12 Break In
クレアの尾行には、ザックもテリーも気が付いていた。
慣れないことをしているのか、隠れるつもりがないのか、こういうことに鈍感なザックでもすぐに気付いたほどである。
テリーは彼女の存在を我関せずと黙々と歩いているが、ザックは気が気でなかった。もし何かあったらどうしよう、とまるで親か友人のように心配して、ちらちらと隣のテリーへ視線を投げかけている。
「……ザック」
いい加減、ザックの視線に苛立ったテリーが舌打ちをした。
「気になんなら走って撒きゃあいいだろ」
テリーは呆れたように呻くが、ザックはそういうわけにもいかないらしい。
「だって、そうすると彼女が一人になるだろ……。ここで置いて行ったとして、俺たちを追いかけて変なところに入って、それで何かあったら気分が悪いだろ? それだったら、つかず離れずの方がまだましじゃない?」
美人に弱すぎんだろ、とテリーは心の中で呻きながら唇の両端を下げた。
「あァ? 僕はなんにも思わねェよ。鬱陶しいのがいなくなって清々するくれェだぜ。――ほォら、とろとろお散歩なんかしてるから、遊びのお誘いが来たじゃねェかよ、ボケ」
ザックは困ったように眉をひそめ、歩く速度を落とした。確かめるようにベレッタを撫で、声量を下げる。
「人数は?」
「んァー……。そォだな、五人ってとこ」
視界には誰もいない。だが、テリーは隠れている相手でも器用に探し当てる。
「分かった。――テリー、道を開けてくれる?」
「リョーカイ」
ザックがテリーのワークキャップのつばを指でつついた。同時にテリーが前方へ走り出す。
テリーが前へ駆けて数歩、少し先の角で隠れていた数人が慌てて考えもなしに飛び出してきた。しかし、視覚よりも聴覚や嗅覚を頼りにし、先に勘付く彼の方が反応は早い。
飛び出してきた男たちは目に入ったテリーが予想以上に近いことや、武器を見ても一切スピードが落ちない彼に怯む。
その反応の違いから生まれた隙間、テリーは流れるように男二人を沈めた。
「敵じゃなくて良かった」
このような場面で毎回思うことを口に出したザックはベレッタを抜き、安全装置を外した。
テリーは心配せずともあの程度では怪我をしない。小柄な体躯からは想像もつかない重い一撃が、路地裏に悲鳴を産み落としては握り潰していく。
あと一人、とザックがずんぐりむっくりした男を視認した、その時。
「そ、それ以上動くな! この女がどうなってもいいのか!」
ザックが背後を振り返ると、男がクレアに拳銃を押し当てていた。クレアは悲鳴も上げられないのか、顔を真っ青にして硬直している。ザックが額に手を当ててため息を一つ。
テリーにも男の忠告は聞こえていたはずだが、彼はまるで耳も悪くなったかのようにぴくりとも反応せず、ずんぐりむっくりを殴り倒した。そして、彼は足元の男のまんまるに膨れた腹を踏みつけ、ザックへ顔を向ける。
「道、開けたぜ」
クレアに拳銃を向けていた男はテリーの無関心っぷりにたじろいだが、すぐに拳銃を握り直して声を張った。
「聞こえねえのか! 動くんじゃねえっつってんだろ! 撃つぞ!」
「うるっせェ! 撃ちてェなら勝手に撃ちやがれ! そんな女、僕らには関係ねェぞ、くそったれ!」
無視をし続けるのも面倒になったテリーが怒鳴ると、クレアが「た、助けてくださあい」と消え入りそうな懇願をした。しかし、テリーはそちらに顔も向けず、もぞもぞと動いていた足元の男を蹴り飛ばして気絶させる。
あまりにこちらを気にしてくれないテリーに寂しくなったか、男が空に向けて引き金を引いた。破裂音にテリーが顔をしかめる。
「次は女を撃つぞ! お前、銃を捨てろ! それから、有り金全部出して、壁に手え突いてケツ向けろ!」
ザックが構えてもいなかったベレッタの安全装置をかけ、足元へゆっくりと置いた。
「……君のこと、知らないのかな」
テリーの方へ苦笑を向けながら、ベレッタを道の反対側へ滑らせた。のんびりだらだらと従うふりをし、不機嫌そうなテリーにひらりと手を振った。
「テリー、お願い」
ザックが大人しく従っていたからか、男は少し気を緩めていたらしい。
テリーはザックが最後まで言うよりも早く、クレアと男の方へと駆け出していた。ぎょっとした男が唾を散らしながら怒鳴る。銃口がテリーに向いた。
「遅い」
壁にもたれかかったザックの呟き。そして、銃声とクレアの悲鳴。
「当たるかよ、バァカ!」
横の壁を蹴って高く前方向へ跳んだテリーが、足元へ来た銃弾を越える。目を見開いてテリーの軌道をなぞる男の顔面に、硬いブーツの底を押し込んだ。
男に掴まれていたクレアが一緒に倒れ込んで、再度悲鳴を上げる。
テリーの勢いと体重を顔で受け止めた男は目を回して大の字で倒れていた。クレアは腰が抜けたのか、這うようにしてそこから距離を取る。近くの壁に寄りかかって「あ、ありがと、ございます」と蒼白な顔で言葉を繋げた。
「大丈夫?」
ザックがベレッタを拾ってホルスターに戻す。クレアの方へ向かいながらも、テリーへ「どこの誰か確認して」と一言かける。
「立てる?」
差し伸べられた大きな手を、クレアが弱々しく握った。ザックが引っ張って立たせると、ふらついたクレアが壁に手を突く。
「さて、どうしようか。まだ依頼の荷物も見つかってないし、見つかってもそこから届けなくちゃいけないし……」
「本当にすみません……。どこで引き返せばいいのか分からなくなっちゃって……」
ふらふらとしたクレアが壁に体重をかけて俯いた。
テリーが倒れている男たちの服をめくったりポケットに手を突っ込んだりといろいろしているが、まだお目当てのものは見つかっていない。
今日の依頼は、依頼物を探すところから始まっているのだ。依頼主が昨夜泥酔している間に荷物を盗まれてしまったと言うので、たっぷりと追加料金を上乗せさせ、今はその荷物の捜索中である。
おおよそ盗んだ相手は検討がついていたものの、その相手は荒くれ者たちが作ったグループの誰かだ。その誰かが誰だかはまだ分からない。
面倒な仕事の日に限って、とザックは眉を寄せる。
「尾行するのは君の勝手。だけど、せめて巻き込まれないでくれない? 俺たちも君の厄介事に巻き込まれたくないしさ」
困った顔はしているものの、ザックに怒っている様子はない。怒ってくれた方が気も楽になるのに、と自分勝手なことを思うほど、彼は穏やかにただただ困っている。
「――おい、ザック」
クレアをどうしようかとザックが考えていると、テリーがその背中を軽く叩いた。ザックが振り返ると、彼はゆらゆらと手に持った分厚い封筒を揺らす。
「当たりだぜ。あいつが持ってやがった」
そのテリーが反対の手で指差したのは、一番に飛び出してきた男だ。
「ああ、彼らだったんだ。思ったより早く見つかって良かった」
「封は切られちまってるけど」
「そこは俺たちの責任じゃない」
ザックがさらりと言ってのけるので、テリーは「そォだな」と鼻で笑ってからズボンの後ろポケットに封筒を押し込んだ。
「ったく、大事なもんをなァんで盗まれるかなァ。――ザック。その女連れて先に戻れ。届けるくれェ僕だけでも構わねェだろ」
テリーの提案にザックが乗ろうとしたが、クレアが慌てて声を上げた。
「ご、ごめんなさい! 私、一人で戻れます! これ以上迷惑をかけるなんて――」
「そう? なら、安全な通りって分かる? 道を間違えると同じ目にあってもおかしくないのに?」
「えっ……あ、その……」
しどろもどろになったクレアににこりと笑いかけたザックは、テリーに手を伸ばしてワークキャップのつばをつついた。それを合図にテリーが無言で二人に背を向ける。
問答無用で彼一人で残りの仕事を終える方向に話が進んだようで、クレアは慌てて彼の背中に向けて頭を下げた。
「助けてくれてありがとうございました! 今日は本当にすみませんでした!」
クレアの礼を背中に浴び、テリーは顔だけで振り返った。
「勘違いすんじゃねェよ、クソ女。僕はお前が殺されようが、ヤられようが知ったこっちゃねェ」
波も立てないような静かな暴言は、クレアの背中にぞくりと打ち寄せた。
【乱入者】




