15 Scary Person
「ええ? あんた本当に配達屋のところに出入りしてるの」
信じられないという気持ちが滲み出ている声に、クレアは一つ頷いた。
今日はラージュに来てから仲良くなった女友達と共に、オープンカフェでのんびりと情報収集である。日は出ているが、山から吹く風は毎日温度を下げていた。じきに、こんなオープンカフェで冷たいドリンクを飲みたい気持ちは吹き飛ばされるだろう。
今年最後のアイスティーかな、とぼんやり思いながらストローを咥える。
「大丈夫なの? 誰に紹介されたか知らないけどさ。あそこ、リネアもセミチェルキオも相手に仕事してるんだよ。普通じゃないって」
「うんうん。普通、どっちも関わりたくないもんね。どっちも関わってるって怖すぎ。異常だよ」
風が強く、三人の間を通り抜けた。
「気を付けなよ、ほんと。前も言ったけど、ここって本当に抗争ってあるからね? 銃声なんてしょっちゅうだし。巻き込まれたりしないでよ」
「そういう仕事には同行しないよ。話は聞かせてくれるかもしれないけど」
「えー? 本当に大丈夫なの、それ。あの配達屋でしょ?」
クレアは喋っている友人たちの苦笑いを見つめた。同調するように似たような笑みを浮かべながらストレートティーを飲み込む。
「だって、あの人もいるでしょ、あそこ」
友人の声量が下がった。
「あの人?」
想像出来る人物の話に、クレアは白々しく首を傾げた。冷たい汗をかいたグラスをコースターの上に置く。
「セミチェルキオの脅威。なんだっけ。ええっと……。ああ、そうそう、テレンスって人。サングラスかけてる方」
「あー、うんうん。あの人危ないよね。いい噂なんてこれっぽっちもないもん」
噂話は探さずとも勝手に見つかる。
セミチェルキオの脅威。最強のウォリアー。
彼がセミチェルキオに所属していたことも、ウォリアーと呼ばれる戦闘員であったことも、知ろうとせずとも自然と知ることが出来た。
リネアとの抗争が起これば、必ず彼はそこにいて勝利に導いたとか。その強さのあまり、ハートルーザーでさえ逃げ出したとか。そして、中立となった今では抗争が起きるよう手引し、荒稼ぎをしているのだとか、町の均衡を崩そうとしているのだとか。
クレアは手帳の文字を読みながら眉をひそめた。
どこまでが真実で、何が嘘かも分からない話はこの町のあらゆる場所に転がっていた。そして、もっと悪い噂も手帳に書いていないだけで、かなりの数を耳にしていた。
「セミチェルキオのウォリアーかあ」
クレアが唇を尖らせ、別のページを広げる。
温厚で結束力の高いセミチェルキオ。勢いがよく派手なリネア。
セミチェルキオが現在の状態までテリトリーを広げることが出来たのは、ウォリアーとして前線に立つ彼の活躍が大きかったそうだ。
ウォリアー。それは組織のために命を賭す、戦闘員だ。
そこへ最強の冠を被って座ったのは、たった十四歳の少年――。
「何をそんなに熱心に見てるのさ」
「ひゃあ!」
突然後ろからかかった声に、クレアは文字通り飛び上がった。反射的に手帳を閉じて後ろを振り返る。
「い、いつからいたの! びっくりしちゃった!」
数日前、ザックから「条件を守るなら協力してもいい」と正式に取材の許可をもらったクレアは、足繁く配達屋に通っていた。相手をしてくれるのはもっぱらザックで、そうしているうちに二人は砕けた調子で喋るようになっていた。
「あはは、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ」
笑ったザックが持っていたトレイをテーブルに置いた。温かい紅茶をクレアの前に置き、自身の前には温めたミルクを、テーブルの真ん中には先程焼き上げたばかりのスコーンと手作りのジャムを並べた。
「だいたいこの辺りのことは分かった?」
ザックが自身の椅子に腰掛ける。
ここ数日、クレアが来る度にザックが用意する話は仕事のことではなく、この辺りで注意すべきことや、知っておくべきギャングの特徴など、極力危険に近づかないための知識だった。放っておけばどこへでも首を突っ込みかねないクレアには必須の話である。
「うん。普段彷徨く分には全然問題ないかな。友達も出来たし、今はそこを中心に話を聞いていく感じで進めようかなって」
安全な手段にザックが「尾行より断然いい」と笑い、スコーンの一つを手に取った。半分に割り、その先をミルクに浸す。
「そのお友達からはどんな話を?」
「本当の話かも分からない、ごちゃごちゃした噂話ばっかり。これを上手く整理して大事なものだけ選んでいければいいんだけど……。ああ、そうだ。私がここに出入りしてるって言うと、みんな変な顔をするから面白くって」
「嫌な顔じゃなくって?」
少しふやけたスコーンをザックがかじる。クレアもジャムの蓋を開け、スコーンを手に取った。
「嫌な顔っていうよりはびっくりって感じ。その、なんていうか……。テレンスさんがいるからかな。――詮索するつもりはないんだけど、ギャングの話にしても、ここの話にしても、テレンスさんって結構な頻度で話題に挙がるんだよね。びっくりしちゃった」
「それ、いい話題じゃないだろ」
クレアがスコーンにジャムを塗ったが、口には入れない。ザックの笑みに合わせてはにかむ。
「うん、まあね……。元ギャングだって知った時はちょっと怖いって思っちゃった。だけど嘘みたいな話も一杯だし、テレンスさんのことはちゃんとお話して知っていきたいな」
笑みに苦いものを混ぜたクレアがスコーンをかじる。
「是非とも仲良くしてやって。――で、最近の噂で面白いものはあった? テリーの噂ってすぐに増えるんだ。だから、俺も知らないのが多くって」
ザックがもう一片のスコーンをミルクに浸し、もそもそと食べ始める。
スコーンを飲み込んだクレアが紅茶で喉を潤して小首を傾げる。
「何があったかなあ。――あ、そうそう。昨日笑っちゃったのがあってね。テレンスさんがあなたに弱味を握られて、嫌々従ってるんだっていうの。じゃなきゃセミチェルキオから抜けたりなんかしないって」
くすくすと笑ったクレアが少しずれていた眼鏡を指で押し上げた。
「あんまりテレンスさんとは話してないけれど、それでもザックとのやりとりを見てると本当に仲良しだなあって思うもの。二人がこんなに仲がいいこと、噂をする人は知らないんだなあと思うとおかしくって。こんな噂ってどこから広がるんだろうね」
ザックは微笑みだけを返し、スコーンをまたマグカップの中へ突っ込んだ。クレアは頬杖をついて艷やかな唇を尖らせた。
「私もテレンスさんと仲良くなりたいんだけどなあ。どうやったらあんなに仲良くお喋り出来るの? 仲良くなるきっかけって何だった?」
「さあ。――案外、その噂通りの関係かも」
「え?」
「って言ったら驚く?」
からりと声の温度を変えたザックが笑う。
クレアは目をぱちくりさせて一瞬間を開けた。そして、明るい調子で「驚いた! あなたって笑いながらそういう冗談言うんだもの!」と文句を返す。
「本当はどうやって仲良くなったの?」
「それは過去の詮索にはいるんじゃない?」
ザックがさらりと躱そうとするので、クレアは「そういうことじゃなくて」とはにかんだ。
「私、テレンスさんと会話が続かないというか、好かれてないみたいだから。仲良くなるこつがあるなら教えてもらいたくって。あとはこれ以上嫌われないように注意点とか教えてもらえたらと思ったんだけど……。こういうのも詮索に入っちゃう?」
ザックがスコーンを飲み込み、腕を組んだ。考えるように視線を斜め上へ持ち上げる。
「うーん……嫌われたくない、か。――それなら、とりあえず香水はもう付けないこと」
ザックは自身の鼻を指差し、にっこりと笑う。
「テリーは鼻も耳もよく利く。きつい匂いがするものが嫌いなんだ」
衝撃を受けた顔をしたクレアは慌てて、自身の手首に鼻を近づける。この香りお気に入りなのに、と脱力しながら、クレアはテリーが席を外しているうちに拭えるだけ拭ってしまおうとバッグからハンカチを取り出す。
「……あとテリーさんが嫌うことってなんですか」
「そうやって気軽に彼の席に座ること」
ザックがさらりと言うと、クレアは慌ててそこから立ち上がった。座った形跡を消すようにぱたぱたと座面を叩いているが、何かが変わったわけではない。
わたわたと動く彼女が面白く、ザックが笑いをこらえて手で口元を隠すが肩は揺れている。
「やだ、もう! 私、知らないうちに駄目なことたくさんしてるんじゃ……!」
「そうやって大声を出されることも嫌いだし」
ザックの言葉にクレアがぴたと黙るので、とうとう堪えきれずに笑いを零す。ひとしきり笑ったザックが席を立ち、クレアに自分の椅子を勧める。
「慣れない人間と物を共有するのも、目を見て話されるのも嫌い。――詮索されるのなんて特に駄目だ。自分から自分の話をすることも珍しい。過去のことなんて、俺が聞いても喋らないくらいだ」
ザックは自分のマグカップを持って、そのままテリーの椅子へ座る。残り一口になったスコーンの先をミルクに浸す。
「これからは静かにお喋りするように心掛けようっと……。他に、何か仲良くなるこつはある?」
クレアの質問の途中、ザックはスコーンから手を滑らせた。ぷかりとミルクに浮かぶ。
「こつ、か……。怖がらず、俺に対するみたいに話しかけてみたら?」
浮かぶスコーンを見つめ、ザックが囁く。
「君が仲良くしたいって伝えられるなら、きっと仲良くしてくれる」
そして、その一欠片のスコーンをミルクの海に沈めた。
【怖い人】




