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Heart Loser  作者: Nicola
13/125

13 Piece Of Glue

 クレアを連れてそこそこ大きな通りまで出てきたザックは、左手首にある時計へ視線を落とした。テリーと別れて暫く。そろそろ彼が依頼を終える頃である。

「あのう……。今日は本当にすみませんでした」

 完全にしょげたクレアが何度目になるか分からない謝罪を繰り返した。ザックは時間を見ていた手をひらひらと振って彼女の謝罪を追い払う。

「もういいって。俺は気にしてない」

 ザックも何度となく繰り返した答えに苦笑し、自身が帰る方を指差した。

「俺は向こう。君は?」

「あ、私もそっちです。……もう少し一緒にいてもいいですか」

「もちろん。行こうか」

 ザックが歩き出し、クレアはがその隣に並んだ。先日会いに来た時とは違い、彼女はスニーカーを履いていた。ヒールで尾行をしなかった点だけは褒めても良いが、スカートという動きにくい格好は褒められたものではない。

 クレアは肩から斜めにかかった小ぶりのバッグを撫でてから、ザックを見上げた。

「……今日はどんなお仕事だったんですか」

 ザックはあまり想定していなかった話題に、思わずふっと息を漏らす。

「あんな後にそれを聞くの? もしかして懲りてない?」

 くすくすと笑っていると、クレアは「すみません」と顔を伏せた。それでもお喋りはやめない。

「ここはセミチェルキオでもリネアでもない場所だと思ったんです。それなら危なくないし、裏側も見られるかもしれないって、後をつけてしまって……」

「残念。ここまで町外れだとギャングの目が届かない。だから、さっきみたいなはみ出し者が多くなるんだ。ガーディアンもこの辺りは巡回しないし」

 ラージュでガーディアンがきっちりと機能している場所は少ない。二大ギャングのテリトリーで起こる揉め事には首を突っ込まないことが殆どな上、こうやって治安の悪い場所は放置を決め込んでいるのだ。

「ここほどガーディアンが働かない町は知らない」

 そう言って笑ったザックは、ウエストポーチからラージュを中心とした地図を取り出した。折り目がすれて白くなっているそれを隣のクレアに開いて見せる。

「青がセミチェルキオ、赤がリネアのテリトリーだ。それで、今歩いているのがこの三番道路の端っこ。グレーに塗られてるのが分かる?」

 クレアが体を少しザックに寄せて地図を覗き込んだ。

 北の中心部は青と赤に塗り分けられており、それを囲うように無色のエリア。そして、その外周を囲っている、今いる辺りがグレーに塗られていた。

「ギャングが関係なくてガーディアンも機能している場所は、こういう何も塗っていないところだけさ。必要なら君にあげる。俺は頭に入ってるし」

 ザックが地図を元通りに畳んでからクレアへ差し出す。クレアがきょとんとしているので、にっこりと笑って地図を揺らした。

「こんな古いものはいらない? まあ、古いから少し変わってる部分もあるし、おおよその目安にしかならないかな」

「あ、いえ! いただきます! いいんですか!」

「どうぞ。俺の色塗りは雑だし、見難かったらごめん」

「いえ、そんな。ありがとうございます、助かります」

 クレアが地図を大事に受け取り、表面を撫でた。コーヒーか紅茶でも零したのか、端が茶色くなって波打っている。

「昔、俺もテリーによく怒られたんだ。慣れるまでは下手な場所に踏み入れるなって。――まあ、今では君にこうやって忠告出来る側になったかな」

「本当にすみません」

「今後はこの地図も参考に気を付けて。ギャングのテリトリーは結構変わるしさ」

 クレアはバッグに地図を仕舞いながら、周囲を見渡す。

「なんだか、私が想像していたより危ない町なんですね、なんとかなるだろうって軽く思ってたんですけど……」

 路地裏からは外れたため先程のようなことは早々ないとザックから説明されたが、灰色の場所であることには変わりない。何かあってもガーディアンは駆けつけてくれないのだと思うと怖くなり、クレアは小さく身震いをした。

「少なくとも君みたいな綺麗な人が好んで来るような町じゃないかも」

 そう言いながら、ザックがクレアの肩を軽く叩いた。クレアが驚いて隣を見上げると、彼は正面を向いたまま苦笑いを浮かべている。

「きょろきょろしないで。そこの人が俺たちを気にしてる。……目が合ったから、なんて理由で絡んで来る人もいることを忘れないで」

「す、すみません! ああもう……。取材どころじゃないなあ……。どうしよう」

 最後は独り言か、クレアが意気消沈してもごもごと言葉を口内で転がしている。

 ザックはこんな場所に単身で送り込まれた――しかも男ではなく女――クレアに同情した。ラージュでの取材には苦労するのが目に見えて分かる。

「……あのさ」

「はい。なんですか」

 クレアの落ち込んだ声を聞きながら、ザックは仏頂面の相棒が露骨に嫌そうな顔をしているのを思い浮かべていた。

「まだ俺たちの後をつけたりするつもり? 今日みたいに危ない場所に行くかもしれないのに」

 ザックの質問にクレアはぐっと言葉を飲み込んだ。あまりに分かりやすい反応に「嘘がつけないタイプだ?」と笑う。クレアは耳まで真っ赤にして「すみません」とまた顔を下に向けた。

 どうしても取材を敢行したいのか、きゅっと拳を作った彼女は長く息を吐く。

「……時々でいいんです。ギャングの動向とか、噂話なんかでも構いません。なんてことない話で十分です。どちらにも偏らない中立の立場、だけどギャングとも仕事をしている――そんな配達屋さんのお話も聞きたいんです」

 偏らないと言われ、ザックの頭に浮かんでいたテリーがべえっと舌を出した。立場は中立としているが、彼は完全にセミチェルキオ側の思考だ。そんな彼に自分がどれほど影響を受けているかも分からない。

「中立、か……。うーん。――ええと。うん。幾つか条件はつけようか」

「はい?」

「条件を飲んでくれれば、話せることは話してもいいし、安全な場所なら同行されても構わない。俺たちの仕事には手を出さないで欲しいってのは第一で」

 クレアはザックが話し始めた内容についていけなかったらしく、ぽかんと口を開けた。瞬きを数度。そして、話を飲み込んだ瞬間、表情に花を咲かせた。

「いいんですか!」

 クレアの真っ直ぐで突っ走りがちなところを、ザックはどうしても放っておけなかった。

 見えないところでこそこそされるのも気味が悪く、今回のように面倒が起こらないとも限らない。下手をすれば知らないところで彼女一人が危険に巻き込まれる可能性もある。

「条件を聞いてから考えて。――まずは、来るときには必ず事前に連絡が欲しい。いないことも多いし、来てほしくない時もある。二つ目、同行していいかどうかは俺が決める。それ以外は絶対についてこないで欲しい。今回みたいなことはもうごめんだ」

 ザックが条件を上げる度、クレアは親から何かをお願いされた子供のようにしっかりと頷く。

「三つ目は、そうだなあ。俺たちのことはあまり詮索しないでほしい。まあ、嫌でも噂なんかは耳にすると思うし、そういう真偽を確かめる程度は好きにしてくれても」

 そして、ザックは人差し指を立て、にっこりと笑った。

「最後が一番大変かな。――テリーの許可を得ること。君が彼にちゃんと説明して、彼が君の出入りを認めるなら俺も快く君を迎える。彼が嫌だと言えば俺も受け入れない」

 クレアは最高難易度を指す人差し指を見つめ「うわあ」と心の声を漏らした。



「おかえり」

 ザックの出迎えの言葉にテリーは不機嫌そうに舌打ちを返した。そして、背中を向けて座っているザックの背もたれに手を突く。

「封が開いてるって超絶怒られたァ! 僕んせいじゃねェって言ってもあのジジイ聞きやしねェ! あと、次からはザックもちゃんと連れて来いってェ!」

「あの人の君嫌いは直らないさ。ありがとう、助かった」

 ザックはテーブルの上に置いてあった封筒から、何枚かの紙幣を抜いてテリーに手渡した。依頼主から割増で受け取った先払いの報酬である。

 テリーは普段より多い取り分をぐしゃりと握ってポケットに突っ込んだ。そして、半歩後ろへ下がった後、ザックが座っている椅子――普段なら彼自身が使っているものだ――を下から蹴り上げた。座っていたザックが「うわ」と声を上げる。

「で? なァんでその女がここにいんだよ、あァ?」

 その向かいの椅子には、クレアが身を縮めるようにして座っていた。

 クレアはテリーに睨まれ「お、お邪魔してます……」と軽く頭を下げる。

 ザックは再び椅子を蹴られる前にとテーブルに手を突いて立ち上がった。振り返ってテリーが被ったままのワークキャップを脱がせた。

「さあ。理由は彼女から聞いたら?」

「はァ?」

 ザックはワークキャップを扉近くのコートスタンドに引っ掛けて、扉を開けながら二人を振り返る。

「俺はリンジーさんとお喋りしてくる」

 微笑を携えて出て行くザックを見送ったテリーとクレアは、ギスギスした空気を吸い込むしかなかった。


【懲りない】

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