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Heart Loser  作者: Nicola
120/125

120 Departed Friend

 コーディは人懐っこい笑みを浮かべてザックの隣を歩いていた。

「テレンスさんってどんな人っすか。そりゃもちろん何度か顔も合わせましたし、噂も知ってるんすけど」

 ザックは自分の身長より少し上で喋られることに違和感を覚えながらも、微笑みを絶やさず「うーん」と小首を傾げた。

 当たり障りない程度でテリーの話をしながら、ザックはテリーが昔つるんでいた兄貴分――先日テリーが墓参りに行っていた相手――がコーディと同じ名前だったことを思い出していた。

 まだテリーがセミチェルキオに属していた頃、酔い潰れた彼を回収しに来ては一言二言と交わした青年だ。体のあちこちにタトゥがあったことや、テリーと一緒に住んでいたこと、テリーが煙草を吸い始めたきっかけであること。いろいろと思い出してみるが、抗争で命を落としたその青年と、隣に立つ青年は似ても似つかない。

 コーディは今まで殆ど喋ったことがないにも関わらず、親しげに笑って「いつかテレンスさんとお手合わせ願いたいっすね」と鍛えた体を見せつけるように腕を上げた。

 そして、この親しみやすさはあの青年と良く似ていると、気付いた。



 先程まで年相応の屈託のない笑顔を浮かべていたコーディが野生動物のような目をしていることに、ザックはぞっとしていた。口元は笑みを浮かべているが、眼光の鋭さは猛禽類を思わせる。

 コーディはグレゴリーの執務室の前で、ザックから封筒とアタッシュケースを受け取った。

「配達ご苦労さんです。こっからは俺の仕事っす。――ザックさん、ボスが下に話を通してます。テレンスさんには会えないっすけど、他の人には会えますんで」

 手ぶらになったザックが空いた両手を揺らして目をぱちくりさせる。

「……同行しなくていいってこと?」

「もちろん。ボスにそうするよう言われてるんすよ。――ただ、あんまり彷徨うろついちゃ駄目っすよ。特に偉そうな奴らには怪しまれないでください」

 廊下の奥の方を視線で示したコーディは首をぐるりと回してほぐす。

「こっちはお任せあれ、っす」

 猛禽類の目で紳士的に笑ってみせたコーディは扉を強くノックした。

「それに、こんな若造でもボスん背中に立つ身っすからね。これくらい朝飯前っす」



 ザックが地下へ足を向けると、コーディが言っていたように簡単に通してもらえた。

 会えないとは分かっていたがテリーのことを少し尋ねてみると、彼は別室で取り調べ中だと答えが返ってきた。暴れて大変だとかそういう愚痴は零れてこないことに僅かな安堵している内に、突き当りまで辿り着く。

 頑丈そうな扉の鍵を、ガーディアンが開けた。

 静かなしっとりとした空気が冷たい。

「――長話は厳禁だぞ」

 ガーディアンの無愛想な声にザックは首肯し、一つ息をついてから扉の中へ入った。ガーディアンはそれを見届けてからその扉を閉める。鍵をかける音は聞こえなかった。

 窓のない、明かりも少ない灰色の室内。

「……誰が来たのかと思えば、お前か」

 鉄格子で出来た扉の向こうにいたのはノーマンだった。もう一つ鉄格子の部屋があったがそちらには誰も入っておらず、今ここの空間はザックとノーマンの二人きりだ。

「うん。こんな風に君と会うことになるとは思ってなかった」

 ザックは錆びが浮いた扉の前にパイプ椅子を持ってきて座った。狭く薄暗い奥に座っていたノーマンは読んでいた本を閉じて枕元に置く。足首にはめられた枷は鎖でベッドの足と繋がっているのが見えた。

 何もない足首をもぞりと交差させ、ザックが困ったように笑みを浮かべる。

「そちら側に座ったということは、俺とお前は同族ではないということか」

「なんのことだか。無実の人をこんなところに放り込むほどガーディアンは酷くない」

 ザックがさらりと言いながら目を逸らすので、ノーマンは居心地の悪そうな彼に苦笑を向けた。

「どうして来た。あの一発でちゃんと目は覚めたぞ」

「……俺も周りに言われて来ただけなんだ。だから、何を話せばいいのか分からなくて」

 ザックが困ったように眉尻を下げるので、ノーマンは呆れた息を鼻から吐き出す。

 お互いに話題を探るように沈黙が続いて。

「――ゼカリア」

「うん?」

 ノーマンが先に動いた。彼は白く細い指先を合わせ、まっすぐにザックを見つめている。

「何度も名前を間違えてすまなかった」

「ううん。俺も手を上げて、ごめん」

 ザックは座り心地の悪い椅子から早々に立ち上がった。

 入ってきた扉についている小さな窓からはガーディアンがこちらを覗き見ている。話が終わったのかと問われた気がして、ザックは否定するように彼から視線を外した。

「俺のこと、最低だと思っただろ」

 鉄格子の前にしゃがみ込む。

 ノーマンも鎖をがちゃりと鳴らして立ち上がった。ザックの方へ二歩進むが、彼は格子から手を出せるような位置までは動けない。

「昔からお前は俺にいろいろなすりつけてきただろう。ほら、パンケーキを摘み食いした時だってそうだった。まあよくもあれだけ適当なことが言えたものだ」

「……本当に、ごめん」

 ザックの謝罪は湿っていて、ただでさえしっとりとした室内がぐっしょりと濡れていく。

 鬱陶しいほどの湿度を振り払うようにノーマンはくつくつと笑って、手を伸ばす。檻に指先も触れない。

 ザックも彼に引かれるようにして格子の隙間から手を差し込む。ガーディアンが扉越しに声をかけてくるが「大丈夫」とだけ答えておく。

「――君なら簡単に出られそうな檻だ」

「面白いことにこの部屋の中は影を出せないそうだ。試してはいないから、真実のほどは知らないが」

 ザックの手がノーマンを手に辿り着き、握る。

「試すつもりもない。……外に出たって、誰もいない。ルースも、マーシーも――アランも死んでしまった。俺だけが抜け出したって意味がないだろう」

 ノーマンが手を掴み返し、ぐいと引っ張った。突然のことにザックはバランスを崩して檻に手を突いた。

 ガーディアンがすぐに扉を開けて入ってくる。銃が既に抜かれているのを見て、ザックはにっこりと笑った。

「大丈夫。だから、扉を閉めて。ボスから好きに話をさせるよう言われてるんじゃない?」

 ザックが穏やかな口調で、ただし脅しの気持ちを含めると、ガーディアンは隠しもしない大きな舌打ちをしてから乱暴に扉を閉めた。

「……ボス?」

「俺がここに押し込められないためのいかさま。俺は今、セミチェルキオの一部」

 小声で説明したあと、目を伏せる。

「俺だけ、ごめん」

「お前は何度謝れば気が済むんだ? ――テレンスの側にいたいなら、その方法が最善なんだろう」

 囁き声を交わし、目を合わせた。

 ザックが泣きそうな顔で微笑んでいるので、ノーマンはそろりと影を落とした。普通の影ならば出せないのかもしれないが、四大感情ほど大きいと押さえきれないらしい。どういった術で影を制限しているのは分からないが、影が動く感覚は普段よりも鈍い。

 そろりそろりとガーディアンに分からないよう、細く、そうっと影を伸ばす。ザックの体に根を張るように伸びた黒い蔓は、笑みをたたえる頬を撫でた。

「――ゼカリア」

「うん」

 影に触覚があって、熱も柔らかさも俺に伝わればいいのに。

 そんなことを考えながら、ノーマンは目を細める。

「一つだけ、頼みを聞いてくれないか」

 ザックが頷く。

「名前を」

「うん」

「――名前を、最後に呼んでくれないか」

 ノーマンが影をそうっと戻していく。

 ザックはノーマンを握る手に力をこめた。檻に顔を近づけ、優しく、囁く。

「ノーマン」

 悲しさや後悔に歪みそうになる表情を笑みで必死に押さえつける。

「また、いつか。昔みたいに一緒にいられる日を、いつか――」

 ノーマンが手を離し、触れられないザックの顔へ手を伸ばす。拭えない涙を拭うように指を動かした。

「アル。ありがとう」

 ザックはすくりと立ち上がり、目元を一度だけ強く拭ってから背を向けて扉から出ていった。



「だんまりも飽きてきたな。……俺の知っていることなら幾らでも話そう」

 ノーマンはずっと閉ざしていた口を開いた。

 小さな、檻の中。足枷が冷たく皮膚を締めつける。

「なんでも、あのテレンスがアランを殺したとかいう話を信じているそうだな。それに矛盾して、その相棒のゼカリアを疑っている」

 膝の上で組んだ指は細く、冷たく、あの頬の温もりも伝わってこない。

「笑えないな。だからガーディアンは無能で、飽き飽きする」

 それでも、影で触れた頬を――過去に触れた頬を――思い出し、胸を苦しめる思いを嚥下する。

「……アランは死んだ。ゼカリアはあいつによく似ているが、全くの別人だ。俺も写真を見た時は驚いた。本当に、よく似ている」

 だけど、あいつはあんな風に怒らないし――俺の隣にはもういない。

 目を閉じ、僅かに口角を緩める。瞼の裏に浮かぶのは、彼の笑った顔。

「アランの死体は俺の記憶の中だ。テレンスが知るはずがない。――アルは、死んだ。死体が残らないほど、綺麗に死んだんだ」


【死者の名前】

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