14 With A Proviso
「あ、あのですね。ゼカリアさんから言われてですね。条件をちゃんと守るなら、配達屋さんのお話を聞かせてくださると言われて……。あの、条件が、ええっと」
クレアが膝の上に置いてあったバッグから使い込まれた手帳を取り出し、ページをめくった。条件を書き込んであるらしく、クレアは「一つ目が――」と読み上げていく。
その聞かせたい相手であるテリーは仏頂面のまま、興味がなさそうに視線を窓の方へ向けている。しかし、手帳に目を落としているクレアはそれに気がつかない。
「それで、ええと、――最後に、テレンスさんに許可を頂くこと、と言われまして……」
最後の条件とやらに、テリーはようやく彼女を見た。サングラスの奥で瞳を細める。
「――へェ。ザックはお前を受け入れるつもりで、後は僕次第って?」
「あの嬢ちゃんの話、聞いてやるのかい」
「まあ、テリーがいいって言えば」
ザックは普段はキッチンに置いてある折り畳み椅子を、リンジーの隣に出して座っていた。リンジーは煙草を吹かしながら今日の売上を確認している。
「いちいちお前さんらには言わなかったけどもね。あの嬢ちゃん、断られてからも毎日この辺りを彷徨いてたんだよ。時にゃあ煙草を買ってくれもしたけどもね。――なかなか根性があるもんだと思っていちゃいたけれど、まさかこっそり付いていくほどだったとはねえ」
小さなカウンターに並んだ煙草を並べ直しながら、ザックは苦笑を浮かべた。
「確かに根性はあるかも。あの人、どう思う?」
銘柄ごとに分けたザックが腰を上げ、後ろにある棚へそれを片付けていく。
「いい子じゃないのかねえ。あれくらい強引で明るい子はテリーのいい遊び相手になるんじゃないのかい」
リンジーが笑うと口の端から煙が漏れる。
「遊び相手?」
「あの坊や、つるむのはお前さんばかりじゃないか。そりゃあマーサもハルもいるし、セミチェルキオの方へ行きゃあ顔見知りもいるだろうけれどね、そう顔を合わせるもんでもないだろう。他の話し相手も必要だとあたしゃ思うよ」
リンジーは短くなった煙草を灰皿に押し付け、新しい煙草を咥える。棚からちょうど振り返ったザックが、置いてあるマッチをすって彼女の煙草に火をつけた。
「ま、あんな仏頂面の相手、嬢ちゃんがやりたがらないかもしれないけれどねえ」
「あはは、そうかも」
マッチを振って火を消したザックが灰皿へそれを落とす。
「そういうお前さんも、あの仏頂面とこんな婆さんの相手ばかりじゃあ飽きちまうだろうさ。あたしゃ反対しないね。嬢ちゃんはいい刺激になるよ」
勘定を終えたリンジーが腰を上げ、店の外にぶら下がる看板を中へ入れた。
「ゼカリア、お前さんは坊やのことを考え過ぎだよ。テリーが良けりゃあって言うけれど、お前さんはどうなんだい。嬢ちゃんが出入りすることに反対かい」
ザックは「うーん」と言葉を濁しながら、椅子を折り畳んだ。それを廊下の壁に立て掛け、玄関を通って外へ出る。そのまま煙草屋の前へ移動し、窓の簡単なシャッターを下ろすために腕を上げた。そして、先程の続きをようやく口にする。
「下手につきまとわれて危ない目に合われるよりはましかな。何かあった時、俺はどうしても放っておけないしさ。……だけど、テリーはそうじゃないし」
リンジーは普段通り閉店作業を手伝ってくれるザックへ煙を吹き付ける。
「何でもかんでもテリーに合わせてちゃあ大変だよ。ちゃんと相談して決めな。ったく、何度言ったってお前さんの性格は直りゃあしないけどもね」
リンジーが苦みを混ぜて呟き、窓を閉める。
ザックは何も答えず、笑ってシャッターを下ろした。
リンジーが帰るのを見送ったザックは、畳んだ椅子をキッチンの端へ置いてから二階へ上がる。
テリーをクレアと二人きりにしたので、怒鳴り声の一つくらいはあるかと思ったのだが、そんな予想を裏切って静かなものだった。クレアが話している途中で放り出されるのではないかという心配も無駄に終わったようだ。
リビングの扉を開ける。
「あれ、テリーは?」
まず目に入ったのは正面に座っているクレアだった。てっきり彼女の向かいに座っていると思っていたテリーの姿がなく、ザックはすぐにソファの方へ顔を向けた。
「それが、その」
「……ああ、寝ちゃった?」
テリーが幾ら小柄であっても、二人がけのソファは流石に小さすぎる。肘掛けの端から足がだらりと出ているのが見えた。
「殆ど喋ってくれなくて……。疲れたって言って、そのまま、そこで」
ザックはテリーがクレアの相手をするのが嫌で寝たふりをしていることに気付き、小さくため息をつく。
「話は聞いてもらえた?」
「はい、一応……。それで、その、たぶん大丈夫だってお返事だったと思うんですけど……。本当にすぐお休みになっちゃって……」
クレアが困ったように眉尻を下げるので、ザックはくすりと笑った。一言だけきっぱりと言ったテリーがそれ以上何も言わなかったのは想像に難くない。
「分かった。後で俺から確認しておく。君は日が暮れる前に帰った方がいい」
ザックが窓の方を見ると、クレアもそれにつられてそちらを見た。夕日が張り切って空を朱く染め上げている。
「もうこんな時間! やだ、日没後は出歩かないようにってホテルの方に言われたばかりなのに!」
大慌てで立ち上がったクレアがバッグを斜めがけにし、テーブルの上にあった手帳を中へ押し込む。
「日没後は出ちゃ駄目なんて……。こっちに来てからびっくりすることばかりです」
クレアが愚痴を漏らしたが、すぐに切り替えたように笑って頭を下げた。
「今日はありがとうございました。それに、迷惑もたくさんかけてしまって、本当にすみませんでした」
「うん。気にしてない。――ああ、そうだ。ホテルはどこ? テリーに確認して、明日にでもホテルに電話しようか」
「本当ですか! ええと、ホテルの番号、控えてあって――、あっ、これです。よろしくお願いします!」
仕舞ったばかりの手帳を引っ張り出したクレアは何枚かページをめくり、一枚を破いてザックに手渡した。ザックはホテルの名前と番号を見てから「ありがとう」と微笑む。
「それじゃあ気を付けて帰って」
ザックが扉を開けると、クレアが何度も頭を下げながらそこを通る。一階の裏口までは見送ろうとザックもそれの後を追った。
「テリー。いつまで寝たふり?」
一階に降りたついでにぐるりと戸締まりをしてきたザックが寝転がっているテリーを覗き込んだ。サングラスの奥の瞳がぱちっとすぐに開く。
「彼女、追い返すのかと思ってた」
テリーが体を起こし、肘掛けに乗せていた足を床へ下ろした。
「てめェが追い返さなかったんだろ。てめェがいいならそれでいい」
「……そうじゃない。俺は君にも考えてもらいたくて――」
「うるっせェ」
すくりと静かに立ち上がったテリーが右頬を上げて笑う。意地の悪い、目に影の入った嫌な笑い方だった。
「てめェは僕を従え、僕はてめェに従う。――そォいう契約だろォが。忘れんじゃねェよ、くそったれ」
すらりすらりと吐き出された冷たい言葉に、ザックは目を伏せた。
テリーは苦しそうに顔を歪めるザックの方に軽く拳を当て、そのまま横を通り過ぎた。
「てめェがいいなら、僕もそれでいい。……だけど、あの女の声――なんか引っかかる。てめェが好きそうな顔だけど、信用はするんじゃねェぞ」
扉に手をかけたテリーが振り返る。サングラスに映ったザックは同じ位置で凍ったように俯いたままだ。
「……そんな顔すんな、ボケ。――ダイジョーブ。あの女にその気があるんなら、ちゃァんとナカヨクしてやるよ」
【締結】




