドリックさんに会ったばかりだ。元気に立って、笑っていた。迫力も健在だったろ。――臥せってるようには見えなかった」

 ザックが落ち着いて微笑むと、テリーはじっとそれを見上げて「……分かった」と小さく小さく頷いた。


【お遊び】

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