121 Place Of My Own
「あれ。もう終わりでいいんですか」
ザックが地下から上がると、待ち構えていたのはコーディだった。軽そうなアタッシュケースを揺らし、道中と変わらないあどけない笑顔を浮かべている。
「うん。別に、知り合いでもなんでもないし」
さらりと返したザックはにこりとした。
コーディはそれを見て少し考えるように間を空けたが「それもそうっすね」とにいっと歯を見せた。そして、親指を立てて自身の背後を指し示す。
「でも、知り合いもいると思いますよ。さっき聞いたんすけど、美人が病院から送られてきたって」
ザックが動揺して視線を動かしたのを見て、コーディはちろりと唇を舐めた。
「どんくらい美人なのか、見に行きません?」
モニカは幾分顔色が悪いものの、さっぱりした様子で椅子に座っていた。隣には車椅子が置いてあるが、もう暫く様子をみればそれも必要なくなるそうだ。
ザックは面会用の部屋でそんな彼女の前に座っている。
今までのことを何度も謝ろうとする彼女をどうにか止め、今は他愛もない話をぽつぽつと交わしていた。
面会室の真ん前までついてきたコーディは「うっわ、本当に美人。俺が見た時は血まみれで分かんなかったんすよ」という感想だけを残し、部屋の外で待っている。あまり待たせるわけにもいかないし、会話も聞いているに違いないので下手なことを言う前に要件を済ませなければならない。
「怪我させて、ごめん。テリー、手加減しなかっただろ」
「……ザックが謝ることじゃないでしょ。それに、外してくれたから」
モニカが潰れそうな笑顔を浮かべる。
「外したんじゃなくて外れただけかも。テリー、撃つのがすごく下手でさ」
ザックがわざとらしく肩をすくめて笑うと、モニカも表情を軽くした。
「――ええとね、あのね、ザック。今までありがとう。今日も来てくれて、嬉しかった」
モニカが手枷を撫で、眉尻を下げた。
「私、もう少ししたら別のところへ移送されるの。最後に会えて、良かった」
「本当にこれが最後?」
ザックが意地悪にからかうように尋ねると、モニカは怪訝そうに眉を寄せた。
「だって、私――」
「君の罪は軽くないし、セミチェルキオもリネアも君を許さない。この町に戻ってくるなんて出来ないと思う。……だけど、俺は何年でも待ってる」
自分に気合を入れるようにふうと息を吐き、ザックは一枚の紙を広げて彼女の方へ向けた。コーディから受け取ったものだ。
「身元引受人に選ばれる親族がいないってガーディアンから聞いた」
正しくは、ガーディアンから聞いたのはコーディで、ザックはコーディから話を聞いただけだ。
モニカは紙面の文字をなぞりながら、頷く。
「そう、だね……。必要な時は、誰か他の人に頼まなきゃだけど……。ねえ、ザック。これって……」
戸惑ったモニカががさりと紙を引き寄せ、何度も何度も目を動かす。
「俺で良ければ。――何年後でも迎えに行く。だから、その時を最後にしない?」
ザックの優しい声に、モニカが顔を上げる。
「その時はお茶でもしてさ。……こんな場所でさよならなんて、味気ないだろ?」
モニカが泣き笑いで「今からこんなもの書かせるなんて」とサインした書類は、監視に立っていたガーディアンにそのまま手渡した。
それから別れの挨拶もほどほどにザックが部屋を出ると、コーディがすぐ横の壁にもたれかかっていた。
「その時はそのまんま消えるんじゃないんすか」
何かのクッションがあるわけでもなく、コーディは顔を合わせた途端に尋ねた。
「どうして?」
話を聞かれていることは想像していたので驚きもせず、ザックは歩き出したコーディの後をついていく。
「だって、そういうふうに聞こえたっすよ。ザックさん、あの女、好きなんすか」
「さあ?」
ザックがコーディの隣に並ぶ。疑問符を返されて不機嫌そうになったコーディのアタッシュケースを奪い取る。
「あ、すんません。これくらい、俺が――」
慌てて手を伸ばしてくるコーディを制し、ザックはにこりと笑う。
「こういうのは配達屋の仕事。それに、君は俺より立場が上だろ。こんなことで謝ってると威厳がないんじゃない?」
「……言ってくれるんすね」
コーディは先程の回答を濁された不機嫌さを薄くして、別の苦さを滲ませる。まだ慣れない側近という立場にむず痒そうにしていた。
「テリーといればこれくらいの軽口叩けるようになるさ。俺が脅威に勝てるのは口くらいだし。――気に食わないならもっと敬って喋りましょうか」
ザックが淡々とした口調に変えると、コーディは負けたとでも言うように両手を上げた。どうも年上から敬語を使われることに慣れないらしく、他の目がある時以外は普通に喋ってほしい、というのは彼からのリクエストである。
「うへえ! やめてくださいよ。ザックさんって笑いながら言うから怖いっす」
「え、俺ってそんなに怖い顔してる?」
「してないから怖いんすよ!」
コーディが顔をしかめているうちに、出入り口に到着する。
ザックが先に手を出して扉を開けると、コーディは「あ、すんません」と言いかけて慌てて飲み込む。
「……ありがとうございます」
「うん。その方が格好がつく」
二人揃ってガーディアンの敷地から出て行くと、冷たい風が吹いた。思わず首をすくめる。
雪の降る日は段々と減ってきたものの、空気はまだ冷たく、春の暖かさは遠い。
「――ああ、そうだ」
「なんすか」
ザックが灰色の空を見上げる。雪が降りそうな重さはないが、太陽の明るさは抑え込まれていた。
「さっきの答え、言ってないと思って」
「好きな女の話っすか」
コーディの茶化すような声に、ザックは目を細める。
「ううん。もう一つ前」
ザックは、その時はそのまま消えるのか、という彼の質問を脳内で繰り返す。モニカと再会出来たその時。
そして、はっきりと胸にある答えを口に出す。
「そんな理由で俺は消えたりしない。――どれだけ彼女のことが好きでも、どれだけ彼女と一緒にいたいと思っていたとしても」
ザックがお手本のようににこりと微笑むと、隣のコーディはぐっと唾を飲み込んで歩速を緩めた。
「俺はテリーの側にいる。――ずっと前から、そう、決めてるんだ」
水っぽくなった雪を踏むと、じゃくじゃくと腐った果実が砕ける音がした。
「彼が望まない限り、俺は勝手に消えたりしないさ」
果実を砕いたザックは静かに振り返り、猛禽類の目を冷ややかに見返した。
そして、場違いなほどに明るく、穏やかに、笑う。
「だから、安心して。テリーがセミチェルキオを嫌にならない限り、俺は君たちに牙を剥かない」
【居場所】




